甦生の侵略者
波風多子
爆炎の魔人
Prologue:死のエピローグ
Prologue:死のエピローグ 痛い。すごく痛い。
死んだんじゃなかったのか?
目が開けられない、手も動かせない。
足、腹、力を入れることすら叶わない。
痛みで思考がまとまらない。
今までの事を思い出せるか?
俺は高校から引きこもりやってるどうしようもない高校3年、17歳。神様に自殺に見せかけた殺人されかけ、何とか今生きている。
名前は白谷飛鳥。
主人公みたいな名前とはよく言われるが、その中身は主人公とは程遠く、無いものねだり大好きな引きこもり高校生。
ここは多分廃ビルの下。神様はめちゃくちゃ可愛かった。
よし、多分正常だ。いったん落ち着け。
俺史上最大の危機にさらされてはいるが、あの高さから落ちて正常な思考と記憶を持ったままというのは結構凄いことなのではないだろうか。と、そうポジティブに考えてみる。
そもそも神の目に触れるほどのダメ人間で自殺願望。
これもなかなか凄いことなのでは?
ほめてねえし。
現実逃避的なダメな感じの自画自賛をすると、何故か心がちょっと軽くなる。
さてと。
体が全く動かせない訳だが……しかし何故か体があるのは感じる。手も足も指先までの感覚がある、ただ動かせない。
瞼すら開かない。
背中に草の気配を感じるから、多分あそこから落ちた時に木か蔓にでも引っかかて何とか助かったんだと思う。
神も存外ズボラなものだ。
あー、どうしようどうしよう、本当に体が全く動かない。
携帯で救急車を呼ぼうにも、体が動かなければ無理だ。
これって植物人間ってやつなのか?そういえば、声は出せるんだろうか。
出せるか出せないかは重要な問題だ。
「あ、あ"ぁ」
おや、声は出せるぞ。
ってことはあの作戦が行けるかもしれない!
俺は一縷の望みをかけて大声で叫んだ。
「Hey,shibi!」
ピコンッと反応する音が鳴る。
よかった! スマホは無事だぞ!
俺は科学技術が発展したこの日本に感謝しつつ、必死に叫ぶ。
「救急車を呼んで!」
と、そこへ。
草を踏み分ける音が聞こえた。
ザクッザクッと一歩一歩ゆっくりと踏み込んでこちらへ向かっている。
救助隊か?そんなに早く来るとは思えないが……たとえば俺の自殺まがいを見ていて通報されたとか?
ありうる話だ、今の時代どこに行っても人がいるからな。
「助けてくれ!女につき落とされたんだ!」
必死に助けを求めるも、その声に謎の足音からの返事はない。
あー、クソ。
こっちは目も見えないんだぞ、安心させるために声をかけるとか何とかしろよ!
気が利かないやつだな、なんてことを思い再び声をかける。
「おい、返事ぐらいしろよ!」
そこで俺の頭に不安がもたげた。
俺に対して害意のある存在だったとしたら?
「それともあの女と共犯か?俺が金目のもん持ってないかって?持ってるわけないだろ! シャツにパジャマに身一つで突き落とされたんだぞ!? あの女の瞬間移動?みたいなのも意味不明だし、なんで俺はあそこにいたんだよ、そもそも!」
俺は小さな声で大丈夫だと自分に言い聞かせる。
「おい、共犯ならそれはそれで何とか言ってくれ。マジで不安すぎて死ぬ」
答えがない、まさか……猛獣かなにかか!?
俺はそう考えると、すべてつじつまが合うような気がした。
俺が死んだと勘違いして、死体を本当に人気のない場所に遺棄した。
そして猛獣が俺の声でよってきた……。
最悪の想像に怖気が差す。
クソ、クソ、失敗した! 大きな声なんて出すんじゃなかった!
もうちょっと早く起きてれば、もうちょっと遅く起きてれば!
詮の無いことを考えてぐるぐると無為な思考が頭を回る。
死んだフリ……そう! 死んだフリだ!
