第7話 挙げる右手の責任


 いつもの時間に、城に到着したカートは、馬を厩舎に預けると、アーノルド達を探した。いつもその辺をうろうろしているか、取り巻き達と階段の踊り場に固まっている事が多いのだが、用があって探してみると見つからないという。


「あれえ、おかしいな」


 アーノルド達といつも一緒にいる取り巻きも見当たらない。


 とりあえず、本の内容も含め、もう少し地下道の調査をしたいと思い、先に団長室に赴いて調査の延長許可を得る事にした。


 しかし、団長室の扉を叩くも返答がない。


「団長も留守なのかな……」


 自分には連絡が来ていないが、騎士団で何か集まりがあるとか?等と考えながら、扉の前でこの後どうしようかと思っていたところ、パタパタと軽い足音を立てて一人の少年が駆け寄って来た。


「ああ良かった、ここにいたんだ! カート、すぐ来てくれないか?」


 それはアーノルドの後ろによくいる細身の少年だった。息を切らしているその姿に、何があったのかと不安になり、その少年に向き合う。


「どうしました? 何処に行けばいいですか」

「アーノルド様が大変なんだ」

「先輩が?」


 踵を返した細身の少年について、カートも走り出す。

 二人がたどり着いたのは、謁見の間。扉等はなく、大理石の白い柱で囲まれている解放的な広間になっていて、中央の一段高い場所に王座があり、宴の会場になる事もあれば、他国の使者と対面する場合もある。


 王座には女王が座り、その隣には宰相が立つ。その前にヘイグとアーノルド、八人の少年騎士がひざまずいていた。


 カートは小声で、柱の陰に隠れながら細身の少年に聞く。


「何があったんですか」

「アーノルド様がおまえを殴った事が、問題になってるんだって」

「え? 僕、城の人には誰に殴られたかなんて言ってませんよ」

「オレはその殴った現場にいなかったせいか、この呼び出しを食らわなかったのだけど……、とりあえずなんとかしてくれよぅ」

「なんとかって……」


 謁見中に割って入るなんて、新米の騎士団員であるというのを除外しても、とても難易度が高い。だが、遠目に見てもわかるぐらい、アーノルドは真っ蒼になって脂汗を浮かべている状態である。

 助ける義理なぞカートには本来ないはずであったが、この時彼は全くそういう事を考えず、なんとかアーノルドをフォローしなければと思った。好きでもないし、騎士としてどうかとは思うが何処か憎みきれない所もあり。

 場の空気を乱さない事を優先してきたカートにとって自分にこのような事が出来る勇気が沸くというのは驚きであったが、今こそ自らの意見を言うべきだと心から湧き上がるものがあった。

 先日ピアからもらった言葉が、耳の中で木霊する。


「失礼します! よろしいでしょうか」


 当たって砕けるしかないと、完璧な礼を施しつつ、姿勢よく声をかけた。密室ではなく、こういう人目のある所であるので、まだマシかと思えたし。


 女王も宰相も団長も、アーノルド達も驚いた顔で少年を見た。


「呼ばれてもいないのに、お声がけして申し訳ありません。自分に関係する事と伺ったので……」


 宰相が一歩前に出て、後ろ手に組んだまま口を開いた。


「丁度良いところに。精霊の命によって叙任されたお前に、彼等が危害を加えたという事で、それ相応の処分をせよとのお言葉があった。処分の内容は任せるとの事だから、場合によっては公爵家の取り潰しも考えているところだ」

「えっ!?」


 思わず大きな声を上げてしまった。騎士団内の若い騎士同士の、小競り合いのようなものである。カートは被害者側であったが、いくらなんでも家の取り潰しとは処罰として重すぎる。


「え、えっと、もう、当事者同士で和解している事です」


 謝罪もされていないし、和解等していないが、カートは必死にアーノルドを庇った。庇われたアーノルドは、さっきから驚いた顔をしたままだ。


「精霊が、処分をするように申しておりますから。精霊はあなたへの危害を許さないそうです」


 女王グリエルマが、静かに口を開く。淡々とした、感情の籠らない言葉。まるで台詞を棒読みしているかのようだ。思い返せば女王はいつも、公の場ではこんな感じで本人の意思は感じられない。とりあえず、与えられた台詞を言うのが仕事と思っている様子である。

 彼女が全く自分の意思も意見も持っていない様子なのが、少年をわずかにだがガッカリさせた。


 同時にカートは、ピアの父と兄が、精霊の一言で処刑されたという事を思い出す。精霊の言葉はどんな非情であっても実行されてしまう。


「僕は、そんな処分を望んでいませんし、決着がついている事です」

「カート」


 ヘイグが鋭く、少年をいさめる。ヘイグの褐色の目が、厳しさをたたえている。

 カートは更に一歩前に出ると、膝を折って、見上げるようにグリエルマを見た。


「陛下……」


 そのすがるような青い瞳の視線を受けて、困惑したグリエルマは宰相の方に顔を向けた。宰相は冷たい視線のままであったが、小さく女王に向かって頷いてみせた。


「わかりました。被害者であるカートに免じて、この件はいったん保留としましょう。再度、精霊の声を聞いて参りますが、その結果は覆らないものと思ってくださいまし」


 カートは深く頭を下げた。

 とりあえずの保留だから、安心はできないが。


 しかし心から、カートは疑問に思う。当事者同士の意思が関係なく、精霊の言葉だけで全てが決まっていくという事に、怖さを感じた。本当に精霊が正しいかどうかの証明が、できるわけでもないのに。

 こんなふうに、聞いた言葉に従うだけなのは、間違っているように思える。それにより、国が安定していたとしても、何故そうなるのかを考えずに、ただひたすら盲目的でいるのは何か違う気がするのだ。

 

 自分達はいったい、何なのだろうという気さえ。精霊の言葉に従うだけなら、自分が自分である存在価値が失われるようで。

 己という物が今ここにある意味を、改めて考えてしまう。


 それ以上何かを訴える事もできず、静かに女王と宰相の退出を見送ってから騎士団員たちは全員立ち上がる。


 アーノルドとその取り巻きは、無言でうつむいたまま、カートを一瞥いちべつする事なく広間から出て行くが、どう声をかけたらいいのかもわからなくて、青い瞳の少年騎士は団長と共に立ち尽くすしかできなかった。ヘイグがそっとカートの肩に手を置く。


「カート、精霊の言葉は絶対だ。逆らってはいけない」

「何故ですか? 僕にはわかりません……今回の事は、精霊が間違っているように思えて……僕の話を聞く前に、精霊に聞くのはどうしてなんでしょう。まずは当事者の話を聞くべきではないかと」


 澄んだ瞳をヘイグに向ける。ヘイグは口元に人差し指をあて、シッと小さい音を立てた。


「続きは、団長室で話そう」


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