第1話:RE SPAWN

 リスポーン、復活、セーブ&ロード。

 ゲームでは当たり前のこと。

 現実ではありえないこと。


 有り得ないから憧れるし、有り得ないから幸せなのだ。

 だからこそ終わりなき死というのは……


「絶望しかねぇ……」


 目の前には咀嚼していたはずの頭が無くなり、舌を噛み切ってしまったのだろう、怒髪天を突く勢いで怒り狂った獣はこちらを穴が開くほどに睨みつけている。


 俺と獣がにらみ合う短い時間の間に、白く美しい毛は怒りからか根元より少しづつ黒くなっていき、あちらこちらにあった青い毛は、赤色へと変容した。

 最後には元の青と白の混じる神々しさすらあるその姿から、地獄の番犬のようになった獣になっていたのだ。


 巨大な肉体、口、頭のすべてが俺を威圧し、その目は強く俺を睨み、その臭くて大きい口からは血がダラダラと流れ出ていた。

 大型の狼だろうか?

 というか、こんな生物が実在した……するのか?

 地球にいるにはあまりにも異様で、強大だった。

 

 勝つことはおそらく不可能だ。

 挑むことすらおそらく無謀。

 が、俺は俺を食らったこの狼に立ち向かうしかないのだと理解していた。

 

 だが、問題はそう単純じゃない。

 確かに逃げること叶わないのならば、その希望に縋る他、俺の生きる道は無いだろう。

 が、本当にそんなことが出来るのかというのがそもそも疑問だ。

 今のがたまたま生き残れただけだったのなら?そもそも次生き返れる可能性はどれくらいある?


 確実に状況は良くなってる。目も見えれば体も動く。

 恐れは……無くはない。

 だが、もう二度と死ぬ気は無い。というかそういう気持ちで挑むより勝ち目はないし、逃げる希望すら見当たらなかった。


 無限に生き返れるか分からない。

 ここが何処かも分からないし、相手も生き返る可能性もある。

 無限に近い絶望がただただ続いてるだけかもしれない。

 次死ぬのが最後かもしれない。

 が、絶望して泣きながら死に続けるよりいくらかましだ!


 体内に分泌される大量のアドレナリンと本能の赴くままに、俺は咆哮を上げた。


「ウオらァァァァァァァァァあああ!」


 俺の叫びを合図に、奴が動いた。


 俺の腹を切り裂かんと鋭い爪を横に薙ぐ。

 ジャンプで避けられるはずもない、大き過ぎて下もくぐれない。

 判断は一瞬だった。


 俺は思い切り走り込んで、その手にしがみついた。

 近くで大量の和太鼓を叩いたような、重い衝撃が俺を襲う。

 腹が揺さぶられ、頭が引っ張られ、胃の中の物が口から飛び出る。


 いくらか骨も折れただろうが、まだ動ける。

 俺は尋常じゃない痛みに吐きそうになりながら思い切り腕に齧り付いた。

 人間の最も強い筋肉はあごの筋肉だと聞いたことがある。全力で噛みつけば此奴にもちょっとはダメージが入るだろうという魂胆だ。


 噛みきれないまでも、奴は痛みに悶えて煩わしく右手に張り付く俺の体を噛みちぎった。

 

「痛い痛い痛い痛い痛い!畜生!離せ!」

 

 奴の顎を蹴りあげようとして気付く。

 腰から先が……無い。


「ッ……ギャァァァァァア!」


 無いはずの足が痛み始め、意識が混濁する。

 死にたい死にたい死にたい死にたい!

 痛い痛い痛い痛い!


