第17話:学術試験
部屋に集まったメンバーは、フーブを除いて全員が昨日会った顔ぶれだった。
大剣使いのセク。フーブ、フィールに俺だ。
セクは医薬学、フーブが生活学、フィールが精霊語学と医薬学。俺が算術と精霊語学だ。
解答用紙は一枚の白紙……とは言え化学繊維の真っ白々な紙ではなく、少し茶色がかってザラザラとした材質の紙だ。
ペンは後ろに羽がついたいわゆる羽ペンで、羽柄の部分はペンのように細く加工されていた。
机の真ん中にはインクの入ったガラスのインク壺。ここら辺は俺が魔狩登録をした時に見たものと同じだ。
そして全員に見えるように、時間を見る為の大きめの砂時計が設置されている。
問題用紙は共有で一枚。今回の場合だと歴史地理魔術学の問題用紙を除いた4枚の紙が大机の真ん中に置伏して置かれている。
曰く、問題用紙は共有で、どの教科からやっても時間を超えない限りいつやめてもいいらしい。結構自由である。
こういう場合中世欧系ファンタジーだと羊皮紙とかが使われていたりするものだが、この紙もそうなのだろうか。
「さて、今から試験が始まるわけだ。まあ正直戦闘能力が重視される魔狩において、この試験の結果は軽視されがちだ。が、賢い人間の需要は絶対に尽きない。俺も含め、一桁程度の簡単な計算はできるが、掛割などの難しい計算になってくるともう頓珍漢になる人間は魔狩には多い。だから計算ができるというだけでパーティの一役を担えることもあるわけだ。だからお前らのように、この試験を受けるという賢い選択ができる人間は、魔狩としての才能の一つを他の奴らよりも持ち合わせているってわけだ。分かるか?それを理解した上で解け。いいな」
ガルムは長くそう言うと、一拍置いてさらに続けた。
「報酬の分配で解散、果てには戦闘中に喧嘩して瓦解したパーティは今、奴隷になってる。他のメンバーが全員死んで、トラウマになって家族に介護されてる奴もいる。地図が読めないで敵にあっけなく殺されたパーティがいる。止血剤の重要性を忘れ、持って行かずに出血死した奴がいる。飯を誰も作れなかったり、毒物を食べて死んだ奴は森の奥で一ヶ月近くも放置され、見つかったのはそいつの使ってた剣だけだ」
ガルムは一言一言噛みしめるように、そう言った。
「油断しない奴が一人いれば、生存率は何倍にもなる。知識を持ってる奴がいれば、パーティの瓦解を防げる。知識や頭脳は一種、剣にも勝る武器になりうるんだ。よく覚えておけ」
ガルムは言い切ると、部屋の端っこに置かれた椅子にどっかりと座った。
緊張感が部屋全体に伝わる。始まる前の和やかな雰囲気は何処へやら、だ。
その時、数日聴き慣れた9時を告げる鐘が町全体に響き渡り、全員がペンをとった。
俺は誰とも被ってない算術を取り、フーブが生活学を、セクが医薬学の紙をとって自分の横に置き直した。
そして一拍遅れてフィールが精霊語学をとった。
一問目の文章を読んで気付いた。
これ、滅茶苦茶簡単だ。
最初の方は4桁のたし引き算や、簡単な乗法除法の問題。最後の方は図形問題と二次関数だ。
正直二次関数レベルの問題は出てこないと踏んでいたが、結局は賭け。
レベルが相当高く、全然解けない可能性も十分にあったことを鑑みれば、予想が当たってよかったといったところか。
一通り解き終わって回答と問題を照らし合わせる。
うん、問題なさそうだ。頭の中で検算をしてみて、間違っているところがなさそうで安心する。
俺はまだ終わりそうにないフィールの精霊言語学のテスト用紙を盗み見る。
そこには英語のテストのような問題が書いてあり、合計2問。
問題には次のような問題が記されていた。
___________________
精霊言語学魔狩協会試験
1.以下の魔法を使用するための文章を30文字以内で書け。
「前方120イル地面から600イルの部分に存在するタリアスの木材に着火する」
2.以下の精霊言語を用いた時に起こる魔法現象を正確に書け。
「Hi jock tellia veheris firent resper falis faga cover hobited guzu vantaria firent you tellia aqusy.Hi sade get Minivarian falis tellia aqusy horimardvell diram.」
___________________
なるほど、 これは……
分かる。
