第10話:登録と試験

 この世界に来て何度目かわからない決意を固めると、俺は彼らについて受付に行った。

 目的はもちろん、魔狩としての登録だ。正直俺は戦闘で役に立てるとは思えない。魔法を学ぶのも無い手ではなさそうだが、難易度はそこそこ高そうだ、即戦力としての見込みは薄めである。

 と、なるとやはり魔力チートとか特殊能力とかそういうものに期待するわけだが、正直なところ望みは薄いと言わざるを得ないだろう。


 だとすると例えば何で役に立てるだろうか。

 死んでリスポーンできると言う訳にもいくまい。

 その能力が例えば違法性のあるものだったら?魔女狩り的な目にあってもおかしくはないし、稚拙だが悪の手先と言われても否定材料は持ってない。

 だって記憶喪失設定だし。


 後この世界でそこまで法整備や戸籍管理がされてるとも思えない。

 国同士の連携だって怪しいものだ、実際この国も1ヶ国と戦争中らしい。

 科学技術も未発達の可能性が非常に高い。

 魔法理論だってまだ解明されていないことの方が多いらしいしな。それが悪いわけではない。最初は誰だってどんな学問だって0からだ。

 ただ、そんな状況に既存の学問体系にないものを持ち込んだり、トーマス・クーン風にいうのであれば、「パラダイム」から外れたものを唱えたり、実証すれば、起こるのは革命か、異教異考の迫害魔女狩りだ。

 少なくとも地球においての歴史がそれを肯定していると言えるだろう。

 この世界でそう言ったことが起こるとは言い切れないが、少なくとも俺の立場がいい方向に転ぶ確率は0に近いと言って差し支えないだろう。


 「まぁ、後で考えればいっかー……」


 おそらくすぐには出ないであろう思考をわきに置いて、彼らについていく。

 さて、受付に着くと、厳ついおっさんが受付の奥に座っていた。

 ガタイが大きく、手も分厚い。右手の甲には深い傷、顔の端にも火傷の跡のようなものがあり、髪は無い所謂スキンヘッドだった。

 お手本のような荒くれ物と言うか、戦闘従事者なのに受付係とはこれいかに。


 「こいつはあんたらのチームの新入りか?そんなに強そうには見えねぇがな」

 「違いますよぉ。紹介というか……保証人?的な?」

 「あぁ、そういうことね。しっかしまた弱そうなん拾ってきちゃって。薬草採取でずっこけて死んじゃうんじゃねぇの?」


 揶揄からかうように俺を撫で見る受付のおっさん。

 しかし口調は軽くても、なんだかんだ心配してくれているのは分かった。


 「心配には及ばない。彼は危機管理ぐらい自分でするだろう」

 「できなくっても、そこまで責任取れませんしねぇ……」

 「ヘッ、そうかよ。で?魔狩登録でいいんだよな」

 「はい」


 俺はゆっくりと頷くと、受付のおっさんが顔を近づけて凄む。


 「いいか、坊主。登録自体は誰でもできる。依頼も、基本的にはなんでも受けれる。素材や死骸の証明になるものを持ってくれば換金もしてやる。だが、それだけだ。怪我しても助けてやらないし、行方不明になったって、誰かが捜索依頼を出さなきゃお前は南無三、御陀仏だ。調子に乗ったりすると……」


