第28話:久々のリスポーン

 目的地に着くのにかかった時間は、約半日ですんだ。

 歩きで3日かかるのに何故にそんなに時間がかかるのか?理由は簡単、フーブが馬を扱えたからだ。


 馬の値段は安くはないが、同じ速度の魔導操車の何倍も安い。

 それに、馬にも乗ってみたかったしな。

 とにかくそんなこんなで最近縁のあるガンドラ・レディリアとの戦闘の跡に野営地用のテントを作り、地面を掘って、フーブの刀で火をつけた。

 どうやら魔剣というやつらしい。

 フーブにある魔力やそれ自体に貯めた魔力を使って、効率化された炎の魔法を発動させるのだそうだ。


 ガレルのものと何が違うのだろうか、文化の違い?

 細かいことがわからないのがもどかしい!が、まあ今考えても仕方がない。


 俺は持ってきた保存食をあいも変わらずに火にかけて、焼き上がるのを待つ。

 魔狩として活動する中で干し肉を焼いたものと、軽いビスケットやドライフルーツしか食べたことがないので、そろそろマンネリしてきたのだが、それ以外に旨くてまともな保存食がない……あったとしても高くて手が出ないので、諦めるほかないのが歯痒いのだ。


「相変わらず器用にやるものだな、俺はちょっと目を離すと焦がすし、イライラして火力を上げて焦がしたりするぞ!」

「自信満々ににいうことではねぇ!まあ、いいんじゃないか?フーブの実力なら直ぐに、うまい飯を作ってくれるパートナーも見つかるよ」

「ハッハッハ!そんなことはない!」


 フーブはその腰に刺したのような武器を取り出して荷物の中にしまっていた伽石と水でそれを整備し始めた。

 森に入る前に一度『雪兎』と戦った時、刃こぼれでもしたのかもしれない。


 そう言えば、ものすっごくスルーしていたが、なんであいつ刀持ってるんだ?

 だってほら、今までオーソドックスな西洋剣しか見たことがなかったし、俺の持っているのもそういう類の武器だ。

 だが、フーブの持っている剣は、間違いなく刀だ。


「なあ、フーブの生まれたヒタ帝国……だったか?ってとこは、木造建築が主流だったり、横にスライドさせるような、紙を貼ったドアがあったり……するか?」

「ああ、ヒタ帝国のことを知っているのか?そう、ヒタ帝国では木材がよく取れるし、魔物も少ない。だから美しさや、料理を重視する特異な文化が栄えてるんだ。今はまあ……他国との交流はあまりないが」

「鎖国……ね」

「?」


 やはり日本語は通じなかったのか、サコクに対して首を傾げるフーブ。


 しかしこれで確定した。

 人間の領土で最北と言われているヒタ帝国は、日本文化と非常に近い文化構造を持っている。

 そう考えて間違いがないだろう。


「ほれ、できたぞ」


「いや、ありがとう。明日も早いし、さっさと寝るよ。入れ替えの時間になったら起こしてくれ。

「了解した。ゆっくり休めよ」


 俺は持ち運びのできる簡易テントに潜り込むと、大枚はたいて買った寝袋にくるまって目を瞑る。

 しばらくは眠れないだろうなんて考えてたが、疲れもあってか俺の意識は意図しないままに、闇の中へと沈んで行った。



 そして、起こされる。

 正確には、起きた状態にされるというのが正しいだろうか。

 眠ったままの頭が、殴られたように無理やり覚醒まで引き上げられ、そんな目覚めは、朝の弱い俺にとってありえないようなことだった。

 久々の感覚。強制的にわからされた。

 今、した。

 狼の死骸の上に。

 俺はぴょん、と死骸から飛び降りると、テントの中にいるであろうフーブに声をかける。


テントの中には案の定フーブがおり、俺の剣も置いてあった。

 俺は慌てて鞘ごと剣を掴むと、腰にあるベルトにそれを差した。

 俺はフーブと共にテントから出ると、フーブに何があったのか、状況確認をしようと口を開いた。


「すまない!」


 フーブの言葉はシンプルだった。

 俺が口を開く前に謝罪が飛んできて、おれは一瞬呆ける。

 俺はリスポーンの現場を見られたことを警しながら、フーブに状況確認をする。


「魔物でも出たのか?」

「いや、ノワール。確実に仕留めたと思ったんだがな!」

「なんで『いや』なんだよ、あってるじゃねえか」


 そう言うと、フーブは首を傾げながら、信じられないことを言い放った。


「いや、俺がノワールを殺しそびれたと言っているんだ」

「は?」


 俺はその言葉に思わず後ずさった。

 俺を殺そうとした……?


「何故?」

「それは言えない!ただ、確実に殺したはずなのにお前が外から出てくるからな、吃驚びっくりしたぞ!ずっと警戒していたのか!?」


 爽やかな笑い声が夜闇に響き渡る。

 嘘だろ?巫山戯ふざけんなよ。


「……自分が何したかわかってんのか!?」

「はっはっは!勿論だ!」


 俺は腰の剣に手を当てる。

 武器屋で買った市販品だが、使いやすくて気に入っている。

 値段は当然安くない。でも身を守るものぐらいは持っておいた方がいいだろうと買ったのだ。

 まさかこいつ相手に使うとは思わなかったが……。


「まぁいい、失敗したなら次がある!『馬が無ければ歩いてゆけ』ということわざが、この国にはあるらしいな!」


 その、謎の諺とともに放たれた一閃。

 反射する光などないはずの暗闇で、その刃はきらめいて見えた。

 すんでの所で刀の一撃を避ける。

 鼻先に風が当たり、背筋に冷たいものが走る。


 当たったら、超絶痛いじゃん!


