第2話 告白


 事のあらましを言い終えた彼を前にして、ピアは大きな溜息をつく。


 がっかりされたと思ったのか、カートが更に落ち込むような表情をしたので、ピアはいつもの飄々とした表情を向ける。


「そこは団長に甘えておくべきだろう。ヘイグは良いやつだぞ?」

「母にすら甘えた事がないのに、団長に甘えるなんて無理ですよ」

「え!? 母親にすら甘えた事がないのか!?」

「ないです……なんだか、甘えてはいけない気がして」


 カートが静かに、今まで人に逆らった事がなく、とにかく場の雰囲気を自分が取り持って生きて来た事を語った。幼い頃からの記憶をいくら掘り起こしても、そんな自分の姿しか思い出せない。


「おまえは周りに合わせすぎだ」

「でも自分が我慢するだけで場が収まるなら、それはそれでいいかなとも思います。そうすべきなのかなとも思ってしまって」


 ピアは顎に手を持って行く仕草をしながら、眉を寄せてまじまじとカートの顔を見る。


「なんでカートが我慢して、場を収めなければならないんだ」

「それは……」

「少年が折れる必要なんてない。他のやつが合わせてもいいんだぞ。おまえが率先して折れてしまうから、カートばかりが貧乏くじを引くんだ」


 青い瞳が少し自信なさげに下を向く。それを見て、金色の瞳を細めると更に強い口調でピアは続ける。


「美徳でもあるが、欠点でもある」


 呆れたように腕を組みなおすと、ピアはソファーに深く体を沈めた。


「何でボクが代わりに腹を立てなきゃいけないんだ。イライラするな」

「すみません……」

「そこで謝るな。だから、お前は悪くないって言ってるだろう? 何なんだ、変な所で気が弱いな」


 気が弱いと言われて、少年は益々落ち込むような表情を見せ、その両手をもじもじと組みなおすが、目線は下げたまま。


「まわりの顔色をうかがうのは、もはや癖みたいなものだとは思っているんです。まわりに気を使うのが紳士としての姿だと、母にはずっと言われていましたし。……自分のせいで空気が悪くなるのも嫌だし、僕が原因で、嫌な気分になる人もいて欲しくないという気持ちもあって。結局は、誰にでもいい顔をしたいだけなのでは? という自覚はあります」


 彼の性格であって好ましくもあるが、傍若無人と言ってもいいピアからしてみると、このまま少年だけが我慢をし続けて潰れるのも見たくはなかった。厳しい事を言ってしまうのも、彼が可愛いからだ。


 優しくて、気の利く人間性は素晴らしいが、今の騎士団はこういうタイプは居づらいはず。そもそも庶民の出と言う時点で、彼はマイナススタートなのだ。へりくだった態度に出てしまう雰囲気は元々ある状況でもある。もし彼がそれなりの貴族の出であれば、少年を基準として騎士団の雰囲気は良くなりそうなのに、随分と勿体ないものだ。


「なぁカート」

「何でしょう」


「騎士らしさとか、紳士としての姿だとか、一般的な良識を全部取っ払っていいから、自分の欲望のままに行動してみろ。何でもいいから」

「欲望のままって」


 言葉の選び方があんまりだったので、思わず顔が綻んでしまう。


「我を押し通してみろ。我儘にいけ、ボクに対してでもいい。倫理観も全部捨てて、心の欲するままに動いてみるんだ。人のために自分が傷つくのはもうやめろ。これ以上他人に気を使って、一人で耐えるな。それを実践している良いお手本が、ここにいるだろう?」


「ピアさん……」


 少年は口の悪い魔導士が、心の底から自分を思いやって言ってくれている事を感じた。厳しい言い方ではあるけども、彼の言う事はおそらく正しい。自分は我慢し過ぎているという自覚がある。だけどそれを、どうすればいいのかも今はわからない。わからないが、彼の言う通りにするなら、今とてもやりたい事がある。


 恥ずかしいが、ピアなら受け止めてくれると思えた。


 少年の青い瞳が揺れているのがわかって、ピアは手招きをした。カートは立ち上がると、その指示に従って魔導士のそばに歩み寄る。


「泣いてもいいぞ。おまえ、泣くのもずっと我慢していただろう」


 座ったまま、彼は両腕を広げた。足の不自由な魔導士はカートが欲することを察し、勇気を出しやすいように場を整えてやった。少年は素直に膝をつくと、すがるようにピアに抱き着いて、その胸元に顔をうずめると、素直に泣き始めた。


 辛かった。いろんな事がずっと。

 騎士になる前も、なった後も。

 どうして自分がこんな目に合うのだろうと、悔しい気持ちもある。

 怒りだってある。

 寂しさもある。

 悲しさだって。

 でも出す場所がない。出せる場所がなかったのだ。


 母に、甘えようとした事はあった。

 しかし母は、甘えてはいけないと言った。

 あの人の子なのだから、弱くてはいけないと。

 泣いてはいけない、それは弱さだからって。

 ……いつしか自分にとって、泣く事の方が勇気を必要とするようになっていた。


 でも今日、ピアが許してくれた。素直に悲しい時、辛い時は泣いてもいいと。


 母にすら甘えられなかったカートが、今まで溜め込んだ涙を全て出し尽くすかのように、堰を切って泣き続けた。


 しかし泣き慣れていないからか、嗚咽すらなく、静かに涙だけが流れ続けるといった様子なのが、とても可哀相だとピアは思った。

 まだ十五歳、感情のまま泣きわめいてもいいぐらいの年齢だ。この段階になっても少年は、自分の感情を律している。

 

 なぜ彼の母は、こんなふうに少年を育ててしまったのか。


 本質的には素直なのに、自分の感情を出す事に関しては素直になれないようにしてしまって。どうして、一人で耐える事を強要させたのか。心弱くては耐えられない秘密が、もしや少年にあるというのだろうか。


 例えそうだとしても、今まさにそれが原因で潰れてしまいそうである。まだまだ成長過程、これからなのだ。今、潰して歪ませてはいけないと、ピアの心に使命感が芽生える。


 柔軟に、心を開放しながら、圧力を逃す術を少年は学ばなければならない。耐えるだけが人生ではないのだから。


 誰かに決められた事で、心を縛られていてはいけない。カートの母にどんな意図があったのかはわからないが、少年は母親の言葉に絡みとられ、身動きが出来ない状態。それに苦しんで藻掻く姿は痛々しい。


――それに、抑圧された感情は、強くなりすぎるしな……。


 ピアも、少年を見習わなければならない部分が自分にはあるという自覚はある。金茶の髪を撫でながら、せめて彼の甘えられる場所にぐらいはなってやろうと思ったのだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る