 おっさんはそこで一旦言葉を切ると、自分の足を受付台の上に大きな音を立てて置いた。

 そう、置いた。その足は半分以上ちぎれており、先には木製の義足がついていた。

 俺は体の一部が切れた人間を初めて間近で見た衝撃で一瞬言葉が出なかった。

 なんと言っていいかわからなくなった。


 「今でもない足が痛むことがある。ハンターになって意気込んで、一月後にみたらこうなってたって奴がしょっちゅうだ。それでもお前は、ハンターになるんだよな」


 先ほどまでの揶揄からかう様な雰囲気はない。刺す様な視線が俺を貫いた。

 けれど決意は変わらない。やると言ったことを、凄まれたぐらいで曲げてられない。

 そんな余裕は俺にはない。ある様に見えるだけで、ないのだ。

 それはただの脅しじゃない。実態を含んだ警告だ。

 知ってる。でも、その上で言おう。


 「なります」

 「いい返事だ」


 おっさんは満足そうに笑って続けた。


 「じゃあまずは、登録の内容だ。まずは名前を記入……まず文字書けるか?」

 「かけると思います、多分……?」

 「なんで書けるかどうか自信ねえんだよ。書けるか書けないかぐらい自信もって答えろよ」


 いや、俺は純地球人であり純日本人なので、英語は多少分かっても、この世界の言葉や文字なんて俺が知っているわけはないのだ、本来は。

 しかし書けないはずの言語が、違和感なく喋れるし、読むこともできるのだ。

 と、考えると多分書けるはず。書いたことはないので自信があるわけではないが。

 うん、自分のことをこんなに情けなく信じたのは初めてかもしれない。

 読み、会話ができて書けないとなると意地悪がすぎるとは思うが。


 俺は名前の欄にノワールと書き込むと、下の欄にかけないところ以外を順に埋めていった。戦闘経験は……狼との戦闘と、剣道空手の経験を加味して……いや、記憶喪失なんだから覚えてないはずだ。ここは「不明」だろう。住所は無し、出身は不明。自分で言うのもなんだが、怪しすぎるにも程がある。

 備考の欄には記憶を失ったので住所も何も覚えていない、と書いた。


 「これで大丈夫だ、多分な」


 茶化す様に受付のおっさんは紙を受け取ると、慣れた手つきで登録者記入欄の下にあった「担当者記入欄」に必要事項を書き連ねていく。

 大柄で強面な体格からは想像もつかない綺麗な字だったので、思わず「おお」っと声を上げる。


 「そういえば、お前試験は受けんのか?登録したときに一緒に受ければ料金が免除だから、知らないならとりあえず受けてみるのをお勧めするが……」

 「試験?」

 「その様子だとやっぱ知らねえ様だな、説明するぜ」


 おっさんは人差し指を立てると、「まずひとつ」と前置きして続けた。


 「武術試験。これはまぁ、そいつの肉体的な身体能力を測る試験だな。試験官……っつっても現役のハンターだが、そいつと戦うなり、武器の腕を見せつけるなりで点数をつけてもらう。これが実技試験」


 俺の武器は……拳か剣だろうか?でも拳で戦うってのは流石に無理がある気がするし、剣にしておこう。剣道がめちゃくちゃ上手いと言うわけではなかったが、一応段位は取っていた。日本剣道型と基本はマスターしている。

 俺が納得した様子を見せると、おっさんはそれを察してか、もう一つ指を立てて更に続けた。


 「2つ目が魔法試験。まあ魔法なんて使えるやつは限られてるから、正確に言えば体内での「魔力」貯蔵限界と、向いている魔法……保有精霊割合ってわかるか?」

 「分からないです」

 「要するに魔法の才能ってのはそいつの命精霊を構成する精霊の割合によって決まるといわれていて……おう、大丈夫か」


 精霊だとかなんだとか、ちょっと理解の範疇を超えている。なんか化学みたいだな。

 目を回していた俺へ、フェルが横から補足をする。


 「つまり、保有する精霊の種類が多ければ全体的にそこそこ才能があったり、保有する精霊の量が偏っていれば、才能が特化してる。絶対量とかによっても変わるけど、要は魔法の才能のあるなしを測るってことだよ」

 「流石天才魔女。説明が楽で助かるぜ」

 「どうも」


 なんとなーく分かった様な分からない様なって感じだな。精霊とか魔法とかが、俺の考えてる様な「イメージ論」とか「魔力を変換する論」みたいな簡単で楽チンなものではないと言うことはよく分かった。


 「まぁ、わかんなかったら分かんなかったでいいんだよ。魔法の才能とか保有量なんてちっさい頃から鍛えなきゃ上がらないしな」


 その言葉を聞いて落胆した。魔法を学べば使える物だと思っていたが、幼い頃から魔力修行していないとダメとは……。

 これじゃあ魔法が使えないのが確定じゃないか。


 「もうひとつは、学術試験」


 それを聞いた瞬間、俺は希望を見いだした。

 戦闘力は恐らく低め、魔法に関しては望むべくもない。しかし学術ならばどうだろうか。ファンタジー世界では算術や科学技術が進んでいないというのは定番じゃないか!

