第12話:ドキ★魔力測定

 「さて、とりあえずこのメンバーで試験を行う。筆記は未選択者がいるから最後になる」


 ガルムさんが去って現れたのは、ドレリアと名乗る青年だった。

 黒髪に碧眼、一目見るとただの美男子だが、よく見るとそこかしこに筋肉が着いており、なるほど彼は強いのだと理解出来た。

 腰につけた細身の剣は、その豪華絢爛で色とりどりの鞘の中に納められており、俺が今まで一番多く見た「布で武器を包む」タイプの武器のしまい方よりも強固で堅実とした印象を受ける。


 「まずは一番簡単に終わる魔術試験だ。お前たちは全力で俺の指示に従え。それだけだ。返事!」

 「はい」

 「はいなのだー」

 「あいなのさー」

 「はーい」

 「は、はい」


 皆一様……ではないが、最低限返事を返す中、赤髪の男……グゼルは眠そうに目を擦ると手をあげた。


 「ふあ……それって俺受けないはずだよな」

 「あ、先輩は武術試験と体力試験だけなので次の試験までお休みいただいて構いませんよ」


 試験官であるドレリアのまさかであからさまな態度の変化に思わず瞠目する。

 説明を聞いても聞かなくても、相当な実力者だと踏んでいたが、まさか試験官の先輩であるとは。

 グゼルは面倒臭そうにため息をつくと、再び目を瞑って寝こけ始めた。


 「まったくグゼル先輩は相変わらずだな……。気にするな、じゃあ他の全員は右手を前に出せ。掌が上だ」


 指示を受け、横一列に並んでいた全員が右の手を前に出す。

 それを見てドレリアは一番端に並んでいたセクの手を取り、掌を見つめる。

 一瞬くすぐったそうに顔を歪めたセクだったが、すぐに真面目な顔をしてドレリアと一緒に掌を見つめ始める。

 一通り見て納得したのか、頷いて次のブックの手を見始める。

 それぞれおよそ30秒。5人の手を見るのには結構な時間がかかった。

 最後に俺の手を離すと、ドレリアは満足したのか腰から水晶玉を取り出してセクの手にのせた。


 「あ、あの……さっきの手を見るのって何の意味が?」


 自信なさげに声を出すロックウェルに、ドレリアはこともなげに答えた。


 「趣味だ。気にするな」

 「!?じゃあ今ボクの手を満足そうに眺めてたのって……」

 「一番綺麗だったからだ。よく手入れされているし、肌も美しい」

 「お金とっとけばよかったよ……」


 そう言う問題じゃない気がするがあえて突っ込まないでおく。

 てか今思ったが、このキャラが濃い人達にもまれて生き残れる自信がなさすぎる。


 ある種の諦観を抱きつつ、どうせ趣味ならもうちょっと綺麗な時に見て欲しかった……だなんて完全に毒されたことを考えていると、ドレリアが俺の方を向いて指をさした。


 「お前もなかなか悪くなかった。育ちがいいのか分からないが、ずっといい石鹸などを使って来たのはわかる。表面からついた傷は最近のものだ。最近激しい戦闘や怪我ががあったとか……。どうだ、当たっているだろう」

