第25話:戦闘と反省

 テントを片付け、岩の影に車を隠した俺たちは、まずハピレモロンが逃げた場所を探そうということになった。

 地図を頼りに周囲を探索していると、痕跡は案外簡単に見つかった。


「ここに1匹分の死体がある。飼ってたのはたしか3匹という話だから、あと2匹ですかね」

「だとすると何処に逃げたかが重要だ。依頼が出された当日に、任務に当たっていた騎士団からの依頼を受けたそうだから、今からはえっ……と……?」

「2日前ですね。雨が降った痕跡もないし、ここから体を引きった痕があると思います」


 俺がそう予想を立てると、カルミアはもっともらしく頷いた。

 ふと、カルミアがある一方を指さしたのでそちらを見ると、そこにはちょうど、小さな生き物が体を引きずったような痕があった。


「……さすがですね」

「伊達に10年やってねえのよ。もっと尊敬しろ?」


 カルミアが胸を張ってそう言う。

 この稼業で10年続けていることもすごいし、それでいてまだしっかりと現役であると言うのもすごい。


「尊敬してます」

「……そう言われると恥ずかしいな」


 俺はその発言をあえて無視すると、ハピレモロンの逃げたであろう痕を観察する。

 引き摺った痕は結構先の方まで続いており、俺たちが来た山の崖側とは反対方向、山の正道側に続いていた。

 そっちは魔物も出没しやすい森な事もあって、野営向きではないとしたのだ。

 が、そちらに行ったとなるとやはり……


「他の魔物もいるかも知れねえな、心してかかろう」

「そうですね」


 こちらに寄ってきたカルミアと、慎重に奥へと歩を進める。

 切り立った崖に前を阻まれ、木も幾ばくか生えているだけだった先ほどの野営地の姿は、木に阻まれてもう見えなくなっている。

 整備もされていない危険な森の道。

 ハピレモロンの痕跡だけを追ってそこを進むのは、命を不安定なシーソーの上に乗せて遊んでいるような、そんな心細さがあった。


 ふと、カルミアの方を見ると、彼と視線が合う。

 その顔には恐怖はない。それは多分、目の前の依頼を完遂できると言う自信からなのだろう。

 彼は強靭な肉体と一見すればワルそうと言うか、怖い顔面をしているが、俺を安心させるためにした微笑みは、今何よりも優しく見えた。


「ありがとうございます」

「気にすんな」


 短く言葉を交わす、それでもう会話は終わりだった。


 数分、数十分。

 やはり2日かけて逃げている動物を見つけるのはなかなかに時間がかかった。

 しかしハピレモロンという魔獣自体が愚鈍であるというのも作用し、数時間というほどはかからなかった。


 草むらに隠れつつ、二匹のハピレモロンの捕食の様子を伺う。

 食われているのは猪か何かだろうか?その口から伸びる鋭い嘴のような、薄く透明がかったソレが猪の腹部に突き刺さり、中には赤黒い液体が流れているのがわかった。


 その姿は一見すれば大きい水風船のようだった。

 その特徴的で掌ほどしかない小さな4本足は実質機能を失っているに等しく、その厚い肉に埋まっているであろう顔から、その銀の管が出ているものと思われた。

 その容姿をすごく簡単にいうのなら、小さく4本足の生えた、中から管が出ている水風船となるだろうか。


「食事中みたいだぜ、暗殺にはおあつらえ向きだ」


 そう言ってカルミアが俺に短剣を手渡した。


「お前、戦えるか?」

「た、多分いけます」

「よし、それなら大丈夫だ、今から作戦を説明する」


 カルミアは人差し指を立てて説明を始めた。


「まずは奴らの捕食器を落とす。あれは素早くしなり、また毒を持ってる強力な武器だ。逆にあれさえ落としちまえば、アイツらに攻撃手段はほとんどない。掻っ捌いてやればすぐに死ぬだろう、いくぞ」

