第6話 相談


 帰宅したカートは入浴を終えると、タオルで髪を乾かしながら、いつものように魔導書を読むピアの前のソファーに座った。


「ピアさん、少しいいですか?」


 声をかけられた魔導士は、本から目線を上げると、そのかたわらにある少女人形の膝上に本を置き、その手をしおり変わりにした。人形は目を閉じているが、本物の人間そっくりであるのに、何の抵抗もなく彼女を便利な道具扱いをしている事に、カートは苦笑しかない。


 まあ、人形ではあるのだけど。


「どうかしたか?」

「明日、人形でついてきてもらえませんか。今やってる地下道の調査に手間取ってしまっていて」


 カートは今日の事のあらましを黒髪の魔導士に伝えた。金色の目が輝き、彼も興味が惹かれた様子だ。


「もしかしたら魔法が関係するのかもしれませんが、僕にはわからないので。ピアさんなら、見てわかる事があるのではないかと。ただ……」


 カートは少し目を伏せ、言い淀む。


 口ごもった少年を前に、ピアはやや首を傾げたが、「言って見ろ」と促され、少年は重々しく口を開く。


「……五年前に処刑された、……宮廷魔導士の亡霊ではないかという噂もあって……」


 それを聞いて、ピアは鼻で笑った。

 記憶に蘇る、おっとりとした父、生真面目な勉強家の兄。

 

「父や兄に化けて出る気概きがいがあるなら、そもそも処刑なんてされないだろうさ。いいよ、明日はボクも付き合うよ。それはともかく、なぜ馬から飛び降りた時に肩を痛めた事をボクに言わなかったんだ」

「大丈夫かなって思っていて。実際、そんなに大した怪我でもなかったと思います。ただの打ち身だったかと」


「だが痛みがあったのだろう?素人判断はおすすめできないな。変な傷め方をしていては、後になってひどい症状が出る事もある。見せてみろ」

「今はもう、痛くはないですよ」


「自分では見えないだろう?」


 そう言われてしまうと確かにそうなので、彼はソファーから立ち上がると、着ていたシャツを脱ぎながらピアのそばにより、膝をついて痛みのあった右肩を見せた。


「こちら側です」

「ふぅむ……打ち身の痕跡はあるが、昨日今日の怪我には見えなくなってるな」


 少年の細い肩に少し触れてみる。カートはそれがくすぐったくて、ビクリと動いてしまった。


「おっとすまん。もう着ていいぞ」


 カートがシャツを着直すその姿を見ながら、ピアは腕を組んだ。


「治癒魔法の痕跡がある。随分と親切な幽霊だな」

「怖いという感じは全くないけど、得体は知れない感じです。目撃されている不審人物というのは、多分アレの事だとは思うのですが」


 話を聞くだけでは、ピアにも全く見当がつかない。


「まぁ、とにかく明日だな。だが他のその三人はどうする?」

「もう一緒に行くとは、言わない気がします」


「しかし本当に、騎士団員の質は悪いな」

「彼等も、悪い人ではない……と思いたいです」


 向かいのソファーに座り直すカートを、ピアは見る。


「少年は、騎士でいる事をどう思っている?」


「まだよくわからないです。今は、他にやりたい事も特別ありませんし。ただ、団長の事は尊敬しているので、役に立てるようにはなりたいと思います」

「そうか……。正直なところ、国の今後を考えると、カートには騎士でいて欲しいとボクは思ってるよ」


「ピアさんは、城の方に戻られる事はないんですか?」

「ボクはもう城の魔導士としては役に立てないからね。この足はもう治らないし」


 特別、残念そうでもなく、むしろ良い言い訳になっていいという感じで、彼は軽く言うが。


「治らないんですか?」

「一応、色々試してはみたけどね。まぁ、不便は不便だけど。上手く歩けないからと言って、やれることがない訳ではないし」

「痛みは」

「無理をしなければね。少年、心配してくれているのか?」


 カートはじっとピアを見るが、もうその目が心配であると言っている様子。眉間にしわが出来ており苦しそうな眼差し。


「僕にできる事は、何でも言ってくださいね」

「頼もしいな」


 年若い彼にそれほど頼る事もないだろうがと思いつつ、笑って答えた。


 ピアは基本的に、他人が好きではない。親しいと言えるのは、騎士団長のヘイグぐらいであった。他の奴らは、馬鹿にしか見えず、付き合う時間すら惜しいとさえ感じてしまって。だが目の前の少年は、違う。


 親友同様に、気持ちよく付き合える相手のように思う。


「そういえば、団長とはご友人なんですよね。僕、まだピアさんがこちらに戻っている事を、伝えていないんです。実は、無事であることも言ってなくて」

「今のままでいい。言わずにいてくれて、ありがとう」


 少年が、自分の意図を汲んで行動してくれている事が有難かった。


「でも団長は……ピアさんを失ってしまったと思っているようで、時々とても辛そうに見えるんです……」


「まぁ、ヘイグはそうだろうな。でも秘密にしていて欲しい。あの襲撃は、ボクを狙っていたようにも思うし。生きてるとバレると色々面倒そうだ。ヘイグが言いふらすとは思えないが。とにかく、誰が糸を引いているか、わかってからだな」


「え!? 狙われてるって、命をですか」


「オルグの群れだなんて、殺す気満々だろう?」


 カートは、更にピアへの心配を深めた様子だ。あまり心配させすぎても良くないので、魔導士は話題を変える事にする。


「カートは、国の重鎮としては女王以外は誰と会った?」

「宰相閣下に、お会いしました」


 金髪の、貴族然とした人であった。頭の良い人という印象を少年は持っている。ただ、あの日あの後団長は、宰相にはなるべく近づかないように言った。もし宰相から、自分の望まぬ行為を要求されたら絶対に拒否するようにと。何の事かさっぱりわからなかったが、カートはその事を含め、ピアにすべて伝えた。


「ん-ー?」


 ピアは顎に手をやって、まじまじとカートを見る。そういう対象に見られかねない見た目を確かに少年はしているので、ヘイグの心配は一応、ピアには理解できた。宰相は裕福な貴族なのに未だ妻帯していない点は気になるが、そのような趣味の噂は聞いた事がない。


 少年時代のピアは彼から直接勉学を教わった事もあるが、そのような素振りは一切なかったし。

 その経験もあって、別の理由でカートに興味を持った可能性を捨ててはいけない気がした。


 だが。


「どうしました?」

「いや。なかなかお前は整った綺麗な顔をしているな、と。カートこそ、人形のように見えなくもない」


「えっ、いきなりなんですか」

「母親似だろうか?」

「いえ、髪色の瞳の色も、顔立ちも全く似ていないです。父親に似たのだろうと言われて育ちました」


「ヘイグは、お前が男に襲われないかを心配しているようだ」


 少年が唖然とした表情をしたので、ピアは思わず笑った。


「心配はいらないだろうが、それなりに魅力的である自覚は持った方がいいな。もう少し大人になったら、女性にかなりモテるかもしれない」


 笑いながらそう言われて、少年は困り果てた表情をした。顔立ちばかりはどうしようもないし、気を付けようがないからだ。


 女顔であるという事は昔からよく言われ、それが原因でちょっかいをかけられ虐められるきっかけになっていたことから、カートは正直なところ自分の顔は好きではない。自分を捨てたであろう父親に似ているとしたら、それも嫌であった。


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