第8話 黒く、不透明につき


 アーノルドと取り巻きの二人は、図書室にやって来ていた。


 城の蔵書は多く、本棚は天井に接する高さがあり、壁もすべて棚になっており、本が隙間なく詰め込まれている。


 今まで戦火に巻き込まれた事がないため、古い書籍も随分残っていた。


 彼らは図書室など滅多に来ないものだから、蔵書がどのような仕分けがされているのかもわからず、広い図書室の、うずたかく積みあがる書籍と、そそり立つ本棚の乱立を見るだけで、眩暈めまいを起こしそうになっている。上を向いて口をだらしなく開けっ放しの有様。


 常に賢いふりをしているアーノルドは、本の量に思わず茫然としてしまった事に気付き、背後にいる取り巻きに見られないよう慌てて余裕の表情を作り直すと、適当に本棚を見てまわりはじた。


 取り巻き達もその後を金魚の糞の如く付き従う。


「おいおい、分担した方が早いだろう。俺についてきてどうする」

「あっ、申し訳ありません」

「アーノルド様がご存知なのかと思ってしまって」


 太っちょの取り巻きは、失言に気付いて慌てて口を押える。


「このような事、アーノルド様の手を煩わせる程の仕事ではありませんね、僕らが捜します」


 細身の少年が慌ててフォローをした。アーノルドは何か言いたげだったが、それぞれ適当な本棚から、適当な本を抜き出して、適当に眺めるという事を始めた。とりあえずの当てずっぽうである。


 どの本も、内容が難しい。彼等も一応は、家庭教師がついて勉強していたはずなのだが、宴で披露すると尊敬される詩を暗記したり、簡単な計算の方法を学ぶ程度で、歴史の類も真剣にはやっていない。正直なところ読めない単語も多数あったりして、本が分厚いだけで見る気を失いそうになる程だ。


 タイトルを読んでも、内容すらわからないものが多数あった。


「過去の出来事だと、やはり歴史の本ですかね」

「あれは魔物かもしれないから、魔物の本では?」


 カートは、彼等を地下道に来させないために図書室での調査を依頼したのだが、存外に彼等は真面目に調査をしようとしていた。効率は全く良くないが。


 二人の取り巻きが分厚い書籍を見て回ってる間、アーノルドは自分に読めそうな簡単な本を探していた。薄くて、絵が多くて、簡易な内容の。


 気づけば子供向けの絵本のコーナーに立っていた。


 その中から、適当な古びた一冊を抜き取る。

 パラパラと眺めると、挿絵に目が止まった。


「ん? これは」


 アーノルドはその本を机の所に持って行き、椅子に座ると最初から読み始めた。



 しろい木と、くろい木はふたご

 仲の良いあねと、いもうと

 しろい木があねで、くろい木はいもうと


 しろい木は人に守られた

 くろい木は自分で守る


 くろい木も守られたい

 だからあねに教わった


 しろい木はことばがつかえたけど

 くろい木はことばがつかえない


 ことばがないと、ひとにはつたわらない

 守ってほしいと、つたわらない


 だからくろい木は考えた

 とりこもう とりこもう ことばを つかえるものを

 てあしを えよう

 ことばを えよう

 すべてを えよう


 ファンタムを、かたわらにおこう



 まるで詩のような、子供向けの絵本……だと思われる内容だった。その挿絵の中に、まるで浮遊するような布が描かれていた。


亡霊ファンタム?」


 顎に手を当てて、その挿絵を見るが、やはり地下道で見たもののような気がする。だがこれは、子供向けの絵本である。


「白い木ってなんだ?」


 独り言を言うアーノルドが気になったのか、細身の少年が近寄って来た。


水晶木すいしょうぼくの事ではありませんか?」

「じゃあ黒い木は?」

 

 太目の少年が、遠くから返事をする。


「黒い水晶木すいしょうぼくがあるんですかね、見た事はないですけど」

水晶木すいしょうぼくに関する本はあるのだろうか」

「建国の歴史本に、記載があった気がします」


 細身の少年が、歴史書のコーナーに小走りで向かい、一冊を抜き取って持って来ると、創生の章を開いた。


水晶木すいしょうぼくって、昔はたくさんあったらしいですよ。それこそ森になるぐらい。でも魔物が増えて、魔物のエサになってしまって数が減ったんだとか」


 太っちょの少年も机のそばまで歩み寄って来た。


「そうそう、それで最後の一本が、十八歳の乙女に声をかけたんですよね。自分を守ってもらう代わりに知恵を授けると。魔物から木を守る替わりに、国を護るための情報を伝えてくれるようになったって」

「へえ」


 かなり小さい子供の習う基礎的な歴史の話なのであるが、アーノルドはまるで初めて聞いたように、感心した返事をした。


「あっ黒い水晶木すいしょうぼくの事も書いてますね、注釈ですが」


 白い水晶木すいしょうぼくと黒い水晶木すいしょうぼくは対になって生えていたが、黒い水晶木すいしょうぼくは自分で自分を守ろうとして失敗し絶滅した、という記述が小さく書いてあった。


「じゃあ、もうないんだ」


「でもアーノルド様の見つけた本は、どうも水晶木すいしょうぼくの事を書いていますよね」

「黒い水晶木すいしょうぼくは、白い水晶木すいしょうぼくとは違う方法で、身を守ったって事なのか?」


「言葉を発せないから、人を取り込んで、それに喋らせたって読めて怖いかも……」


 太目の彼が言う通り、この絵本をかみ砕いて考えると、黒い水晶木すいしょうぼくは人を取り込んで亡霊を作りだし、それに言葉を喋らせて自分を守るよう人に伝えた、という事になる。


「じゃあ地下道のアレは、取り込まれた人間の成れの果て?」

「ずっと昔の人が彷徨さまよってるのかなぁ、怖いなぁ」


 ぶるっと太目の少年は震えた。

 アーノルドはフッと得意げに笑うと意気揚々と立ち上がる。そして上を向いて拳を突き上げると高らかに宣言した。


「俺達は、地下道の不審者の正体を見つけたんだ! あれはファンタム! 黒い水晶木すいしょうぼくに取り込まれた元人間だ」

「そうですね、アーノルド様、きっとそうですよ!」


 金髪巻き毛の少年は、見つけた絵本と建国の本を数冊を手に持つ。


「団長に報告して来よう」

「あの新人は待たなくていいんですか?」

「あんなポンコツ、放置でいいだろう」


 早速彼らは団長室に向かい、自慢げに絵本の挿絵を開いて見せ、持論を展開した。


 素直に自分の考えだけを語れば良かったのだが、アーノルドはこれをいかに苦労して見つけ出したか、そしてこの結論に至った自分の才能の怖さを切々と訴えたものだから、ヘイグは彼の話の内容に頭痛がしてきて、もはや笑うしかなかった。


「あのな、アーノルド。絵本は作り話だからな? それを調査の報告にされても困るぞ。それは地下道の不審者の証拠にはならない」


 呆れ切った様子で苦笑されてしまい、アーノルドは真っ赤になる。


 団長室を出て来たアーノルドを、二人の取り巻きは、「どうでしたか!? 褒められましたか!?」と期待の目で見て来たが、彼は憮然としていた。

 恥ずかしさによって怒りが沸いて、そのやり場を見つけ出したい気持ちでいっぱいだった。


「何人か集めろ」


 それだけを言い放つと、ツカツカと足音高く歩いて行った。

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