「はい」


 カルミアが草むらから飛び出すと同時、左の腰に差してあった無骨な剣を引き抜き、猪の血を吸うその捕食器を正確に叩き割った。

 ガツンっと大きな音が鳴り、不格好で不快な鳴き声が辺りに響き渡る。

 と、同時に俺もハピレモロンの捕食器にナイフの刃を突き立てた。


「……まずい!刺さってない!」



 そこからのハピレモロンの動きは早かった。

 猪から勢いよく長い捕食器を引き抜き、それと同時に大量の血液が管から溢れ出す。

 ハピレモロンはそのままの勢いで俺のほうにそれを思い切り振り抜いた。


「ぐっ……ッ!」


 すんでのところでそれをナイフで受け止めるも、力の差で押され、そのまま地面に転がった。

 捕食器での追撃を寝転がりながら受け止める。

 が、息のつけないままにハピレモロンは俺の体に捕食器を刺そうと体を振り下ろした。


「……っぶねぇ!カルミアさん!」

「ああ、こっちは終わった!数秒耐えろ!」


 俺はゴロンと横に、寝返りの要領で捕食器による連撃を躱すと、足の力でなんとか立ち上がった。


「うぐぅ……」


 そこに横からの打撃。

 気がついたときにはもうすでに手遅れ。避ける術も当然なく、流されるままに足を離してしまった。

 が、そこで終わる俺ではないのだ。狼戦の足払いを受けた様に、しなる捕食器につかまって思い切りナイフを突き立てる。


 ゴリっという確かな手応えと共にやってきた脱力感。


「まずい!毒だ!」


 そう言われて見てみれば、俺の腕に僅かに切り傷がついていることに気がついた。

 俺は事前に聞かされていたことを思い出す。

 ヤツの毒は僅かでも致死量、解毒剤は持っているが、食らったら命はないものと思え。

 毒が回るまでは……数分。


 俺は考えを巡らせる。

 いつ食らった?毒はもう回っているのか?

 俺はやつに吹き飛ばされてそのまま煩い断末魔を垂れ流すハピレモロンがぼんやりと……


 違う!

 頭を働かせろ、お前が今やらなきゃいけないのは……


「リスポー……むぐ!」


 そう、俺がそのを発そうとした時だった。

 カルミアが俺の口に何かしらの液体を俺の口に突っ込んだ。


「解毒剤だ。戦闘開始からそんなに経ってない。まだ間に合うはずだ」


 俺は苦々しい緑色のそれをなんとか飲み込むと、大きく息をついた。


「あ、ありがとうございます」

「いや、なんてことはない。こいつの死骸を売っぱらえば黒字にはなる。それよりも、お前の体だ。傷口から入った毒を吸え。直ぐに」

「は、はい」


 俺は指示された通りに傷口に口を当てると、そのまま思い切り中の血を吸い出して、横の地面に吐き捨てた。


「その解毒剤は魔力に干渉するタイプじゃなく、そいつの毒から作った、そいつ用の市販の解毒剤だ。まあ、この依頼に行くんだし、安く買えたからな」

「あ、ゴホッゴホッ」


 俺がハピレモロンの方を見ると、それは既に事切れて、体は思い切り叩き斬られていた。

 恐らくカルミアがトドメをさしたんだろう。


「いや、悪かった。が、助かった」

「い、いえ。やれると言ったのは俺ですし、カルミアさんは悪くないです。むしろ、ありがとうございます」


 そう言うとカルミアは口をモゴモゴさせると、鋭く言い放った。


「あのな、俺にはパーティリーダーとして戦闘を頼んだ任命責任があるんだ!悪くないって言うな!お前のその態度は、お前自身をも危険に晒すことに繋がるぞ」

「えっ……」

「え、じゃない。いいか、悪いのは俺だ。お前が出来ると言ったとしても、先輩として初めての魔狩をする後輩に戦わせるという判断をした、俺の責任だ。責任の所在をキッチリとするのは、誰とやる上でも必要な能力だ」


 カルミアはそう言いきった。


「す、すいません」

「なんで謝るんだよ……」


 俺がそれ以上何も言えないでいると、カルミアが続けた。


「さぁ、しょげてても仕方ねぇんだ。さっさと帰ろうぜ」


 その日、野営用のキャンプ地まで帰りついた俺たちは、そのまま1度の野営を経て、何事もなく帰ることが出来た。

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