 つまりこれから始まるのは俺の学術チート!

 俺は思わず右手の拳を握りしめて、小さくガッツポーズをしていた。


 「これは算術、歴史、医薬学、魔術学、精霊語学、地理学、生活学に分けられる。1つか2つを選択する形だな。まぁ、殆どのやつはこの試験を受けんがな。試験を受けるようなやつは、学者をやってる」


 勝った!勝利を確信した!

 街並みの感じから中世感はあまり感じられなかったが、確か近代に入ったら銃が普及し始めるはず。

 魔法があれば銃がいらないとも思ったが、聞いた感じだと魔法は使える人が少ないらしい。と、なると銃の「誰でも兵士になれる」という最大の特性はこの異世界でも恐らく不変だ。

 ならば時代は銃の発明以前。大砲や銃の起源になったですら確か元寇の時だ。銃が開発されていないということは、つまり中世の世界観であると考えても差し支えないという事だ。


 中世と言っても相当広いが、石鹸があることから恐らく1400年代のヨーロッパや北アフリカの周辺では無いだろうか?つまりその頃の算術はユークリッド原論で止まっているはず!

 思わぬ所で役に立った数学史に心の中で感謝しつつ、俺はもうひとつ選ぶ教科を決めていた。


 精霊言語学だ。現状俺は一切知らないはずの異世界語をマスターして喋っている。精霊言語にもそれが適応される確率は低くないだろう。

 試すチャンスだ、逃す手はない。


 「最後に、体力試験。ただただ走り続けたり、戦い続けたりする能力が魔狩には必要だ。だからこそシンプルに、走るだけ。ギルド地下の訓練場で、同じペースで何分何時間走り続けられるかを測る。これはまぁ、受けないやつは基本居ないな」

 「後は?」

 「これだけだ。まぁ、学者やるってんじゃねぇんだ。魔狩にはこれで十分だよ」


 俺は一通り話を聞くと、受ける試験の反芻をする。体力、武術、魔法、算術、そして精霊言語学。正直精霊言語学に関しては完全に未知数。体力はシャトルラン。武術は剣。魔法は無理。算術は取らなきゃ不味い。

 と、大枠こんな認識で問題ないだろう。


 「ちなみに、受けないって選択肢はあるんですよね?」

 「あぁ、あるにはあるがオススメはしないな。特に新人は試験の内容で評価されたり、一時的なチームに誘われたりする。試験も受けない新人を必要としてる奴は基本的に居ないな。だから試験を受けないなら実績を挙げるまで1人で依頼をこなすしかねぇ。基本的には、な」

 「基本的にって言うのは?」

 「魔狩ってのは基本的に例外が基本の業界だ。基本なんてのはあんまり存在しねぇのさ」


 受けない訳では無いが、聞く価値はある話だった。

 俺は受けると決めた試験をもう一度心の中で復唱すると、口を開いた。


 「体力と武術と算術と精霊言語学、それと一縷の望みをかけて魔法試験を受けます」

 「珍しい組み合わせだな、なにか理由でもあるのか?」


 尋ねるラードにおっさんも便乗して問う。


 「たしかに珍しいぜ。精霊言語学と算術ってのは、学者さんだったんかね?」

 「いえ、どちらかというと僕が記憶を失う前何をしていたのか知りたくて、それなら全部試してみて、合うのがあれば自分の記憶に繋がる手がかりになるかな、と」

 「たしかに、お前実はそこそこ賢いな?」


 思わぬ所で謎の高評価を得てしまった。

 まぁ、とにかくそんなこんなで、俺はハンター登録と、受ける試験の手続きを済ませて、今日のところは憲兵団本部に帰ることにしたのだった。


 ちなみに試験を受けられるのは4日後らしい。暇だ……。

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