第14話:炎と土
それはまさに、人外同士の戦闘だった。
グゼルが踏み込んだ瞬間、グゼルの鉄製の盾と剣が炎を纏った。
爛々と燃える炎は生き物のように流動し、剣が振るわれることでその熱量は全てドレリアにぶつけられる。
圧倒的な熱量と圧倒的な破壊力。
防御すら攻撃に変える圧倒的な攻撃性。
盾を持っている時点で彼を技巧型と決めつけていたが全くの逆だった。
攻撃のための盾、全てがエネルギーとなってドレリアに襲いかかるための動作となるのだ。
「それだけで負けてちゃ仮にも上級ハンターが廃りますよ!」
「上級ねえ、随分と偉そうになったもんじゃねか」
だが、ドレリアはその炎を逸らした。剣で逸らしたわけでも風圧で逸らしたわけでも無い。
炎の逃げ道を粉塵を舞わせることで作ったのだ。魔法か、いかなる手段か分からないが、ドレリアを焼き殺さんとする炎がドレリアの周りを避けて通る。
だが、グゼルの攻撃は『炎』では無いのだ。
むしろ炎がおまけ、真の攻撃性はその剣撃にあった。
片手で振るわれる剣にしては、速度も音の重みも全てにおいて苛烈。
細身の剣でなんとかいなすドレリアだったが、どちらが有利かは明白だった。
上からのグゼルの叩きつけを手を回して受け流すドレリアだが、すでにその時グゼルの攻撃は次に移っている。右から叩きつけられる炎と剣にドレリアは一瞬苦悶の声を上げるが、剣の腹で確実に受け切る。
受け切るだけで一苦労。
構え直すまでにグゼルの攻撃は既に"助走"まで完了し、振り下ろされていた。
必殺の威力を持ってした攻撃。しかし先ほどよりは不格好ではあるものの、一瞬の判断力で剣を正面からぶつけて躱し、押し切られる前に後方に飛び下がった。
正にセクの上位互換。力、攻撃のバリエーション、体力、剣の腕、剣速。そして剣を突破して立ち塞がる盾。
その光景に、しかし絶望するでもなくセクは目を輝かせる。
セクの魔法的性は水だ。炎ではない。
しかし鍛えればあの高みへと踏み入ることは可能だろう。セクは俺と違って魔法の才能がないわけではないのだから。
そのことに若干嫉妬しつつも、彼もやはり異世界の"戦闘従事者"であることに俺は
「グッ……くぅ」
苦しげに攻撃を受けるドレリアは、しかしまだ勝ちを諦めているわけではなさそうだった。
戦いは速度を増していく。
一合撃ち合う度に型が崩れ、直すのにも一苦労する。
そんな状況で相手は息すら乱さずに、自分は一切余裕がない。
常人ならば冷静さを欠き、その剣の鋭さも鈍るというものだろう。
が、そこはドレリア。先ほどまでの戦闘と同じく冷静さと細かい技巧を見せたその実力はグゼルの苛烈さを前にしても衰えるものでは無い。
ドレリアは左手を上に振り上げると、腰を低くして上に岩でできた盾を作り出した。
グゼルの剣撃を一度受けただけでその岩の盾は破壊されたが、その隙にドレリアは体を捻ってグゼルの間合いのうちに潜り込んだ。
ドレリアはその勢いで炎を避けてグゼルを目掛けて高速で剣を振る。
グゼルが一撃特化だとしたらドレリアは技巧と速度による戦いだった。グゼルの早いまでも見える剣撃に対して、ドレリアの剣は見ることすら叶わない。
「シッ!」
「へぇ、随分早くなったもんだなぁオイ。だがそれじゃあまだ"軽い"重さに速さで敵うには、まだ重みも速さも全然足りねえんだぜ!!」
「余裕ですね!」
ドレリアはグゼルの剣と炎をうまく土と岩で躱しながら、剣を振るう。
だが、その攻撃の全てが熱を持つ盾によって防がれている。
ここにいても感じる頑強さ、威圧感。それがまた熱となり暴力となる。
剣をいなせば盾が待ち、盾に手間取れば剣が来る。
圧倒的に攻め手にかけるドレリアは歯痒そうに顔を歪める。
と、そう思っていた時だった。ドレリアが短剣を取り出し、グゼルの盾に突き立てた。
そしてドレリアが歌うように何かの呪文を詠唱すると、その瞬間空中に無数の小さい石の礫が生まれ、グゼルに高速で飛来する。
詠唱は異世界の言語ではない。発音が所々炎や撃ち合いの音にかき消されて聞こえないが、なんとなく理解できるような気がする。
やはり言語チートなのか?そうなのか??そうなんだよな?
俺が自分の能力についてある種確信に近いものを抱いている間にも、石の礫は絶え間なく生み出され、グゼルの周り四方八方から襲いかかる。
それがグゼルの剣撃と盾による防御の両方を鈍らせる。
「土魔法と風魔法の融合、魔法を仕込んだ短剣での詠唱簡略化。風は苦手だろうになかなか練度を上げている。だが、これじゃあ避けるのも簡単だなぁ?」
グゼルの説明を聞く限り、あの短剣はおそらく土の礫の魔法の座標指定のようなものだろうか?