「くそがァァァァ!」


 俺は腰から勢い良く剣を抜くと、俺の左方向にあるはずの刀を目掛けて剣を思い切り振り下ろした。

 刀に当たった感覚だけが分かる。

 視界と脳の処理よりも、よりも打ち合いのスピードの方が早い!


 ドレリアの時とは比べ物にならない力、速さ。

 恐らくドレリアよりも手加減がないからだろう。

 が、おそらく手を抜かれてはいる。


 手を抜かれているおかげで、まだ死なずに済んでいるという皮肉な状況に対して湧く感情は非常に腹立たしいの一言に尽きるが、だからといって冷静さを失う必要は無いと、俺は今気付いていた。


 このままではどう足掻いても勝てない。なら、どうする?

 俺の持ってる武器は?使える能力は?

 剣の腕は相手の方が上、筋力も、体力も、魔力を消費するという魔剣を使えてる以上、魔法に関してでも劣っている。


 なら……


「気は進まないがな、お前の為に恐怖を乗り越えてやるよ!フーブ!」

「ははは!いいぞォ!もっと来い!強く来い!」


 俺はフーブに対して踏み込んで、下から切り上げようと画策した。

 ……直上を刀が通った。その原始的な、根本的な恐怖に身が竦む。

 俺は叫びながら剣を上に振り上げ、一瞬、フーブと目が合った。


「リスポーーーン!」

「ふはは!甘い!」


 横っ飛びで俺の攻撃を回避、後にフーブの剣撃が俺の首に触れる感覚がある。

 意識が飛び去るまで、僅かな時間。

 痛みと呼吸困難の苦しみに耐え抜く。


「はっは!もう終わりだ」


 寂しげな顔、口では笑いながらも、その目はギラギラと俺の方を見ていた。


 だが……



「良かったな!出来るかどうか不安だったが、楽しい時間はもうちょっと続きそうだぜ糞マイダーリン!」

「!?」


 俺は持っていた剣を左脇に構えると、遠心力に身を任せ、砲丸投げのようなフォームでフーブの横っ腹を叩き斬った。


「うぉら!」

「う、ぐぅ……、ガハッ!」


 戦闘が終わったと思い、完全に油断し、武器を収めようとまでしていたフーブは俺の攻撃をまともに喰らう。

 フーブの体からは勢い良く血が飛び出しており、それを抑えながらフーブはよろめいた。


 どうやら俺の攻撃は、フーブの装備の丁度布の部分に当たったらしい。

 ラッキーパンチではあるものの、明らかな致命傷だ。

 やはり人間相手で武器を持っていれば、この能力は相当に『使える』。


 俺は首筋をさすりながら、警戒しつつフーブに近付く。

 フーブは依然呻きを上げながら腰の傷を抑えている。


 切った感触が手に残って気持ちが悪いが、しかしそれはフーブの腹を正確に斬り、そして明確にダメージを与えたという他ならぬ証明でもあった。

 なにより、目の前で流れ出ている血が偽物だとは思えない。


「お前、吸血鬼だったりするか?」


 ふとした疑問を投げかける。

 それにフーブは呼吸を整えながら答えた。


「はっは、ガフッ!違うとも。俺は純粋な人間だとも。しかし驚いた。ノワールが高度な幻術使いだったとは……!」


 苦しみながらもそのキャラは変わらないままのフーブ。

 ……とどめを刺すことはできるだろう。

 が、何もしなくても死ぬのなら、これ以上肉を斬る感覚を味わいたくない。


 そんなことを考えながらフーブに剣を差し向ける。

 フーブは横目でそれを確認すると、右手に持ち続けていた刀を杖のようにして立ち上がった。

 それを冷ややかに見つつ、俺はその状況がなんとなく不愉快に思え、あえて皮肉る。


「楽しそうだったが、お前の社交力不足で楽しい時間も終わっちまったな。来世ではせいぜい、平和的に会話ができる性格に生まれるとこを祈るんだな」

「はっはっは……俺は輪廻転生の類は信じていない。人は死ねばそれっきりなのだよ!」


 フーブの腰に目をやると、いつの間か流れ出る血が止まっており、周りの服はまるで火事でも起こったかのように焼け焦げていた。

 においも、する。


「傷口を焼いたのか……!?」

「食ってみるか?味は保証しないがな!はっはっは!」


 刀を正面に構えなおすフーブ。

 それに対して俺も構えなおす。


「もう、手加減はしないぞ!」

「……え?」


 踏み込み、フーブの間合いに入ろうと体を動かす。

 そして、剣戟が始まる……はずだった。


 熱、音、痛み、苦しみ。呼吸困難。

 この感覚を俺は知らない。が、理解できた。

 気が付いた時、既に俺の体は炎に包まれていたのだ。

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