第11話:受験者達

 四日はあっという間にすぎた。

 憲兵団に宿泊し始めて約1週間、この世界に来て約10日。俺は今日と言う日の為に走り込みやら筋トレを、より気を入れてやる様にした。

 目標があると言うのは人に取って案外力になるもので、三日坊主になると思われた筋トレ生活も今日やっと1週間を迎えた。


 学生時代に筋トレをしようと思ったことはあったが、学校と部活という荒波に揉まれて一瞬で忘れたし、引きこもる様になってからはそもそもしようと思わなかった。

 しかし走ったり筋トレをしたりは、いいストレス解消になる。

 異世界の引きこもり生活でたまった贅肉が落ち、若干筋肉がついてきた気がする。

 運動はもともと嫌いじゃないし、異世界にバレーや野球の様な球技があるならぜひ参加してみたいものだ。そもそも俺の性質上、もともと引きこもりは苦手なんじゃないかとすら思えてきた。

 と、考えるとあの理不尽の権化みたいな神様(仮称)にも感謝できるってものである。俺はウキウキと湧き立つ心を押さえ、ロウェさんのもとに行く。


 「おはようノワール。精が出るな、今日も走りにいくのか?」

 「おはようございますロウェさん。今日は試験の日だから走り込みはその後です」

 「へぇ、試験。魔狩ギルドのか。まぁ、担当の俺としてはノワールが野垂れ死ぬことなく、楽しくやってんのを見るだけで十分満足だよ。いってら」

 「行ってきます」


 俺はロウェさんと軽く言葉を交わすと、外に出る許可をもらう。


 今日から……俺の異世界生活が始まる!

 そんな期待を胸に、俺は憲兵団を走り出た。



 そのままその足でハンターギルドへ向かうと、朝のそこは人でごった返していた。

 鋼鉄の扉は開けっぱなしに、受付の隣に張り出された求人、依頼に人が群がっている。

 自分の想像する冒険者ギルドの姿をそのまま持ってきた様なその様子に感動する。

 もし俺が自分が主人公の小説を読んでいたとしたら、ことあるごとに異世界の様子にあれこれ感動しまくっている姿を見て飽き飽きすると思う。

 がしかし実際見ると何度だって感動できるもので、それはたった1週間で抜ける様なものではないのだ。


 俺は何をすればいいか分からず、混み合っている依頼受付受理の隣にある総合受付に向かう。

 幸いなことに総合受付には誰ひとりおらず、さらに幸いなことに見知った"彼"が総合受付の椅子に座り、退屈そうにしていた。

 俺は僅かばかりの安堵を感じながら彼のもとに向かうと、目の前に立って声をかけた。


 「おはようございます。えっと……」

 「お、坊主じゃねえか待ってたぜ。あと、俺の名前はガルムだ。覚えとけ」

 「おはようございます、ガルムさん。あの、試験ってどうやって受ければいいのか分からなくて……」

 

 俺がそういうと、ガルムはひらひらと手を振った。


 「安心しろ、冒険者試験参加者8人中お前が4番目だ。ついてこい、地下の訓練場まで案内するぜ」


 前に来たときは気付かなかったが、ロザン像の後ろの階段は下にも続いていたらしい。木製のギィギィなる階段を歩きながら、ふと思う。

 他の7人の参加者ってどんな人達なんだろう。試験を受ける事ができるのはハンターだけ。逆にハンターなら誰でも参加できる。

 ただ、登録した直後の試験以外は有料なのだ。だからほとんどは登録直後のアマチュアだ。つまり、俺と同時期に入った新人との初顔合わせとも言えるわけだ。

 こういうイベントはドキドキする。試験つきの入学式みたいな気分になった俺は、石造りの地下訓練場につくと、無骨な会場が仮設置されていた。


 「あ、来た。4人目だぞ!」

 「来たなねーちゃん。同期だ同期」

 「同期ってなんだ!?」

 「なんとなくだ!俺にもよー分からん!」

 「そーか!そうだよな!なんとなくだ!」


 そこにいた3人をそれぞれ見る。小学生ぐらいの身長の姉弟きょうだいに、盾と片手剣を背負った赤茶色の髪をした男。

 なるほど、キャラが濃い。


 姉弟の方は自分達の世界でずっと話し続けてるし、うるさい彼らの横にいてバッグを枕に寝こける男も大概だ。

 姉弟の姉の方は魔法使いだろうか?右手で宝石の様なものをくるくると遊ばせたり、腰につけている杖の先に嵌めて棒ごとくるくる回したりしていた。

 逆に弟は自分の体ほどもある剣を持っている。しかしその姿は妙に様になっていた。

 二人とも金髪の黒目で、灰色の布服を纏っている。黙っていれば強そうな強ロリ強ショタの趣があった。


 男の方は黒い服と所々にあしらわれた装飾品、高そうな剣。明らかに金持ちだった。革靴はボロボロで、バッグも黒。黒と赤のバランスが良く、良く見ればなかなかのイケメンだった。

 耳にはピアスをつけており、なんとなくイケイケな感じを匂わせていた。


 ヤバイ、両者ともキャラが濃い。

 記憶喪失の文無しっていうなかなか濃いキャラクターが、完全に形無しだった。


 てか、強いじゃん絶対……。アマチュアだからキャラ薄いやつとか熱い奴が多いのかと思っていたけど、そういう感じじゃない。

 ガチだ。やはりハンターは新人ですら個性的でなくてはいけないのか。


 「よろしく!」

 「よろしー!」


 そんなふうに思っていると、その姉弟が俺に声をかけてくる。

 座ったまま、遠くから手を振っている。

 俺はそれに笑って手を振り返すと、ガルムを見た。


 「毎試験毎試験あんな強そうなのが来るんですか」

 「いや、今月は多い方だし……あの赤髪の男に至ってはプロハンターの中でも上級だ。『蓮炎』のグゼル。全身に炎を纏って戦う姿からつけられたらしい。俺はみたこたないがな。行方不明になったティソーナ家の次男って噂も立ってる」

 「ティソーナ家?」

 「それも覚えてないのか?当時にはなかった魔法剣士という戦闘方法を生み出した偉大な一家だよ」

 「魔法剣士……!」

 「わかりやすくて可愛いな、お前」


 不本意な評価を受けたが、そんなことはどうでもいい。魔法剣士なんてものが存在するっていう事が重要なのだ。2刀流を生み出した宮本武蔵の様な感覚だろうか?

