第26話:新居(?)新宿?
「今までありがとうございました!」
「ん、しっかりやれよ」
ロウェに別れを告げて出たのは馴染みの憲兵団。
1ヶ月近くもお世話になった、今までの俺の住居である。
1ヶ月。
長いようで短かったその時間にあったことは、忘れ難いほどに濃い思い出の連続だった。
戦い疲れて、歩き疲れた後の美味しいご飯。
今でも続けている筋トレと走り込みの基礎を教わった。
魔狩で起こった出来事や、憲兵団でいろんな人と関わった全てが、ここに詰まっていると言っても過言ではない。
異世界の基準点。
それから今までの魔狩。
初めての魔狩から約2回の魔狩をやったが、どれも危険で、しかし心躍るような冒険だった。
初めての時のような、切迫した命の危険にさらされたことは流石になかったが、数秒の判断の遅れや、一瞬の油断が命ですら水物にしてしまうことを理解した。
「よーし、俺伝説第二章の幕開けだ、まずは宿探しだな!」
手持ちにある金は約1万ラディ。日本円にして20万円ほど。
銀貨銅貨の入り混じって入った小袋には、大体それほど入っていたはずだ。
俺はそれを昨日買った大きな鞄に放り込むと、憲兵団の人におすすめと言われた宿に向かってみた。
1週間契約で700ラディ。だから、だいたい1万と4000円だろうか?
少々割高らしいが、質が高く、100ラディ追加で2食をつけてくれるらしい。
相場はわからないが、7日1.5万で割高ということは平均はもっと低いってことだろ?
一泊……1000円とかだろうか?日本人的な感覚で言えば、それはもう"配信者とかが面白半分で行くヤバイ宿"というイメージが先行するのだが。
「ここか、宿『水竜』。確かに高そうだ」
煉瓦造りの基本的な家だが、入り口に観葉植物を飾り、看板には塗料が使われ、彩に満ち溢れている。
大きな建物にもかかわらず、威圧感を与えない全体的なデザインもすごくいい。
俺は意を決して宿のドアを押し開けた。
「いらっしゃいませー!」
入って直ぐに気がついた事は、清掃の行き届き具合とエントランスの小ささだ。
地面は白く、恐らく大理石製だろう。外は土なので硬い地面が、コンクリートになれた現代人の足に馴染む。
入ったところには靴の土を落とすための布のようなものが引かれていて、汚れているのはただそこだけ。
天井にある灯りは暗めだったが、それが逆に心地よい雰囲気を醸し出していた。
建物に対してエントランスは狭く、客室の数と質に拘っているのだと理解できた。
奥に続く階段や廊下もしっかりと整備されており、手すりも石でできている徹底ぶりだった。
というか今気付いたんだが、ラピスって徹底的に木造建築がないよな。
近くに大きな森もあるのだが何故だろう。
「って、ああ。水が多いから腐るのか」
あっさり結論が出た疑問に句点をうち、俺は受付にいる女性に声をかけた。
「すいません、ここに泊まりたいんですけど……大丈夫ですか」
「ええ、もちろん構いませんが……冒険者の方ですか?だったら2割引で泊まれますよ!」
「え!?マジですか」
「マジです」
受付の人は真顔でそう言った。
「じゃあ、とりあえず1週間2食付きの宿泊でお願いします」
「かしこまりました!」
俺は受付の人から各種説明を受け、部屋番号を教えてもらう。
211号室。2階の手前の部屋のようだ。文字が読めない人用に、チップを払えば部屋まで案内してもらえるらしい。
一応俺は文字が読めるので、自分で行くからと断った。
表示に従って2階の11号室に向かい、部屋に入る。
鍵などはついていないが、内側から簡易的なチェーンなどはかけられるようだ。
チェーンってか
まあとにかく部屋に入る。
大体2から3畳くらいの部屋だろうか。
机もなければ椅子もなく、あるのはベッドだけだった。
ちなみにトイレもない。
完全に寝るためだけの宿って感じだ。まあ、最初からそこまでのものを期待してはいなかったが、少し残念ではある。
トイレ事情に関しては、憲兵団と同じなんだけどね。
「ふぃ〜〜、長い長いチュートリアルも終わり、ようやく始まったって感じだな」
俺はそう言うと、靴を脱ぎながらベッドに思い切り倒れ込んだ。
ギシッとした衝撃が俺を包み込み、思わず「おふ」っと声が出る。
「異世界も意外と、捨てたもんじゃないしな」
厳しくも優しい異世界。
地球に帰るという主目的は変わらずとも、楽しまなきゃ損ってもんである。
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