「クソっ狼が!」


 俺は口の中で暴れ回る。

 あぁ、意識が飛んで…………


 視界が暗転した瞬間、俺は目の前に狼が居るのが見えた。

 リスポーンした。


 理解と同時に体が動く。

 あんまり慣れたいものではないが、一度目で感覚をなんとなく掴んだ気がする。

 奴は一瞬で足が戻り、目の前に……正確には顎の下あたりに移動した俺に理解が追いついていない。

 が、動きは早かった。

 即座に俺に噛みつきにかかる。


 が、俺が狙っているのは……


「無様に転べクソ狼!」


 先程噛み付いた前足の脛に思い切り蹴りを入れる。

 俺の足も無事では済まなかったが、ダメージは狼の方が大きいだろう。

 犬だって狼だって人間だって蹴られれば痛いところはそう変わらないってこった。


 思った通りに体勢を崩して前につんのめった狼が、俺にもたれかかる様に前のめりに。

 その体勢を利用して、狼の背中の毛を思い切り掴んで上に飛び乗る。


「うひぃ! 滅茶苦茶暴れるじゃねえか! 大人しくしやがれ!」


 奴がよろよろと起き上がり、身体を大きく震わせる。

 俺を落とそうとしているのだろう。ぐわんぐわんと揺れる背中の上で、何とか毛を掴んで体勢を整える。

 ガゥガゥと吠えながら背中の俺に噛み付こうとする狼の体を駆け上がって、頭の近くに位置どった。


「くらえ!」


 俺はそのまま両手両足で奴の首にしがみつくと、2つの目玉を殴りつけた。

 ぐちょっ、とした嫌な感覚と共に、やつの目玉に俺の拳が入り込む。


「うおあ!」


 俺を潰そうとしているのだろうか。

 暴れ回って体を地面に擦り付けまくっている狼から飛び降りると、直ぐに奴から距離を取り、後ろ走りをして逃げながら奴の様子をうかがった。


「どうだ見たか犬畜生めこんちくしょう! 人のことポンポン殺しやがって!」


 俺がそう叫ぶのにも構わず、奴は物凄い勢いで吠えながら体を地面に叩きつけ、前足で顔を掻き毟る。

 構造上前足は手に届いていないからはっきり言って少し滑稽だ。もう少し小さくて温厚で弱ければ、商品かもいけるだろう。

 名前はクソオオカミだ、他の名前は俺が許さない。この恨み、はらさないでか。


 衝撃で周りの木や土が巻き上げられ、土ぼこりが舞い、破片がこっちにも飛んできた。

 大きい木の破片をとっさに手で防ぐと、破片は俺の左腕に浅く突き刺さっていた。


「くそ痛ってーな」


 俺はそれを引き抜くと、右手でその破片をあたりに放り投げる。

 やがて数十秒もすると奴は呼吸を荒くして起き上がり、こちらをじっと目のない眼で睨みつけていた。

 暴れ回って辺りを壊しまくったせいか、奴の周りが結界のように更地になっており、中に入ったら絶対に死ぬという漠然とした恐怖があった。

 このまま逃げ切ることは不可能そうだ。


「ッッ………………!」


 天に向かって奴が吼える。

 舌が無いせいで声は出ていないが、それは美しき黒獣のだった。

 途端、体が硬直する。


 心が恐怖したわけでも傷ついて動けなくなってる訳でもないと思う。


「やばっ……」


 やつは動いていない、こちらをじろりと睨んでいるだけだ。だが、言い様のない危機感が、死の感覚が、こちらに迫ってきている様な……そんな……ッ!


 そう思うが早いか、不可視の斬撃が俺の首を正確に刈り取って……

 リスポーンした瞬間に頭が吹き飛ばされてリスポーンした。

 

「クソっ! 狡くないかソレっ!」


 痛みはほんの一瞬、リスポーンするのは頭を飛ばされた数秒後。

 ギリギリ意識が残っている間はリスポーンしない様になっているんだろう。


 すんでのところでなんとか避ける。

 なんとか初撃を避けられた!その進歩に喜びたい気持ちは十二分にあるのだが、なにせそんなことを言っている暇は……ない!


 後ろに大きく2、3歩後ずさって、しかし運悪く木の根に引っかかって転びかける。

 しかしそれが功を奏したのか。

 奴の爪による二撃目も、俺の頬を掠めるだけで致命傷にはいたらなかった。

 俺は即座に体勢を立て直し、後退する。

 

