第8話:"彼等"との再会

 「外に出れるようになって早速出ていくってのはまた、アクティブだねぇ」

 「ずっと中にいるわけにもいきませんし、保護期間一ヶ月の間になんとか生活基盤を整えないと。野垂れ死ぬのはかっこ悪いですしね」

 「ま、その通りだ。記憶を失った奴は大抵絶望して塞ぎ込むって聞いたことあるけど、案外大丈夫で安心したよ」

 「怖くないわけじゃ、ないんですけどね。これからもお世話になります。ロウェさん」

 「はい、外出受理しましたよっと」


 憲兵の宿で過ごした三日は、良くも悪くも、大したこともなく過ぎた。

 というのも、寝たりご飯を食べたりぐらいしかやることがないのだ。

 基本的には部屋から出ちゃ駄目、ご飯の時の私語禁止、点呼で起床、日に6回の調査。

 ロウェとは結構仲良くなったが、息が詰まるような……というには緩く、自由と言うには厳しすぎる生活だった。

 いや、タダ飯食らって寝るだけの生活も決して悪くなかったが、そう言う生活から脱しようと意気込んだ初日、いきなり躓いてしまった形だ。


 が、荒くれ者の多いハンターになるなら最低限体は鍛えておいた方がいいと思い立ち、とりあえず筋トレをしていることにした。

 食べてすぐ寝ると太るので、食前と食後に腹筋背筋腕立てを20回ずつ。

 継続力はないに等しいが、3日坊主くらいはできるだろう。


 あと、暇。


 向こうの世界にいた頃は、スマホやPCと延々向かい合っていたので、暇など無限に埋められた。

 しかしこの世界に娯楽と言える娯楽はない。

 そりゃ、ボードゲームの一つや二つぐらいあるだろうが、もちろん部屋にはそれもない。

 何より寝るにも限度がある。元々寝る時間は長い方だが、ずっと眠ってもいられない。


 と、まぁ特に必要のない理由づけをして筋トレを始めてみたってだけの憲兵の宿の生活だった。


 そういえば名前ももらったんだった。出自不明、名前も何もかも不明ということで、「ノワール」。

 おそらくこの世界にいる限り長くお世話になることになる名前だろう。


 そして四日目、ついに憲兵の敷地から出る許可が出たが、正直どこに行っても迷いそうで、なかなか外にいく勇気が出ずにいた。

 が、何もしなければ始まらない。

 とりあえず何か行動してみようと言うことで、昼食をとってから行動を始めた。

 紙なんてないので、憲兵団本部の入り口に貼ってあった地図を頭に叩き込み、魔狩協同組合へ向かおうと思ったわけだ。


 「こう言うきっちり整備された街を見てると、東京がいかに整備されてなかったかがよく分かるな。新宿とかマジ魔境だぜありゃ」


 詮の無い事で文句を垂れながら魔狩協同組合、通称ハンターギルドへと足を運ぶ。


 正直なところ魔狩になるかはまだ迷っている。

 命の危険のある仕事だと言うし、正直「リスポーン」できるだけの一般ピーポーな俺にそんな仕事が務まるとも思えなかった。

 能力についての実験もしたいが、自殺すると言うのは正直怖いしセンスがない。

 後、自殺では生き返らなかったとか、死んでもいい上限に達したとかで生き返れずにそのまま死んだら、それはもう喜劇だ。

 ラード達もそれを聞いたり、見たりしたらいい気分ではないだろう。


 「ここはあんまり文明が進んでるように見えないよな。学者とかになるには……って、そうだ。学者になるには学歴が必要だ。忘れてた」


 やっぱり手詰まりな気がしてきた。

 

 「魔狩、魔狩ねぇ……。って、あぁ。ここか」


 目の前に憲兵団本部よりひとふたまわり小さい建物を見つける。住人がいる感じではない。

 重厚なドアは魔境への入り口という風体で、なんとも威圧感があった。憲兵団のエンブレムには盾もあったが、こちらは無骨な剣一本のエンブレム。

 てっぺんには赤と白と黒で3分割された旗が靡いており、赤い屋根は少し埃をかぶって濁っていたが、それでも威風は衰えず、むしろ増していた。

 黒い鉄の大扉には無数に傷がついており、木製の壁は継ぎ接ぎに継ぎ接ぎを重ねていた。しかしそれでも堂々と立っている。


 これぞまさに「ハンター」の巣窟。荒くれ者の終点だと言わんばかりだった。


 「憲兵団のお行儀いい感じとは真逆だよな」


 俺はそう、小さく呟くと鉄の大扉を押し開けた。

 立て付けが悪いのか、なんとか開いた扉を閉じて、ギルドの中を見渡す。

 扉から左側には3つほどの受付と、その担当が座っており、正面には無骨な剣と大荷物を背負い、悠然と立つ青年の像が鎮座していた。

 その傷だらけの台座に貼られた金色のプレートには『冒険王ロザン』と、異世界の言葉で記されていた。

 右から奥にかけてL字型の酒場が併設されており、『冒険王ロザン』の像の奥に2階へ続く螺旋階段がある。

 従業員を除けば、人は酒場に何人かいるのと、受付に1人と閑散としていた。

  

 「ここが……ハンターギルドッ!」


 俺はファンタジーでしか見たことがない光景に心を踊らせて、とりあえずロザンの像をもっと近くで見たいと思い、それに近づいた。

 と、一歩踏み出そうとしたところで、俺は聴き慣れた声に気がついた。


 「ねー、ラード。調査期間にはあと3週間ぐらい余裕があるんだからゆっくりしよーよ」

 「三日も準備期間があっただろう。その間に休息を取っていなかったお前の責任だ」

 「私もフェルに賛成ぇ……。前回は結局5日も野営だったんだしぃ、4日ぐらいは休んでもバチは……アレェ?君は何時ぞや会った名無しくんじゃないかぁ……」


 酒場から出ようとしているラード達のパーティ。

 そう、『青藍の天虎ブレイ・ティグリス』だった。

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