第7話 調査三日目
「先輩」
「なんだ?」
アーノルドは、警戒心が溢れまくる返事をした。
立場も、見た目も、反応も、カートはとてもイジメがいがあったが、地下道の調査が始まってからは失態を何度も見られており、できれば一緒にいたくないという気分になっているようである。
「すみません、お願いがあって」
カートの
「本日の地下道の調査ですが、先輩たちは図書室で、過去に同様の事例がなかったか調べていただけませんか。僕は武骨者で、そういう調査は苦手だから、現地調査の方をやらせてください」
「なるほど。確かにそのような調査には知力がいるな。仕方ない、その面倒な作業は、俺達がやってやろう」
「流石アーノルド様! 庶民に書物の扱いは敷居が高いですもんね」
「大変な作業を買って出るとは流石!」
入口までは来たものの、地下道に行かなくてもいいという事になって安堵したのか、偉そうな態度が増長する。取り巻きのヨイショにも力が
「お願いします」
苦笑してしまいそうな表情を抑えて、とりあえずそれだけを言うと、今日は一人で地下道に降りて行く事になった。
いつものように松明で、ランプに火を着けていると、背後からぴょこんと少女人形が出て来た。
「おまえ、人の扱いが上手いな」
「酒場で、色んな人を見てきていますからね」
微笑を浮かべて、ランプを前に掲げるその姿が、逞しくも見える。
「さて行きますか」
とりあえずカートは昨日の出来事の場所まで歩みを進める事にし、ピアはてくてくとその後ろに付き従う。
落として割ったランプの痕跡のある場所までたどり着くと、一旦立ち止まって周囲を見渡した。
「今日は静かなものですね」
天井を見たり、壁に触れてみたりもしたが、何の
「この地下道ってどこまでつながっているんでしょう?」
「城から神殿までつながっていて、かつては避難経路でもあったようだ。このまま進んでいけば、地下墓地の方に出たと思う」
「墓地ですか。入っちゃって大丈夫なんでしょうか」
「幽霊なら、そっちの方が出るんじゃないか?」
ピアも幽霊の類はまったく恐怖を覚えないようで、むしろさっさと出て来いと言わんばかり。
更に奥に二人は進んで行くが、全くもって静かである。
「魔法の痕跡は、全く感じないな」
「今日は出ないのかな……」
ついに突き当りに扉が見えて、どうも神殿の地下墓地にたどり着いてしまったようだ。
カートはぐっと押して重い石の扉を開くと、引き続き暗い部屋が眼前に広がり、整然と並べられた棺が見えた。
「ここにあるのは、歴代女王の棺だよ」
少女人形はそう言いながら、ぴょこぴょこと弾むように先を進む。
「ん? なんだろう」
カートは右奥の方にうっすらとした明るさを感じ、そちらの方に足を向けた。先に進んでいたピアも、少年の声を聞いて引き返して来ると、彼に続く。
二人の眼前に、ひとつの棺に
明るい金髪と白いベールと、
「大丈夫ですか!?」
慌てて女性に駆け寄って、その肩に手をかける。
「女王陛下!?」
騎士の叙任の際、剣を手渡してくれた妖精のような女性で間違いない。
慌ててその細い肩に手をかけ軽くゆすると、長いまつ毛に縁どられた若草色の瞳が開かれた。
「あ、わたくし……」
カートはほっと息を吐く。
「陛下、どうなさいましたか」
「日課の、歴代の女王陛下にご挨拶にまわっていたのですが、疲れたのかしら……眠ってしまったようですわ。ごめんなさい、心配をかけてしまって。もしかして、探しに来てくださったのかしら」
「お戻りになられるなら、お供を致します」
失礼しますと声をかけつつ丁寧にその手を取ると、完璧なエスコートで女王を立ち上がらせる。
まだ少年であるのに、見事な騎士ぶりに、女性の顔が
「ああ、あなたは確かカートでしたか」
「はい」
美しくも愛らしい微笑みを受けて、少年は少し赤面してしまった。
それをピアは、目を薄くして見る。何か言いたそうだが、何も言わずにいるが、うずうずと一言ぐらいは発したい様子であったが、なんとか我慢する。
女王と騎士の二人は出口の階段方向に歩むが、ピアはついて行かない。カートが振りむくと少女人形と目が合ったが、ピアは仕草で「行け」と指示する。少年は頷くと、女王をエスコートして地下墓地から神殿に出る出口の方に向かって行った。
二人が地下墓地からいなくなったのを見計らい、先程までグリエルマがもたれていた棺の前まで進むと、よいしょと力を入れて、その蓋をずらした。
中は空であった。
手を口元にやって、しばらく考えていたが、蓋を戻す。
これは先代女王のアリグレイドの棺のはず。事故死したとされるが、直接の死因は非公開であったし、葬儀では棺が開かれる事もなかった。
そもそも死亡したとされる日よりも随分前から、部屋に閉じこもって全く姿を見せなくなっており、本当に亡くなったのは五年前なのであろうかという疑念が沸く。もっと以前に亡くなっていたのに伏せられていたとしても、おかしくはないのだ。
「……この国は本当に、秘密が多いな。秘密というか、あえて言わないというか」
金色の瞳を少し細めるだけで、人形の表情は変わらないが、口調には感情が乗る。
声には更に、侮蔑の意識が籠った。
「誰も疑問すら抱かず、調べようとも思わなかったって事か。どいつもこいつも、脳みそ入ってんのか? 少しはてめえの頭で考えろってんだ。何が精霊様だ」
それほどの長い時間を置かず、カートが戻って来る。
「お待たせしましたピアさん、何かありました?」
「いいや?」
「城の方に引き返してみますか」
「そうだな」
少女人形はまたぴょこぴょこと先に進む。
表情が変わらないが、なんとなくピアが怒っているような気がして。
「ピアさん、やっぱり何かあったのでは?」
「何もなかったから。……なさ過ぎてつまらん」
カートはピアの言葉に意味深な感じを得たが、彼がそれを自分だけのものにするつもりであることも同時に感じ、追及できなかった。
その日、マントは現れなかったので、ピアは先に帰宅する事にして、カートは城の中にいるはずのアーノルド達の元に向かう事にした。
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