第16話:新たな同期

 疲労困憊しつつ組合に入る。正直なところもう動きたくはないのだがやむをえまい。


「ということで今来ましたよ、ガルムさん。学術試験ってどこでやるんですか」

「お、おう。随分過酷だったってのは聞いてるよ。まぁ、案内するから着いて来い」


 ガルムは呆れ顔になって受付を出る。


「この支部は3階まであってな。3階が支部長室と諸々だから、入っちゃダメだ。2階はいくつか多目的の個室と、一時利用できる個室がある。パーティの打ち合わせとか、顔合わせとか、大規模討伐隊が組まれる時の会議室とか……まあ、諸々だ。んで、今回の学術試験は2階の個室で行われる」

「了解です」


 ギシギシと鳴る螺旋階段を登り切ると、下の喧騒が嘘のように静かな廊下が広がっていた。趣としてはドアが多い学校の廊下みたいな感じだ、病院と言うほど洗練されてはいないが、その光景に思わず懐古的になってしまう。

 学校に最後に行ったのは何ヶ月前だろうか。三年生の初期、なんなら二年生後半の時点でもう行っていなかった気がする。行けば、もっと楽しかったのだろうか。


「よし、初めての"テスト"だ。」


 俺は日本語でそう言いながら自分の頬を叩いて雑念を飛ばした。地球のことは、地球に帰ってから考えればそれでいい。

 ガルムに付いて行った先、たどり着いたのは大きな丸い机と、洋椅子が置かれている小部屋だった。同じ部屋で試験をするのだろうか、机の上にはインクとペン、それに白紙が4セットあらかじめ置かれていた。


「採点は解答用紙を回収後、後日点数を伝える。そして解答用紙の回収は俺がする。時間はそれぞれ25分だから、今回2つ試験を受けるのはフィールとお前だけだから、お前らは制限時間50分だな。終わったら途中で帰ってもいいが、制限時間を超えて解き続けることはできない。理解したな?」

「はい」

「よし。お前の席はそこだ。試験開始まであと15分はある。なんかして気を紛らわしとけ」

「了解です」


 そういってガルムは席の一つを指差すと、髪をボリボリと掻きながら部屋を出て行った。

 俺は彼がでていくのを確認し、そのまま指差された席に座ると、やっと落ちつくことができた。立ってるの辛すぎだろ、筋肉痛まじつらたん。

 木製が基本で座面と背もたれには皮に綿を詰めたクッションのようなものがつけられている。典型的な洋椅子だった。その品質は現代の椅子に勝るとも劣らず、技術力の高さを感じた。

 そう、こういう所なのだ。一見中世ヨーロッパのように見える街並みだが、その技術力や生産力は、見ず知らずの記憶喪失者に一ヶ月衣食を与えられるほどに充実している。自分の感覚で言えば"アンマッチ"だ。


 勿論、この世界は地球とは違う。日本とも勿論違う。この街に来る時にラードに聞いた話によると、四季があり、それぞれの地域にそれぞれの気候があり、国がある。俺の元いた世界に酷似してはいるものの、魔獣の存在や魔法なる存在が違うという何よりの証明になっている。

 が、それにしても4世紀近い昔の街並みや技術、学力だったとして、生産力が現代より勝るということがあり得るのか?その上、この世界は魔獣によってそれぞれの都市や国が、地球より顕著に区分されていると考えれば、輸入輸出も容易ではあるまいし、本当に「見合ってない」。考えたって仕方がないことではあるが、気になってしまうのが人の性というかなんというか。


 そんなことを考えて暫く時間を潰していると、ガルムに連れられて二人、部屋に入ってきた。一人は見たことのある顔。忘れるはずもない、究極美少女弓使いフィールである。手加減していたとは言え、グゼルを除いて唯一ドレリアに苦戦という苦戦を強いたフィールである。もう一度言おう、フィールである。

 相変わらずの美貌に俺も相変わらず見惚れているのだが、よく考えればもう一人の試験参加者知らないぞ。俺はガルムに視線を向けると、ガルムは言いたいことは分かっているとばかりに手を挙げて、その男を紹介した。


「こいつはフーブ、昨日の武術、魔力、体力試験には遅刻して来なかった。使用武器は剣。新人だ」

「よろしくだっ!」

「お、おお。よろしくお願いします」


 大声でよろしくと叫んだフーブがガルムに思いっきり叩かれた。


「打ち合わせをしてるパーティもあるんだ、静かにしろ。殺すぞ」

「はっははは!申し訳ないルム!」

「ガ、ル、ム、だ!クソッ!こいつ試験受ける意味ないだろ絶対頭悪いぞ!」


 さっき自分が注意したのも忘れて段々声色がヒートアップしていくガルム。それを止めたのはフィールだった。


「両方ともうるさいよ。あ、昨日ぶりだねノワール。ボクのこと忘れてないよね?」

「覚えてますよフィールさん」


 俺がそう返すと、フィールは可愛らしく首を傾げた。なんだこの可愛い生き物は。


「敬語じゃなくていいよ、ノワール。多分、年も同じくらいだろうしね」

「そうですか?なんとなくフィールさんって年上な感じが……」

「ボク、そんなに老けてるかな?」

「そういう意味じゃなくてですね……」


 というか初対面の人に敬語を使うのは俺の癖というか習性だ。ラノベの主人公とかじゃない限り日本人みんなこうだから。

 あと、良い子のみんなは人に安易にタメ口を使わない方がいいぞ!特にファンタジー世界だとロリでも200歳とか往々にしてあるからな、多分。


「でも、そういうなら普通に話すよフィールさん」

「うん、その『さん』も取れれば言うことなしだけどね」


 フィールは手を腰にあてて頷く。


 と、一頻りフィールとの会話を終えてガルムとフーブの方をチラッと見ると、また何か違う話題で喧嘩になっていた。お前らもはや仲良しだろ。


「はぁ、はぁ。くそっキリが無いぞコイツ。無敵か?無敵の馬鹿なのか?」

「ハッハッハ!無敵ではある」


 それを聞いたガルムは額に手を当てて下向きながら首を左右に振る。呆れたり諦めたりしたときの仕草は時代も世界も違う場所だって似通うものなんだな、なんて少し感慨深げに思う。

 ガルムは受付業務に戻るのか、もう一人を待つのか、部屋を出て螺旋階段を降りていく。それを眺めながらフーブは満足そうに、フィールは苦く笑っていた。

 というかアマチュアですらこんなにも癖が強いのに、そのプロやベテランを相手に普通に受付ができるガルムに尊敬の念すら湧いてくるぞ。やはり魔狩協会みたいな戦闘従事者の所属するギルドは、受付が強かったり賢かったりは必須なんだろうな。


「フーブさん、俺の名前は……とは言え仮名ですけど、ノワールって言います。改めてよろしくお願いします」

「あ、ボクもよろしくね!改めて」

「はっはっは!よろしく!」


 仁王立ちをしてずっと高笑いし続けているフーブは、貼り付けたように清々しい、いい笑顔を浮かべている。言い方はすごく悪いが全体的に暑苦しい。

 俺はフーブの言いようもない圧力オーラに辟易……まではしないものの若干ドン引きし、助けを求めるようにフィールを見ると、フィールも同じような顔でこちらを見ていた。

 なるほど武術試験の時も思ったが、俺はフィールとなかなかに気が合いそうである。

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