第15話:試験終わりの筋肉痛

 「クソ痛てぇ……高校生でこんなに筋肉痛になることあるかよ……?」


 筆記試験の実施は、次の日に繰り越しとなった。主な理由としては、第三試験である体力試験があまりに苛烈だったことが挙げられる。


 その内容は、ただ走るだけ。

 シャトルランという地獄を経験した事があるであろう日本人にとって、それと近しいものに感じるかもしれない。

 が、違う。比じゃない。というかシャトルランはキツくなったら辞められるし、アウトになったらそこで終わりだ。

 だがドレリアとグゼルによる体力試験は、アウトになれば命がない。


 いや、実際死ぬことは無いのだろう。てか、痛みも一瞬だった。気絶的な意味で。手加減もされていた。

 ただ、後ろに迫る炎と針によって全力疾走を続ける事を強要される苦痛は、味あわねば分かるまい、分かってたまるか。

 ちなみに俺は一番最初に脱落した。全力疾走は続けていたが、シンプルに足が遅いのと体力不足で一番最初に脱落した。クソが。


 そして次がロックウェルだったらしい。

 俺の2倍は走ったが、転んで脱落らしい。情けなすぎだろ、俺。

 そして次がブック、間を置かずにフィール。

 ロックウェルの1分ほど後に脱落したらしい。

 そして最後がセク。正確にはグゼルが最後だが、あれはもう別物なので無視。


 そしてグゼルは走りながら試験官側としても仕事してた。

 2回目以降の試験はお金かかるらしいから、お金払って試験管やってそのついでに試験やってる。多分あの人頭おかしい。


 まぁそういうわけで体力試験と武術試験による体の痛みと疲労はまだ一切取れてない。辛い、てか痛い。

 頭も痛い。多分偏頭痛だ。つらい。


 「おーい、ノワール。もう、朝飯の時間だぞ?」


個室のドアが開き、ロウェが入ってくる。

 朝ごはんの時間は6時で、いつも起きるのが5時半くらいだった筈なので、多分いつもより30分ぐらい遅く起きてる。筋肉痛、許すまじ。


 「ゔ、おはようございますロウェさん。すいません、ちょっと体痛すぎて……」

 「おはよう。今日学術試験じゃなかったか?大丈夫なのかよ」

 「書くだけなんで……大丈夫です、多分」


 心配そうにこちらを見つめるロウェ。

 自分も忙しいだろうに、俺にここまで気をかけてくれる優しさが痛い。

 私は記憶喪失でもなんでもない、ただのファンタジーラノベ好きのゲーマーですよ。

 ……ついでに言語チートとリスポーン能力を持ってるだけです。


 「じゃあ、朝ごはん食べて少ししたら出発します……試験、9時からなので」

 「が、頑張れよ」


 痛む全身に鞭打って1階の食堂に向かう。

 6時半に片付けられてしまうので早く行かなきゃいけないのだが、次の一歩が億劫でたまらない。


 苦痛に耐えつつ階段を降りきり、椅子に着くとようやく生きた心地がした。

 しかしここからが難関。食事を持ってこの席まで戻って来なければならない。

 既にほとんどの憲兵団は訓練に向かっているので恥を晒す心配はない。大丈夫だ、俺。やればできる子YDKだ。


 「ぐおおおおおおおお!!」


 痛い痛い痛い痛い!痛すぎるだろ!

ベッドから立ち上がる時はある程度柔らかかったのでなんとかなった。が、椅子はやばい。痛すぎる。腰が死ぬ。死んじゃう。


 「ふぅ、ふぅ。な、なんとか立ち上がったぞ。どんなもんじゃい」


 やっとのことで机に手をつき立ち上がる。

 そのまま覚束ない足取りで食事の受け取り口まで歩いていくと、そのままお盆を持って自分の座っていた席まで戻る。

 意図したわけではないが、受け取り口から一番近い席を選んだ俺に心からの感謝を伝える。

 ゆっくりと慎重に席につき、コンソメスープのようなものを口にする。


 「うまいんだなぁ……これが」


 ここの料理は基本的に美味だった。

 中世後期あたりの世界観がメジャーなファンタジーの定石の一つであるメシマズは一切なく、食材や調味料が少ないわけでもない。

 市場を見れば感覚的には日本よりも安価だ。

 物価が安いというのも理由の一つではあるだろうが、実際に食事や服などの福利厚生が整備されているのを見ると、やはり作物類の生産が盛んなのかと思われる。


 しかしこの世界観じゃあ作物の栽培や大規模農場などを作っているわけでもなさそうだ。

 どういうことなんだ?何かそういう魔法があるんだろうか?

 まぁ考えても詮のない事ではあるが、旅行に来たときにその地域の歴史を知ってるともっと楽しめるよ……的な考え方は大事だと思う。

 ほら、よく言うじゃん。人生楽しんだもん勝ちって。

 まぁ知っておいて困る物ではないし、また後でロウェさんに聞いてみよう。


 と、なんとなく考え事をしながらスープを飲んでいると、俺の前にドカリと効果音が鳴りそうなくらい豪快に大男が座った。


 「ふーう、ご馳走様でした」

 「お、ノワールじゃねーか。朝からお疲れだな」

 「あ、テイワリさんじゃないですか。おはようございます」


 俺の前に腰を下ろした大男。名をテイワリ。

 俺の異世界での大男遭遇率がカンストしてる気がするが、気にしない。

 というかこの世界おかしいんだよ、なんで2m超の身長持ったやつがゴロゴロいるんだよ。高校時代に身長高めだった俺のアイデンティティが消えかけてるよ。

 ちなみに俺の目算で行けばテイワリの身長は2mを余裕で超えている。つらい。


 「昨日、冒け……違った。ハンターの体力試験と武術試験がありましてね。今日ももうちょっとしたら学術試験に行かなきゃならないんですよ。なのに筋肉痛が酷くて体が……」

 「おお、それは気の毒なこったな。そうだ、いいもん持ってるからこれ一口やるよ。痛み止めだ」

 「え、いいんですか。ありがとうございます」


 この世界にも痛み止めってあるんだな、意外だ。

 俺はテイワリから、中に無色透明な液体が入った小さなガラス瓶を渡される。

 瓶の栓には持ち運ぶ為なのか、栓には瓶と栓を強く止めておける引っかかりとキーホルダーのようなものがついていた。


 「いいか、一口だぞ。飲みすぎると危険だからな。ほんの一滴でもいいかもしれない」


 俺は念を押されつつ瓶の栓を取り外し、口につける。

 甘ったるい匂いが鼻に届き、思わずくらっとする。

 なるほど、これは確かにたくさん飲んだら危険そうだ。

 俺はテイワリから受け取った痛み止めをほんの少しだけ口にすると、つばと一緒に飲み込んだ。


 「効果はすぐに現れるはずだ。ほら、もう痛みひいたろ?」

 「いや、全く無くなって無いです」


 冗談でもなんでもなく、痛みが引いた感覚は一切ない。

 依然体の節々は痛むし、引く様子もない。今椅子から立ったらやっぱり地獄のような痛みを感じることだろうし、なんなら偏頭痛の方も改善されていない。


 「おかしいな、魔力に働きかけて痛みを和らげる薬だぞ。魔力がすっからかんとかじゃない限り聞くはずなんだが……」

 「……」


 おや、魔力がすっからかんな前代未聞の男がここにいますが。


 心に深い傷を負った俺は瓶を無言でテイワリに返すと、食べ終わった食器を片付けるために立ち上がった。

痛いが、心の痛みにくらぶれば幾らかマシである。

 そういう意味では痛み止めではあったかもしれない、ってやかましわ。


 俺は返却口で退屈そうに座っている少年に食器を渡すと、少年とテイワリに軽く会釈をして食堂を出た。

 去り際にテイワリがすごく申し訳なさそうな表情をしていたが許さない。絶対に許さない。踊り食いされるタコぐらい許さない。

 俺は惨めな気持ちになりながら自分の部屋に帰る。


 ……あ、そういえば。

 俺ともう三人学術試験を受けるやつがいるって話だったっけ。誰だろう? 

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