第36話:夜の顕現
「ふん、死んだか。また新しいのを見つけねばのう……」
フーブの起こした大爆発を遠目から見るのは、プチン・プチン。
空を飛び、爆風を空間魔法で時空を歪めて防ぎながら、フーブに完全にとどめを刺すラードをの様子を観察していた。
空を飛んでいるに関わらず、その背中についた小さな翼は羽ばたく様子も見せず、その動きはホバリングをしているように静か。背中のそれの存在意義を疑わずにはいられない動きだ。
「血鬼の魔族。これほどの逸材がまた見つかるかのう……。今度はもっと、感情を排除すべきか……日々反省、日々成長よな。いくら生きてもこれは変わらんよ」
感慨深げにそう言うと、プチン・プチンは地面に降り立った。
ふわりと柔らかい衝撃が地面に広がる。それと同時に熱された空気が逃げるように散っていく。
プチン・プチンは舞い上がった土がほんの少し靴に付いたのを気にしたのか、不愉快そうに顔を歪める。
その後丁寧な動作で魔法を発動して靴を消し去ると、新しく同じような靴を作り出して履いた。
新しく作った靴はどうやら調子がいいらしい。
上機嫌に、しかし地面に足はつけずに歩き始めた。
空間をねじ曲げて足場を作る。魔力と魔法の無駄遣いも甚だしいが、しかし潔癖なプチン・プチンにとってそれは非常に重要なことだった。
プチン・プチンが目を細めて日の出を見る。
痛そうに目を擦り、やがてフードを被る。
「はあ、太陽は苦手じゃわい」
吸血鬼であるはずのプチン・プチンが何故昼間でも活動できるか?
それはひとえに、吸血鬼の環境適応能力の高さに由来する。
位階の高い吸血鬼の中には太陽の光をも克服する異常種が現れることがある。または、致死的なまでの太陽の光を浴び続けて後天的に耐性を獲得したりする者も。
それぞれ時間制限付きで太陽の元で活動できたり、弱体化する代わりに活動できたり。異常進化の過程は様々だが、プチン・プチンの場合創造主、所謂親が後者のタイプの吸血鬼だった。
その特性を受け継ぎ、彼は太陽の元を歩くことができる吸血鬼として生まれたのだ。
その力は夜の3分の1にも満たないが、それで十分だとプチン・プチンは考えていた。
「うむ。今日は反省を戒めて歩いて帰ることとしよう。数ヶ月くらいの苦労、ワシに耐えられぬはずもなし」
「耐える必要なんてないし、反省も必要ないぜ」
プチン・プチンが遥か遠くの魔王領へと歩き始めようとした矢先だった。
プチン・プチンのすぐ後ろから軽薄そうな声がかかる。その声の調子とは裏腹に、かかる重圧は並大抵ではない。
視界が歪むような、熱。後ろで炎が燃えているような音と匂いがした。
実際の炎ではないだろう、とプチン・プチンはすぐに感づいたが、ならばこそ只者では無いとも思った。
炎のような圧力を、生み出す人間など今までに出会ったことも無い。
プチン・プチンは興奮し、歓喜した。
フーブの事などもう忘れてしまったかのように。
何故か?単純。
その圧だけで、フーブのそれと比較にならないほど大きく、熱かったからだ。
「不遜にも、ワシに声をかけようというのだ。覚悟はできておろうな?」
プチン・プチンは振り返ることもせずに後ろの男へと声をかけた。
心の奥底の歓喜を気取られぬ様に、声は低く威厳を持って。
しかしプチン・プチンの内心は、こいつをどう手駒にしようという事のみに注がれていた。
男はプチン・プチンの問に答える。否……
「不遜だぁ?人に仇なす魔王の木っ端がずいぶん偉そうに垂れるもんだな?オイ。そんな格好してよォ?」
答えない。
男はプチン・プチンの鼻から相手を見下げ果てた態度に怒り心頭といった様子で言い返した。
対するプチン・プチンも『そんな格好』と言われたのが癪に触ったのか、男に背を向けたままで足を止めた。
青筋が出るほどに顔を怒らせ、自分の掌がが潰れるほどに強く拳を握った。
握りこぶしから血がポタポタと流れ落ち、目は血走って今にも死にそうな様相である。
しかしプチン・プチンは怒りを鎮める。壊してしまってはマズいと、そう考えたからだ。
「グゼル……知っているぞ、要注意人物の1人じゃったな」
「へぇ、要注意人物……ね。そんな事はどうでもいいんだよ。お前らに指名手配されて熱狂的に追い回されても何にも興奮しねぇしな」
プチン・プチンは自分に対して軽薄な態度を取り続けられることに段々と怒りが湧いてきた。
そして先程の我慢は何処へやら、その苛立ちは殺意へと変わっていく。
ガレルの態度そのものが魔王三傑、その部下であるという自負を持つプチン・プチンの、数ある地雷を細かに刺激し続けているのである。
自分に対して取るべき態度は、余裕綽々に煽り散らかし果てには自らを愚弄することではなく、頭を垂れて空気を汚すグゼルの存在自体の謝罪と、従属の意志を全身全霊を持って伝えることに他ならないのだ。
(ましてや、ましてや……私に対してこうまで不愉快な圧をかけ続けるなど!)
