第五章 光在るところ

第1話 ヘルハウンド


 色々な事があってこの一日が長く感じるが、まだ昼を少し過ぎた時間である。

 厩舎に愛馬を預けようとしていたが、少年は馬が少なく感じた。


「バッカスさん、随分と、馬が少なくありませんか?」

「ああ、西の村にヘルハウンドの群れが出たとかで、あのお坊ちゃま達が討伐命令を受けて、さっき出て行った所だ。随分と嫌そうだったが」

「ヘルハウンド……」


 犬型の魔物で一頭二頭なら野犬や狼とそれ程変わらないが、五十頭ぐらいの群れになり、村や町を集団で襲う事がある。黒い体に赤い瞳で、怒らせると炎をまとうため火災が起きる事も多い。


「すみません、鞍を置いたままで預かってもらえますか」

「構わないが、カートも行くつもりなのか」

「団長の許可をもらってきます」


 何故だか嫌な予感がする。


 朝の出来事の後で、すぐこのような命令が出るだろうか? まさか保留になっていない? 精霊のあらたな言葉が出たのだろうか?

 団長室の扉を叩き、返事を得るとすぐに入室し、用件を言う。


「僕もヘルハウンドの討伐に向かわせてください」

「アーノルド達にも功績を上げさせてやれ」

「団長は、違和感がないのですか?」


 ヘイグも思う所はある。年若い騎士達だけで、なおかつ一般兵を付けずの魔物の討伐命令等、普段ならあり得ないのだ。魔物の数が少ないから経験を積ませるために、という事だったが……。


「わかった、カートもすぐに出るといい。今なら追いつけるかもしれない。西の街道を使っているはずだ」

「はい!」


 少年はすぐに退出し、走って厩舎に向かって行った。


「バッカスさん、出ます!」

「気を付けていけよ」

「はい!」


 帰宅時間が遅くなる、もしくは今夜は帰れないかもしれない。一旦家に立ち寄って、その事をピアに告げる事にした。

 玄関前で馬から降りると、もう繋ぐ事もしない。

 愛馬は心得てくれている。


「ピアさん!」

「どうした?」


 本を確認していたピアが驚いて顔を上げる。


「これからヘルハウンド討伐に出ます、ちょっと嫌な予感がするんです」

「嫌な予感?」

「はい」


 カートは朝の出来事を掻い摘んでピアに説明し、その後にこの命令は何かおかしい気がするという疑念を伝える。ピアも違和感を感じたようで、

すっと眉をひそめる。


「ボクも行く」


 手慣れた感じで、ぱっと傍らにあった人形に意識を移すと、一緒に玄関から駆け出した。

 黒馬のカルディアは、二人の姿を確認すると、向きを変え、すぐに出立できるように姿勢を整えた。カートは少女人形の脇に手を入れると、ぱっと馬上に担ぎあげ、続けて自分もあぶみを踏んで体を跳ね上げると同時に馬は駆けだす。

 流れるように息のあった動きであった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 

 ヘイグは団長室で、いつものように書類に目を通していたが、ノックの音に顔を上げた。

 入室して来たのは、宰相のヴィットリオ。

 彼の手にも数枚の書類がある。


「騎士団の備品の経費についてだが」

「はい」

 

 ヘイグは立ち上がると、その書類を受け取り、立ったまま内容に目を通す。その姿を見つめながら、若干の躊躇ちゅうちょをしながら宰相は言葉を紡ぐ。


「騎士団長、カートはどうしている? 朝の事があったから、気にしているのだが。少し厳しく言いすぎてしまったかもしれない。落ち込んでいたりはしていないだろうか」

「本人は特に気落ちはしていない様子だったので、地下道の不審者の調査継続を指示しました。今は、ヘルハウンド討伐に出ています」

「何!?」

「年若の騎士団員に行かせろという指示でしたので。いけませんでしたか?」

「彼を行かせては意味がない、すぐに連れ戻せ!」

「それは、どういう意味でしょうか」


 ヘイグの視線が厳しい物になる。

 そして察した。


――ヘルハウンドを使って、アーノルド達を罰するつもりだったのか!


 役に立たないお坊ちゃま達だが、ヘイグにとっては部下である。みすみす怪我をさせたり、死なせるわけにはいかないのだ。


「もう出発して随分時間が経ちます、今から呼び戻すのは難しいかと」


 ヴィットリオはそのヘイグの返事に、苛立ちを持ったようだが、自分の気持ちを落ち着かせるように、大きな深呼吸を数度する。


「すぐに通常の討伐隊を編成して出立を」

「了解しました」


 団長室を出て行く宰相を見送って、すぐに数人の騎士を呼び出し、一般兵を揃え出立させたが。果たして間に合うだろうか。

 ヴィットリオのあの様子では、年若の騎士団員十人程度では太刀打ちできない、という相手だと思われる。

 とりあえずは、彼等の無事を祈るしかない。


 そして後を追ったカートのさとさに、期待する。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 

 アーノルド達は西の街道を、目的の村に向かって馬を進めていた。

 彼らは幼い頃から乗馬には親しんでいて、それなりに馬の扱いは上手かったのだが、これから戦闘があると思うと気が重く、馬を駆る気に到底なれず、情けないほどのろのろと進んでいた。


 村が襲撃を受けているという報告があったのだから、本来なら国民を守るべき騎士として急がねばならない。騎士の誉れもなく、ただ外聞がいいからと、親に言われるがままに騎士団員となった彼らにそのような気概は全くない。

 

 とりあえず、身分的に上位なのはアーノルド。だが取り巻き達は、アーノルドの行動の結果で巻き添えを食っている状態であるから、若干の恨みがましい気持ちが芽生えている。身分的には逆らえないが、身体を張って守るかというと。

 それをアーノルドも薄々感じ取っていて、何かあれば見捨てられるという不安とも戦っている。


 目的の村までは、馬を歩ませていると一時間ぐらいかかりそうな距離があるはずだったが馬達が緊張感を持って、勝手に足を止めた。


「ん? なんだ」


 年若い騎士達は馬達の行動を訝しがるばかりで、周囲の気配には全く気付かずにいた。


「おい、なんだ?」


 アーノルドは馬の首をぺしぺし叩くが、馬は怯えたように鼻を鳴らすばかりで、全く進まなくなる。

 彼等が異変に気付いたのは、茂みから赤い光が見えたから。

 続けて周囲を完全に囲まれている事に、一人の少年が気づいた。


「えっ、ヘルハウンド!?」


 村に到着する前に遭遇してしまったのだ。


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