第8話 団長と


 団長の机の脇に椅子を一脚置いて、カートはそこに座りヘイグと向かい合う。

 

「もう一度言うが、精霊の言葉に逆らってはいけない」

「間違っていても、ですか」

「そうだ」

「どうしてでしょう……」


 ヘイグは目線を床に落とすと、苦しそうに絞り出した。


「お前まで、失う訳にはいかない」

「え?」


 騎士団長は一度目を閉じ、想いを巡らせた後、再び開くとその褐色の瞳を改めて少年騎士に向けた。


「精霊の言葉に従うだけではいけないと、訴えていた奴がいた。精霊の言葉を絶対とする風潮に逆らい、自らの頭で考え、その行動に責任を持つべきだと言い続けていた男がいたんだ」

「僕も、そう思ってしまいます……。僕は自分の行動に責任を持ちたい。でも、そのためには、自分の考えで行動したいと思ってしまうんです」

「同じだな、あいつと」


 ヘイグは、ふっと笑った。


「あいつ?」

「俺の親友だ。幼馴染でな、小さい頃からずっと、そう言い続けていた。とにかく先入観や固定観念に縛られない奴で、いつも疑い、考え、行動していた。まぁ破天荒で口が悪く、傍若無人でもあったが、憎めない奴で」

「ピアさんって、昔からあんな感じだったんですか?」


 ヘイグが驚いた顔をして、カートはしまったという顔をした。


「カートは、ピアを知っているのか!?」

「は、はい……」

「あいつは死んだ。殺されたと思っている。そのような考え方は、精霊の言葉を絶対とするこの国では、危険思想だからな。魔導士は研究や勉強で、そういう思考に向かいやすいが、あいつは格別だった」

「団長……」


 苦し気な団長の様子にピアの生存を伝えたいが、今はそのタイミングではない気もして、カートは口ごもった。そのカートの躊躇ちゅうちょを、ヘイグは別の意味に捉えたようだ。


「だから内心はどうあれ身を護るためにも、その信念は隠せ。最近ずっと魔導士の行方不明事件が続いている。彼らがそのような考えだったからなのか、単純に魔導士だからという理由なのか、今はまだわからないんだ。もし思想が原因であったら、おまえも危ない。いいな?」

「はい、わかりました」


 しかし今日すでにカートは逆らってしまっている。それが今後の少年騎士に、どのような影響を及ぼすかはわからない。


 ヘイグにはもう一つ疑念があった。

 それは女王となったグリエルマが、精霊の声を聞けるかどうかだ。あの儀式で彼女は選ばれてはいない。ただ生き残っただけだ。

 その彼女が女王として精霊の声を言葉を伝えてくるのだが、自分達の元にその言葉が届く前に、宰相が間に入る。

 確かに精霊でなければ知らないであろう事柄もあるにはあるが、ほとんどが世俗的なものである。


 そう。


 人間が知り人間でも判断を下せるような。


 今回の件もカートが殴られた様子だったことを知る者は多い。あの場に宰相もいた。犯人も少しの間観察すれば、すぐにわかるであろう。

 精霊の言葉からの処分であるはずなのに、カートの懇願にグリエルマが狼狽し、宰相の指示を仰いで見えたのも気になる。女王は精霊に心酔しているから、精霊の言葉であるという自信があればグリエルマは保留にはしないはずでもある。

 精霊が指示したのは何か対応しろという程度で、処分する事と処分内容は……精霊が決めた事ではない、と聡明な騎士団長は判断している。


 考えに沈むヘイグをカートが心配そうに見つめている事に気付き、微笑みを返してやる。


「そんな心配そうな顔をするな。アーノルド達の処分は保留のままになるだろう」

「だといいのですが……。あ、そうだ」


 カートは彼等が見つけたファンタムに関する書籍について、団長が報告を受けている事を思い出し、アーノルドではなく団長にその詳細を聞く事を思い立った。


 殴られたあの日、アーノルドの口からある程度の情報を聞いてはいたが、つけ足された「俺すごい」情報でかき消されて、カートの記憶には彼らが見つけた情報がほとんど頭に残っていなかったのだ。ヘイグも同様の状態の可能性があるが。


「ああ、あの絵本か」

「絵本だったんですか?」


 ヘイグはあの報告の後、預かった書籍をそのままにしていたことを思い出し、席を立つと机の端から数冊の本を持って戻って来た。

 受け取った少年は、その一番上の、古くて薄い一冊を開いてみる。


「あれ? これ、手書きなんですね」


 この国の書籍は、通常は活版印刷である。

 この本は、製本の様子も手作りのように思える。


「一般に流通しているものではないのか」


 カートは数ページめくると、アーノルドが見たのと同じ挿絵に目を留めた。


「これ、地下道で見たものと、同じみたいです」

「そうなのか?」

「この本、お借りしてもいいですか? あと、調査期間延長をお願いしたいのですが」

「構わない。そうしてくれるか?」

「はい。きちんと報告できるところまで、調べたいと思います」


 キリっとした表情を向けたので、ヘイグは安堵した。時々気弱なところを見せるが、意志薄弱というわけではない。何処か一本、芯が通っているような。


 カートは本を抱えて、団長室を後にした。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 少年はいったん、本を抱えて帰宅する。


「本を預かってきました」

「どれどれ」


 ソファーに座ったまま、ピアは数冊の本を受け取る。

 その表紙のタイトルをすべて確認して、本に視線を向けたまま口を開いた。


「少年は、この国の精霊信仰をどう思う?」


 団長に注意を受けたばかりではあるが、ピアには正直に告白しても問題ないだろうから、カートは素直に自分の考えを口にした。


「僕は、そういう信仰があってもいいとは思います。でも、妄信してはいけないというか……。その言葉に従うにしても一度、自分の考えと合致するところと、合致しないところをすり合わせて、落としどころを見つけるべきというか。例えそのまま命令を聞くとしても、そこに自分の頭で考えるという、工程を経るべきといいますか」

「なるほど」


 ピアは心なしか嬉しそうであった。本から目線を上げ、微笑をたたえながら少年に視線を向ける。


「ボクもそう思うんだ。精霊であっても、権力者であっても、上司であっても。その言葉に従うだけではいけない。意に沿わぬ命令を聞かねばならない事もあるだろうが、意に沿わないと感じたり、思う事が重要だ。でなければ、人形と一緒だ」

「精霊の言葉をなぞるだけというのは、生きているのではなく、生かされている気がします。手足でしかないというか」

「実際、今はその通りだろう。どんどん考える力を奪われている気もするな。しかも、自らその方向に向かっている」


 少し溜息のように息を吐き出すと、本を机の上に置いた。


「だからと言って、ボクに出来る事もないのだけど。人は楽な方に簡単に流れるからな。自分の頭で考えて行動するのは、なかなかしんどい作業だから。精霊が決めてくれたことを実行するだけなのは、随分と楽だし」


 遠い目をして、独り言のように言う。


「僕、そろそろ城に戻りますね。帰りはいつもの時間になると思います」

「ああ、引き留めてしまったな」


 カートは玄関前につないだ黒馬の首を撫でる。


「人の考えを変えるのは難しいね。変えろと言って、何の抵抗もなく変えられても、それこそ命令を聞くだけの傀儡くぐつだし」


 馬上にその身を移した後も、再び独り言が出てしまう。


「僕も、何も出来そうにないや。でもせめて、耳に入る言葉に対して、常に考える工程は、忘れないようにしたい」


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