「
「ブツブツブツブツ気持ち
頭を掻きむしりながら小声でガレルへの恨み節を唱えていたプチン・プチンに、ガレルの飄々とした笑顔が若干引き攣る。
しかしそれを侮辱ととったのか、プチン・プチンはさらに怒りを加速させた。
「
「愛してる?尽くしてる?悲しい?戯言も大概にしやがれ……愛されたくって悲しいのかよ?」
「!?」
嘲笑まじりのガレルの言葉にプチン・プチンの表情が固まった。
演技臭い作り物の怒りや悲壮感が剥がれ、野蛮で見
「俺を、馬鹿にしているのか?」
「いいや、馬鹿になんてしてねえよ。それよりその喋り方疲れねえの?」
「やはり、俺を馬鹿にしているなグゼル。あのチビのジジイ顔野郎も、俺を悲しい奴だと宣いやがった。女守るために必死にな!俺を馬鹿にしやがって、どいつもこいつも俺を……」
「おい」
底冷えするような低い声が、あたりに反響した。
否、そのような錯覚に、プチン・プチンは襲われた。
自らの肌全身が悪寒を感じて
しかし自らの中に湧き上がってきてしまった違和感は、プチン・プチンの中にもやとなって
決して大きな声ではなかった。自らの声で掻き消されていてもおかしくはなかった。
しかし、そうはならなかった。
それは偶然か?それともガレルの放ったプチン・プチンにも匹敵する、もしくはそれ以上の
しかしガレルはプチン・プチンに思考の隙を与えないままに、問いかけた。
「お前が『雷帝』ザルヴァレン・ハッテーとマリア・テングレムを殺したのか?」
「……確か殺した女のもう一人が、そんな名前だったな。」
炎がプチン・プチンの周りを包み込んだ。
その炎は意思を持ってプチン・プチンを包み込む。
偽物だ、と頭では理解しているが痛みがそれを否定する。
いや、体が焼けている!
偽物のはずなのに、焼けるはずがない肌が焼けている!
「まっ……」
「お話は終わりのようだ!」
「……ッ!」
炎からなんとか抜け出したプチン・プチンはしかし、目の前に肉薄するガレルの姿を見た。
急激に接近したガレルは、上段から思い切り剣を振り下ろす。
それをプチン・プチンは腰から抜いた短剣で受けきった。種族差というのか、それとも生きた年数の違いなのか。
ガレルの一撃はプチン・プチンによって容易に防がれ、形勢はイーブン。
お互いに構え合う状態にまでなった。
その距離を歩数に直せば五つ、といったところ。
どちらかが踏み込めば攻撃できるその絶妙な距離において、プチン・プチンは今すべきことを正確に把握していた。
戦いになった以上、自らの力を最大限発揮できる場を作るのが最優先。ならばこそ……
『
太陽光が遮られ、小さな夜が、森に顕現した。
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