 そんな偉大な一家の次男!ときめかずにはいられないだろう。

 男とは常に強きに憧れる。そーゆー物なのだ。


 「あのー、試験ってここであってますかね?」

 「あってるよ。お前は確か……ロックウェルだったな」

 「お、新しいのが来たー!」

 「5人目、5人目、つまり後3人!」


 新しい試験の参加者ロックウェルの登場にわかりやすく喜ぶ姉弟。

 それに対してロックウェルは若干肩を震わせて、わかりやすく怯えていた。

 どっちもキャラが立っててよろしい事で。俺はなんだかんだキャラ濃い組の一員になりそうなロックウェルと、姉弟に若干の嫉妬感というか疎外感を感じていた。

 ロックウェルは黒髪黒目。自信なさげな垂れ目をしており、顔立ちは整っているが、弱々しい面持ちをしており台無し感が否めない。

 武器はおそらく槍。両手で長い布の包みを抱き抱える様に持っていた。


 「そういえば、オメーの名前は?なんも持ってないけど弱そうだ、魔法使いか?にしては頭も悪そう!とも言わない!」

 「ねーちゃん言い過ぎ!」


 突如として俺に興味を示してきた姉弟。俺は何から突っ込むか名前を答えるか一瞬迷ったが、その間に弟の方がハッとした表情になって大声で言った。


 「名前を名乗るならまず自分からって話だよねーちゃん!という事でオイラはセク、ねーちゃんはブックだ!よろしく!」

 「よろし!アタイはブック!よろしー!二ヒヒ」

 「お、おう。宜しく。俺はノワールだ」

 「「ノワール!」」


 二人の独特でスピーディーな雰囲気に飲まれて突っ込むのも敬語も忘れて思わず名前を名乗った。

 いや、いいんだけどなんか。負けた気分になってしまった。


 「で?オメーはなんの人なんだ!?剣士に魔人に弓師!」

 「俺は一応剣士だよ」


 敬語で対応できなかったなら仕方がない。年も恐らく下だろうし、普通にタメ語で対応しよう。敗北で学んで、次回勝てればその敗北も勝ちになるって言うし今回のことをあまり引きずってはいけないのだ。

 世界一謎な決意を固めた俺に、ブックは質問を重ねた。


 「剣士なら剣を持ってないの、なんでだ?」

 「記憶喪失だから剣を使ってたことしか分からないんだ。どこにあるのかとかも分からん」

 「俺はお前が剣を使うっての初耳なんだが」


 そこへガルムが突っ込む。しかし剣を使うと決めた時点で言い訳は考えていたので返答は完璧だ。


 「なんか、手に馴染むのが剣なんですよ。直感です」

 「なるほど」


 正直新しいことを言ったら直感か思い出したで乗り切れる気がする。

 この世界の認識がチョロ目であると思っていた俺はもはや直感論で押し通すことに何も躊躇わない。だって多分それで通るし。ハンターなら時に。


 「とと、もう試験開始の時間だな。遅刻した3人には悪いがもう始めるぞ」

 「あ、ボク遅れ?」

 「おう、30秒遅れだしっかり来いよ」

 「はーい」


 ひょっこりと階段から顔を出してガルムに問いかけるのは、緑のショートヘアーの少年だった。いや、少女か?分からんぞ。待て、どっちだ。

 リアル男の娘疑惑の人間を見て、俺は混乱する。漫画や小説では見たことあったが、本物を見るのは初めてだ。本当に男か女か分からん。


 背中には木製の弓と矢筒を背負っており、全体的に緑を基調とした服は似合いすぎるほどに似合っていた。

 腰にはたくさんの袋をつけており、首にかけた黒い宝石の美しさが、緑基調の服と髪の中で全力で主張していた。

 ベルトは緩くしめられており、可愛らしい笑顔を崩さないその姿は俺が異世界に来た時のあの少女に負けず劣らずの……


 「おーい、聞いてる?」

 「は、はい」


 その姿に見惚れていると、彼は身を乗り出して顔を近づけ、首を傾げる。

 あまりの可愛さに俺はしどろもどろになって返事だけする。

 それに満足したのか、身を引いて階段を軽やかに降りる。俺にはその姿すら魅力的に見え、なんだかもういっぱいいっぱいになって、なんとか平常心を取り戻す。

 取り戻せたとは言い難いが、意識が大事なのだ。平常心というのは。


 「君たちがボクの同期だよね」

 「そーだぞ!」

 「そーなのですぞ!」

 「そ、そうです……」


 それぞれが濃いキャラクターを存分に発揮して答える。

 それどころではなかった俺は、質問にすら気づかずに、また聞かれてしまう。


 「君は?」

 「あ、俺もです」


 彼は頷くと、俺を含めた全員の方を向くと、優雅に一礼をして答えた。


 「ボクの名前はフィール。よろしくね」

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