猛獣は死んでいる獲物は危険がって食わないとかなんとか視聴者が言ってた気がする。
早速実行しようとあたりの気配を探る。
足音がしない。
とりあえず救助隊が来るまで死んだフリでやり過ごそう。救急車を呼んだからしばらくしたら来るはずだ。
「……」
猛獣(?)に気付かれないよう、息を殺し、体を固め(既に動けないが)死んだフリをする。
死後硬直まで再現みたいな器用なことは出来ないが、寝てはゲームしてを繰り返してきたクズみたいな男だ。
それくらいは出来るだろうと信じたい。
「……!?」
鼻先に吐息が掛る。
荒い呼気と、臭い鼻の曲がるような臭い。
それは獣臭さや草の匂い、口臭が混じって耐え難い悪臭を作り出していた。
鼻で顔を転がされると、その大きさがわかる。案の定、猛獣の類らしい。
地球上にこんなに大きな生物……いるのか?鼻先だけでものすごい大きさだ。
これじゃ全長はバスくらいあってもおかしくない。
やつはひとしきり匂いを嗅ぐと、今度は腹、首、足、股間と言ったように次々と色んなところを嗅ぎ回し、遂には腹を舐めた。
生暖かくザラザラした舌は不快感以外の何者でもなく、今すぐにでも逃げ出したくてたまらなかった。
早く去ってくれ、早く助けに来てくれ!
と、猛獣が俺の腹に鼻をぐっと押し付けてきた。
物凄い圧に一瞬吐き出しそうになるが、ぐっと堪えて死んだフリを続ける。
もうやだ、なんで俺の人生こんなに上手くいかないんだ。
殺すぐらいなら別のことしてくれればよかったのに。
生かすならもっと楽しい人生を送らせてくれればよかったのに!
流行りのチート異世界転生とか、天才にしたり、異能力とか。
他人に無いもの、特別なもの、自分にしかない力。
人々が怪しい魔力やツボや宗教にハマる理由も、案外こんなくだらない理由なのだろうか……。
あー、クソ。早く行けよ鬱陶しい。
「グルルルルル……」
顔の近くで唸り声が上がる。
まさか、まずい?
生きてると気づかれたか?
それとも他の外敵がいた?
終わりのない疑問、だが答えはすぐに出た。
「ガウ!」
「ぎゃああああああああああ! 痛ってええええええええええええええええええ!」
突然の激痛に思わず叫ぶ。
目を開いて飛び込んできた光景は、俺のつま先に噛みつく超巨大な獣だった。
「日本にこんなのいねえだろ! そもそも俺が落ちてきたビルはどこだよ!」
待て?何故俺は今目を開けられているんだ?
即座に気付いた、動ける!
獣が口を離した瞬間に俺は駆け出した。
俺が落ちてきたビルもなければ人の気配もない、なんなら文明の香りすらしない。
つま先が欠けている痛みで走る足がおぼつかない。
後ろから獣がゆっくりと追い詰めるように走り寄ってくるのが聞こえる。
無理だ、死ぬ。
今度こそ確実に。
思って仕舞えばそれは甘美なものに聴こえた。
足を止めれば楽になれるし、二度と苦しまないですむ。
そう考えればこのクソみたいな現状も、納得がいく。
ここは世界のゴミ捨て場だったんだろう。
終わったものをあれに食わせる。
もしかしたらあれは、太古の時代捨てられ、そこから生き続けてる存在だったりするのだろうか。
「あっ」
足がもつれ、岩に引っかかって転ぶ。
つま先が地面にあたり、激痛を覚悟して歯を食いしばるがもう痛みは感じなくなっていた。
死ぬ。
死ぬ。
「死ぬ」
事実。純然たる事実。
俺は獣を前に後ずさる。
堂々たる威風に圧倒されて体の力が抜ける。
「ははっ……惨めだ、惨めすぎる」
俺は自分の口から笑いが漏れ出ているのに気が付いた。
それは自分に対しての嘲笑か、理不尽に対する絶望か、自分でももうわかりゃしなかった。
「一思いに、やってくれ」
木に背を預け、獣のほうを向いて座り込む俺に、獣は意図を察したのだろうか。のっそり歩いて、頭の前で悠然とした立ち姿を見せつける。
そして、顔を俺の目の前まで持ってきて……少しだけ、においをかいだ。
苦しまず、一撃で頭を落とそうという気遣いだろうか。
賢くて優しいこった。
ガパァと空いた口の中から先程の汚臭が来る。
数瞬後、俺の意識は途切れ、遠くで骨を噛み砕く音がした……気がした。
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