非常に不思議な感覚ではあるが、学校のテストで英語の問題が出てきた時のように、全体を訳しながら解く事が出来る。
二問目の答えは、「前方約33cm、地面から1mほど離れた位置で1000体の水の精霊が死ぬ」、だ。
地球の基準の1cmはこの世界において約6イル、1Lが1.2ロルであることを踏まえ、もう一度訳し直すのならば「前方194イル、地面から594イルの位置で1000体の水の精霊が死ぬ」となるだろう。
うん、ややこしいな。だがこれで分かったことが一つある。
この世界の魔法は、プログラミングとよく似ている。
いや、魔法も使えないわけだし、わかったからと言ってどうだと言う訳ではないが……。
おそらく、問題文から察するに、この世界の魔法の基本原理はこうだ。
まず、俺たちが何らかの器官で生み出した魔力とやらで精霊を動かす。
それでなぜ動くのか、までは正直なところ理解の及ばないが、それはたぶん考えてもパッとわかるような類の問いではないだろうから一旦保留する。
そして魔力によって動いた精霊は、その精霊のできることを命じられたとおりに実行する。この問題でいえば、熱の発生や水の発生などだ。
しかし解せないことが一つある。
なぜ、水の精霊に死を命じるのか、だ。
この文章で書かれている『sade get』の部分。
この2単語があらわす意味は、おそらく「死ね」だ。
俺が何故この言語が読めるのか、そもそも正しいのかを考えれば、そうではない可能性も十分に考えられる。
しかしこれだけ正確に読み書き出来てここだけわからないなんてことは無いだろう、無いと思いたい。
ならば何故ここのフレーズが水精霊に対する動作の要求、命令ではなく「死ね」なのか。
まさか、死ぬことによってなにか実行される事象があるのか?
だとしたら精霊に何を命令したら何が起きるのかを覚えなければいけないかもしれない。
なんなんだ?水精霊の死によって実行されることって……。
「核……融合とか?」
思わず声が出てしまって、がルムさんにどつかれる。
しかし、核融合を起こすとして、それは化学的に成り立っているのか?
いや、こんな世界で今更化学的だのどうのこうの論じても仕方がないような気はする。
しかし、メタ的な視点で考えるならば、そんな問題を出すとはどうしても思えない。
あーー、頭がこんがらがってきたぞ。
よし、二問目は無視だ。知らないと解けない。一問目を解こう。
要するにこれは、前20cm地面から1mほどのところにあるタリアスの木材(そう言う木材があるのだろうか)を燃やせば良いワケだな。分かるかボケ。
そもそも炎を操る魔法の原理がわからん。炎精霊に頼む?そうするとどうなるだろう、炎精霊をどう動かせばいいんだ?
だめだ、単語や文法が分かっても魔法の原理がわからんから問題が解けん。
ドイツ語はわかるようになったのにドイツの化学のテストが解けないみたいな気分だ。……そんな体験したことないけど。
しかし試験時間が余りに余ってるのに試験問題が解けずに時間を潰さねばならないこのなんとも言えない気分をまさか異世界でも味わうとは……。
いや、正直これ以上考えても仕方がないのではないかとすら思えてきた。
あー、悩んでても仕方ねえ。
憲兵団に帰った時に、色々と魔法についての考察と、整理をしてみよう。
とりあえずの訳、「前方194イル、地面から594イルの位置で1000体の水の精霊が死ぬ」と一問目の答えを書いて、算術を含めた全ての答案を見直す。
「よし、グゼルさん。終わったので帰ります」
「は!?早すぎるだろまだ15分くらいしか経ってねえぞオイ」
俺が終わったことを伝えると、部屋中全員が目を見開いてこちらを凝視した。
なるほど、確かに早すぎたかもしれない。
「まあ全部回答はしているようだし、回収はするが……いいんだな?」
「はい」
俺はグゼルさんに外に出る許可をもらって部屋を出た。
部屋を出て、伸びをしてから階段を降りる。
冒険王ロザン像の横を通り過ぎ、そして俺は気づいた。気付いてしまったのだ。
思考の過程で忘れていた、それに。
体の節々に鈍い痛みが現れ始め、すこしすると立ってるのもつらくなってくる。
「筋肉痛、忘れてた……」
俺は痛む体を支えながら、情けない格好で憲兵団のところまで帰る羽目になったしまったのだった。
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