 「実は俺、記憶喪失なんですよね」

 「何とびっくり」


 全然驚いていない顔でびっくりしたと明言するドレリア。

 何だ、この人常識人枠かと思ったらぶっちぎりで変人だぞ。


 俺はなんとなく、そもそもハンターに常識を期待すること自体が間違ってるのだと真理に近いことを考え始めた。


 「さあ、セクと言ったな。水晶を見せてみろ」

 「手が疲れたのだー!」


 そう言いつつも疲れた様子を見せずに水晶をドレリアへ見せつけるセク。


 「ほう、これは何とも。剣士にしては随分と多い魔力総量だな。才能があるのは水だな。何か訓練は?」

 「ないのだ!強いて言うならねーちゃんに魔法を撃たれまくったことぐらいなのだ!」

 「なるほど、手を下ろしていいぞ」


 ドレリアはその水晶を取り上げると、今度はブックに手渡した。

 ブックはプルプルと震える右手で水晶を受け取ると、左手で腕を支えて何とか耐えていた。

 その姿に親近感を覚えていると、ドレリアはさっきより随分早くブックから水晶を取り上げた。


 「ほう!随分と魔力が多いな!生成器官も優秀な様だ。才能はセクと同じ水。これは……逸材だな」

 「逸材だって!ブック逸材だって!」


 ブックはやっと腕を下ろせて疲れが若干癒えたのか、腰に手を当ててセクにドヤっていた。

 と言うか水晶にそんな顕著な変化あったか?

 正直俺には水晶の変化は分からなかった。一体どんな基準でドレリアは魔力器官やら魔力量やらを判定しているんだろう。

 後で聞いてみようか。


 「さて、次はフィールだ。手の上に水晶を……いや、待て!待て!いい、やめろ!水晶が壊れる!」

 「……え?」


 乗せようとして慌てて腕を引っ込めてたドレリアに、フィールはぽかんとした表情で固まっていた。


 「お前、一体どんな魔力総量してるんだ。溢れ出る魔力を吸い取りきれずに、水晶が壊れるところだった」

 「え、えぇ?意識したことなかったなぁ……」


 ドレリアは信じられないものを見る目でフィールを見ている。

 先ほどまでの無表情と打って変わって、口をわなわなとふるわせていた。


 「こ、故障か?しかし……」


 ドレリアは譫言の様にぶつぶつと呟くと、思い出した様にロックウェルを見て水晶玉を強引に手に押し付けた。

 相変わらず変化のない水晶玉を見て、1分ほどしたところでドレリアは自分の目を擦ったりしながらフィールと水晶を交互に見ていた。


 「故障……してない?」

 「あ、あの。私の結果は?」

 「あ、あぁすまない。魔力の量は平均程度、才能は炎と土だ」

 「は、はい」


 ドレリアは何かを振り払う様に頭をぶんぶんと振ると、深呼吸をして先ほどまでの無表情に戻った。

 微妙に戻っていないが、それが彼にできる一番の平常心だったと考えると彼の動揺具合がわかるだろう。


 「ねえ、ボクは結局何が得意なの?」

 「ああ、風と空間だ。魔力総量は見えん。悪いがな。こんなのはグゼル先輩以来だ」


 何とグゼル先輩も超魔力の持ち主だった様だ。

 そして、この流れだ。


 言わなくても理解できる。

 そう、これは俺の魔力チートが始まるフラグに他ならない。魔力チート。今は使い古され追い落とされた全時代のラノベの王道。

 それが今、俺の身に起こると信じない理由がどこにあるだろうか。


 ドキドキとワクワクで胸いっぱいな俺は、手を伸ばしながら会話が終わり、自分の番がくるのを今か今かと待つ。

 

 そして、ようやく平常心を取り戻したドレリアは水晶玉をハンカチで軽く拭くと、「ノワール」と俺の名前を呼んだ。

 ドレリアは落ち着いた顔で俺の手の上に水晶を乗せると、直後フィーラの時の反応と負けず劣らずの驚きを見せた。

 目を見開き、水晶玉を手放しそうになったところから、もはや俺の天下は確定したと、そう思わせた。


 「まさか……そんなことがあるはずがない」


 フィーラの時と同じか、それ以上の激しさで俺と水晶を交互に見るドレリア。

 その様子を見て、眠っていたと言うグゼルがのっそりと起き上がり、「へえ」とこぼす。

 まさか、本当に?


 にわかに信じがたい光景に、他の試験者たちもゴクリと息を飲んだ。


 「俺はこんなの見たことねえぜ。お前、魔力一切なし。魔力器官確認できずってマジかよ」


 俺の脳内で構築された魔力チート人生の幻想は、かくして儚く崩れ去ったのだった。

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