そう考えていると、グゼルはニヤリと笑って盾を横に放り投げた。
ドレリアは生成された石の礫が投げられた盾に向かうのを一瞥すると、石の礫による攻撃をやめ、バックステップで大きく後退した。
「横着しちゃあ落とし穴があるもんだぜ、勉強不足だ」
それに対して余裕ある口調で相対するグゼルは、盾を持っていたさっきのスタイルを捨てていた。グゼルは片手剣を両手で構え、正眼に構える。右手には力がほとんど入っておらず、沿えられているだけの基本的な剣の構え。
だがその構えはそれだけで洗練されているのがわかる。その上盾に割いていた炎を全て剣に纏わせたからか、炎は先ほどにも増して勢いづいていた。
「どんな魔力総量してんですか……それだけ炎を上げても尽きる気配がない」
「天才だからな、悪い悪い」
グゼルは小さく笑う。と、同時にグゼルの剣から放たれていた熱気が一切消え、装飾に凝ったただの美しい剣に戻った。決して"ただの"ではないが、今までの苛烈さからは考えられないほど静かで美しいその様は物語やアニメの勇者を彷彿とさせた。イケメン補正がだいぶかかっているであろうことは言うまでもないのだが。
グゼルには息が上がっている様子はない。しかしドレリアは息を荒くし、呼吸が乱れていルシ、熱気にさらされ続けていたせいか、服や頭は汗で湿っていた。ドレリアは乱れた呼吸を整えるために何度も深呼吸をする。
その様をグゼルは面白そうに眺めている。
これが、上級ハンターの世界。口を挟むこともできず、その場にいたグゼルとドレリア以外の全員が息を飲んでその戦いに魅入っていた。ロックウェルも、セクとブックも、フィールも、全員が。
「さぁ、そろそろキツいだろ。止め刺してやるよ」
「まだまだぁ!」
グゼルは炎を纏わせていない剣でドレリアに襲いかかる。上から、下から、横から。今までよりも力が強い、しかし同時に防御を捨てている。ドレリアがこの戦いで、この試験を通して見せたグゼルに対する強みは受け流しだ。
受けて避けることが困難になったが、ドレリアは一度間合いに入れば有利とは言わないまでも状況は好転するだろう。
1合、2合と打ち合い、グゼルの上からの重い一撃がカカカンと数回の金属音で下に流れる。それは分かり易いほどの隙だった。行けると、そう誰もに確信させた。
案の定ドレリアが咆哮を上げて剣を思い切り振り下ろす。が、その攻撃がグゼルに届くことはなかった。
今までとは比較にならない熱波が地下訓練場を包み込む。その焼けるような風に思わず目を瞑り、息を詰まらせる。一瞬のことだったがしかし未だピリピリとした空気の中で、恐る恐る目を開く。
「ま、参りました」
「ハッハッハ!まだまだだなドレリア。勝負がつくまで気を抜くな、じゃねえと新人と同じだぜ?」
仰向けに倒れて息を切らすドレリアは、グゼルに首元に剣を突きつけられた状態になって降参していた。
グゼルがドレリアの喉元から剣を離す。その瞬間に、ピリつき口を挟むことすら躊躇われた、重く圧倒的な空気が緩和され、俺を含めた何人かが、ため息をついて控えめに疲労を表明した。
「すごい、魔力の扱いも、使い方の効率も、剣術も。何もかもが卓越してる。強い……」
「……」
先ほどまで元気いっぱいだったセクとブックが、仕草とタイミングまでそっくりに尻餅をつく。ロックウェルは自信なさげだった目を見開いて、フィールは目を輝かせてグゼルを見ていた。膨大な魔力を持つもの同士、シンパシーを感じたりしているのだろうか。
そしてもう一人の大男は興味深げにニヤニヤと二人を観察し……大男?いたか?さっきまでそんな奴。
「良いもん見してもらったぜ、ドレリア。惨敗じゃねえかヨォ」
「うるさいな、次回は勝つ」
大男が放った言葉を、ドレリアは煩わしそうに一蹴する。それを揶揄うようにグゼルが口を開く。
「へえ、そりゃ楽しみだぜ、ドレリア後輩。俺はこれでもドレリア後輩に抜かされるような柔な訓練はしてねえぞ」
「……その、ドレリア後輩ってのやめてください」
大男はドレリアのパーティメンバーだったりするのだろうか。どことなくお互いに流れる雰囲気が他よりも柔らかい気がする。
「その……貴方とドレリアさんってどんな関係なんですか?」
ロックウェルさんが彼女みたいな言い草で大男に話しかける。大男はその問いに首を傾げると、どう答えようかと悩んでいる様子だった。悩んでいるということは、パーティメンバーではないのだろう。幼馴染とかだろうか?
俺がそう、頭の中で予想を立てていると、大男には良い答えが浮かんだらしい。人差し指を立て、答えた。
「好敵手って奴だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます