第2話 死闘
さすがの彼等も、周辺に満ちる殺意の存在に気が付いた。
「アーノルド様ぁ……」
指揮官としてはとてつもなく頼りないが、彼等はいつもアーノルドの命令に従って今までやってきた。自分で考えて行動する事など、できるはずもない。
肝心のアーノルドは口を開きっぱなしで、細い目を大きく見開いて蒼白になるばかりだった。
周辺の状況を見るが、街道のど真ん中。茂みと木々に囲まれた平地。
全方位から襲い掛かられたら、数が多ければ太刀打ちできない。
「えっと、この辺に崖や壁はあるだろうか」
「地図によるとこの先に滝があるので、その場所は切り立った壁があるかと思います」
「そこに行こう!」
馬を励まし、固まって一気に突破を狙う。彼等の技量というより、必死な馬が本能的に駆け、一画を突破する事が出来た。だが一気に膨らんだ殺意の塊が背後から殺到するのを感じ、もう全員後ろを振り向く事なんてできない。
しばらくして水の匂いと滝の音がしはじめる。とりあえず壁を背にして、全方位からの攻撃を避けるという判断であったが、逆にいえば逃げ場がなくなる。その事に太目の少年が気づいて、泣き出しそうな顔でアーノルドを見た。
彼も気づいてはいたが他の方法はない。先ほどの場所に留まって、一気に襲われて死ぬよりは、敵が前だけにいるという状況であれば、まだ何とかできそうに思えたのだった。
滝が見える場所まで何とかたどり着いたが、一人の少年騎士の馬の後ろ脚に、ヘルハウンドの一頭が噛みつき、馬が大きく暴れたため、乗っていた少年が振り落とされた。
次々に驚いた馬が悲鳴を上げ、騎士達を振り落とす。落馬の仕方が悪くて、どこらかしら痛めてしまった者を多数出しつつも、彼等は夢中で剣を抜いた。
「精霊さま、お助け下さい~!」
悲鳴を上げながら、目を閉じたまま、とにかく前に向かって剣を振り回す。全員泣きださないばかりだ。
落馬して尻餅をついていたアーノルドが、モタモタといつもの煌びやかな剣を抜こうとしていた時、魔獣の一頭が大きく跳躍し、金髪巻き毛の彼に狙い定めて飛び掛かって来た。
「ひゃぁあぁあぁぁ!!」
情けない悲鳴を口にした彼の上に、ヘルハウンドが覆い被さる。
もう自分は死んだと思ったアーノルドだったが、ヘルハウンドはその全体重を彼に預けてぐったりしていた。その首の後ろに、一本の短剣が刺さっており。
「え?」
彼が獣を押しのけようとしたとき、一人の少女が軽やかに少年に覆いかぶさる魔獣の背を蹴って、短剣を回収する。続けざまの跳躍の踏み出しに、アーノルドも巻き添えで蹴られた状態になり、ぐえっと情けない声を出した。
「おっと、すまん」
可愛い声なのに粗雑な口調で、少女は両手に短剣を
短いスカートから見える白い太もも、少し振り返った時に見えた、くりっとした猫のような金色の瞳。頬を隠すようなサラっとしたストロベリーブロンド。猫の尻尾のように踊る三つ編み。
アーノルドは赤面した。
――可愛い……!
そんな危機感のない感想を思い浮かべながらもなんとか、覆いかぶさる獣を押しのけて、彼は剣を抜きながら立ち上がり、必死に構えを取る。そして細い目線の先に、見知った少年の顔を見つけた。
「カート!?」
「先輩!」
青い瞳の少年騎士は、馬から飛び降りると、アーノルドの
そのままアーノルドの腕を掴み、滝壺から広がる浅瀬に水を蹴って連れ込んだ。
「水場を選ぶなんて、流石です先輩」
壁を得るためにここを選んだのだが、カートにそう言われて気づく。ヘルハウンドは炎を
他の騎士達もそれに気づいて、慌てて水の中に駆けこんで来た。
「先輩、群れのリーダーがどれかわかりますか?」
「え、ええと……」
アーノルドは、その用途はともかく、とにかく目ざとい所があった。貴族階級にあって、一目で相手が格上か格下かを判断するのは重要なスキルでもあったし。
彼の細い目が、少し離れた岩の上に立つ、一回り大き目のヘルハウンドを見つけ出す。
「あそこだ、カート!」
指さす方向を見て、カートもその姿を確認する。
「僕、行きます!」
指笛を吹くと、黒馬が駆け戻って来る。
とにかくボス的な存在を潰す。
数の多いヘルハウンドの対処法としてはこれしかない。カートは習っていたわけではないが、咄嗟にそのように判断したのだ。
遠目には、一回り大きい程度に見えたそれは、近づくと二倍の大きさ。
「おいおい、こんな大型なんて見た事ないぞ」
ピアが驚いた声をあげながら、何の
カートは馬を走らせたまま剣を抜きなおし、左手で通りすがりの木の枝を掴み体を宙に残すと、黒馬は数頭のヘルハウンドを引き付けて走り去った。
少年は枝から手を離して地面に足を付くと同時に、剣を横に払って、数頭に斬撃を加えて牽制し、ボスと戦闘を開始したピアに向かって走り寄る。
動きが早く、怒気をみなぎらせ、炎を纏いはじめた魔獣との戦いに、カートも参戦した。ピアは華麗にくるくると軽やかに、敵の攻撃を避け、引き付ける。
カートは通常のヘルハウンドを弾き、押し戻しつつ、ボスに向かっても剣を振るう。彼の剣は若干長く、剣先がボスの背を撫でたため、怒気溢れる視線がカートに向けられた。赤い瞳が更に輝きを増し、纏った炎が一気に膨れ上がる。
鋭い爪が焼けた鉄のように真っ赤になり、振り上げられ、高熱の爪先がカートの頬をかすめるが少年はそれに怯まず、続けて突くように剣を振り出す。
熱風と共に渾身の斬撃は避けられたが、すでにピアが真下に入り込み、下からヘルハウンドの体の中心を突き上げるように短剣を刺す。
その短剣を抜き取る暇はなく、ヘルハウンドが大きく首を腹部に向けたので、そのまま転がって牙から逃れるが、少女人形の三つ編みの先に火がついてしまったので、慌ててパタパタと手でたたき消す。
「やばいやばい、燃える」
先に隙を見せている弱そうな方から仕留めようと思ったのか、引き続きピアに向かうヘルハウンドだったが、それは少女人形の作戦。
カートがボスヘルハウンドとの距離を詰めているのを見て、武器も構えずに更に余裕を見せて挑発した。
舐められている。
そう思ったのだろうか、ヘルハウンドはピアを睨みつけ唸り声を高く響かせる。
その隙を狙ってカートが肉薄し、少年の気配に獣が気づいた時にはすでに首下を貫ぬかれ、ボスヘルハウンドは遠吠えのような悲鳴の咆哮を上げながら、絶命していった。その声に怯えを見せた通常の個体は、慌ててその場から散って逃げて行く。
獣達が遠ざかる気配にカートは大きく息を吐いて、魔獣の体を貫いた剣を抜いた。
少女人形もぴょこぴょこと歩みより、どっこいしょと倒れたヘルハウンドを押しのけると、腹部から自分の短剣を抜き取り、軽く振って血を落とすと背の鞘に納めた。
「やれやれだな」
「ピアさんはいいですね、息が切れなくて」
「いいだろう?」
金色の瞳は無表情のまま、周囲を見渡している。
少年騎士は呼吸を整えながら剣を鞘に戻し、大きなヘルハウンドの様子を確認してみる。
「こんなに大きくなるんですね、ヘルハウンドって」
「この大きさは、ボクも聞いた事がないな。良い毛皮が取れそうだが」
ヘルハウンドの艶やかな黒い毛皮は火に強いので、とても重宝される。
相棒の黒い馬が駆け戻って来て、さぁ褒めろとばかりに鼻を鳴らしたので、カートは笑顔でその首を撫でた。
「僕たち、息ぴったりですね」
「全くだ」
人形は表情を変えられないが、その言葉には笑顔の雰囲気が乗っていた。
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