直後に攻撃するのはマナー違反って知らないのかよ……!?」


 現実逃避的な言葉でなんとか気持ちを奮い立たせる。しかし、それも虚しい努力だ。


 瞬きするに目の前まで、大きな口が迫っていた。

 ぞわりと体を悪寒が襲う。この後の想像をしたくはないが、出来てしまうのが恐ろしい。


 予想通り頭から上を噛みちぎられ、頭を潰され激痛が走る。

 頭を噛み潰される感覚を味わって気が狂いそうになるが、リスポーンによって痛みから逃れ、なんとか正気を保ち続ける。


「痛ってぇ……。てか早すぎるだろ! ってあれ?」


 リスポーン位置が変わってる?似たような景色が続いていて分かりずらいが、今明らかにリスポーン後の景色が変わっていた。


 目の前で空を切る鋭い爪が、俺の声を聞いてか俺の姿を見つけてか。

 瞬間、俺の方へと方向を変えて振られた。


 が、無理矢理軌道を変えられた事もあり、ある程度スピードの抑えられた狼のその攻撃は、今までの瞬速の攻撃を見ていた俺にとって避けるのに苦労しない一撃だった。

 バックステップで攻撃を避けると、俺は背を向けて即座に森へと駆け込んだ。


「何がトリガーだ?時間経過?それともなにかキーワードがあるのか?」


 逃げながら思考を巡らせる。

 死ねば一瞬思考が途切れる。無制限だとしても、死ぬのは得策じゃない。

 あと、何より痛い。

 2撃、3撃と調子よく避けていると思っても、直ぐにリスポーンしてしまう。

 死に対する絶対的な恐怖感は薄れつつあるが、それが自覚できて余計に怖い。


 痛みが一瞬だけなのが唯一の救いだ。

 恐らく死んでのリスポーン、ということは死にかけの状態で放置されたら生き返れずに苦しみ続けるだろう。

 その間に回復されたら――とはいえ回復するような傷ではないと思うが――厄介だし、何より苦しい、痛い。


 そして未来に希望が無さすぎる。

 逃げることもおそらく絶望的。

 その場合、俺は誰かの助けを待たなきゃ行けない訳だが、例えばここがこの狼が出る事で有名な場所だったらどうする。

 恐らくは半永久的に助けは来ない。それが考えうる最悪の想定。


 次に最悪のパターンはリスポーン数に制限があるってやつだ。

 人間が生き返るなんて歪なことが、そう何度も続くとは考えづらい。エネルギーに限りがあるとか、回数に制限があると考えた方が、ずっと自然だ。

 次には本当に死ぬかもしれない。

 無いと信じたいが、そうでない保証はどこにも無い。


 目を潰してもここまでやるのだ、恐らく逃げたとしても追いつかれてリスポーンがオチだろう。

 だがリスポーンのキーワードや、条件さえ見つければ、希望はまだあると思えるのだが、この状況はあんまりにも救いがない。

 疲れるのを待つことも出来ればなんとか森を抜けることも……出来なくは無いかもしれないが、その前に自分が死ぬリスクを考えれば、あまり取りたくない戦法だ。


 ふと後ろを振り返れば鬼の形相で目前に迫る狼の顔。


 「体力無尽蔵かよ、こちとら学校にも行ってないゲーマーだぞ!これ以上何が出来んだよ!」


 叫び終わるのと同時か前か、俺の首が後ろから掻っ切られ、地獄のような痛みが数秒、後にリスポーンした。

 もう、運動能力が絶望的だった。


 子供の頃からそうなのだ。

 跳び箱は余裕で10段飛べるし、運動系では大抵「上手い奴」の括りに入れる。

 球技の授業の成績はいつもトップレベルで、バスケのゲームなんかでは特に活躍していた。

 そう、決して運動が苦手な訳でも嫌いな訳でもないのだ。

 

 ……走ること以外は。

 足も遅ければ持久力もない。

 自画自賛のようだが体が柔らかくて運動神経がいいのは確かなのだ。

 ただ基礎運動能力が低い。

 典型的なやればできるけどやらない子だった。


 イラつく気持ちを何とか抑え、冷静に状況に対処する。出来てるかは別だ、思うことに意味がある。と、信じる。

 信じなければやってられるものか。

 俺は何とかこうにか奴の結界?の中から出て、森の中へと駆け込む。


位置が絶望的すぎる! せめて街とか安全な場所とかにしやがれよ!」


 再び首が吹き飛ばされて、リスポーンする。


 と、思いきや、何故か俺の顔は繋がっていた。

 自分の体を一瞬見た。錯覚したとは考えにくい。

 後考えられる可能性といえば……


 『ほぼ同位置にリスポーンした』のか?


「キーワードは【リスポーン】か!」

 

 俺のなけなしの脳味噌が少ない情報から何とか答えを導き出す。

 脚を振るい、噛みついてくる狼を慌てて躱すと、木の裏を通る時にリスポーンと唱える。

 と、気から出た瞬間風の刃が俺の首を切り裂いた。



「来た!これだ!」


 木の裏でリスポーンした、キーワードは間違いなく【リスポーン】だ。

 舞い上がって大声を出したせいか、狼が俺に気付いて木ごと俺の体を吹き飛ばした。

 

「うっぐぅ……」


 微妙に死ねなかった……。


 激痛が全身を伝い、おそらく折れているであろう右腕と右の腰の骨がジクジクと痛む。

 小学校の頃からよく骨を折っていたが、これほどの痛みは初めてだ。

 が、遠くに吹き飛ばされたせいか、奴は今俺を見失っている。

 

「リ、リスポーン」


 小さく、奴に聞こえないように呟く。

 が、俺の声を奴は聞き逃さなかった。


「ガルルルルルルゥ!」

 

 物凄い勢いで駆けてくる奴の姿を見て、俺は1つだけ策を思いついた。


「こいよクソ狼、俺がお前を殺してやる、絶対に」


 奴は思い切り口を開くと、俺の上半身を噛みちぎった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る