マリオネットインテグレーター

MACK

第一章 精霊国ラザフォード

第1話 幼馴染たち


 高い山脈に三方を囲まれた、広い高原を主な領土とするラザフォード国。北方の帝国の侵攻も外交と高い山々を障壁に食い止め、戦乱とは無縁の牧歌的な風土。主な産業は牧羊で、青い空の下に万年雪の山脈、広い草原に家畜たちがのんびりと草を食む。


 双子の丘と呼ばれる場所に、こんもりとした森があった。

 王都のかたわらにあるこの森は、小高い丘を埋め尽くすようにある。


 王都から近い事もあり、薪を拾うなり散歩コースになっていたりと人々の暮らしに密着していて、魔物も出ず危険な獣もいない事から昔から子供達の遊び場としても使われていた。


 王都内の城の建つ丘と同じ高さ、同じ広さであるから、双子の丘と呼ばれているのだが、こちら側には中央付近に大きな岩場があってなかなかに険しく、なおかつ毒蛇の住処となっている事もあり、森の中にあって目印にはなるが、そこだけは危険だとされていた。岩場がなければ、こちらに城が建っていてもおかしくない立地ではあったのだが。


 古い木々で満ちる森は、鬱蒼うっそうとしそうなものだが、透けるような薄い葉の木ばかりなので、まるで硝子ドームの中のように明るく美しい新緑と光の世界になっている。


 光はキラキラちらちらと降って来る。


 季節は春。

 快晴の今日はひと際、その若葉が美しい。




「おいヘイグ、後ろのソレはなんだ」


 ボサボサの黒髪に猫のような金色の瞳の十歳の少年は、呆れるような口調で親友の後ろにいるを指差した。


「何って……親戚の女の子。グリエルマって言うんだ。先週からうちで預かってるんだ。可愛いだろ」


 乱雑な黒髪の少年とは対照的に、茶色のサラサラ髪を後ろで軽く結んだ貴公子然とした育ちの良さそうな少年は、彼の後ろにしがみつく明るい金髪の、二歳年下のおかっぱ頭の少女を見下ろしながら頭を撫でる。


 黒髪の少年は腕を前で組むと、思いっきり力を込めて二人に聞こえるように「ハァ」と演技じみた溜息をつく。


「あのさ、二人だけの秘密って言っただろう。何で連れて来るんだよ」

「しょうがないじゃないか、離れないんだよ」


 などと言いながらも愛おしそうな目線が語るように、ヘイグはしがみつく彼女を引き離す事が出来ないようでもあった。

 女の子はヘイグを盾にして、モジモジと黒髪の少年の方を上目遣いで見つめる。


 若草色の瞳はくりくりとして、少し潤んでいるせいか宝石のように森の光を受けてキラキラ輝き、黒髪の少年も一瞬見惚れてしまったが、軽く咳ばらいをして気を取り直す。


「しょうがないな、自己紹介しとくよ。ボクはピア。ピア・キッシュ。秘密基地は誰にも内緒。これだけは守れよ?」


 少女は若草色の瞳を更に煌めかせ、音が鳴りそうな勢いでコクコクと大きく頷いた。


 三人はまわりに人目がない事をしっかり確認し、這いつくばって茂みのトンネルをくぐる。そうやってたどり着いた岩場には、子供だけが通れそうな小さな穴があった。穴の先は真っ暗ではあるが、先頭を行くピアは慣れているようで、闇を気にせず進んで行った。


 ヘイグは先に幼い少女を行かせる事にしたが、漆黒の穴を見て不安気に彼女は振り返る。そんなグリエルマと目が合うと、褐色の瞳を細めてニッコリと笑う。


「大丈夫だよ、ピアについていって」


 少女は頷くと、勇気を出してもぞもぞと穴に入って行った。



 暗いトンネルをくぐり抜けると、森の中でもとりわけ美しい場所に出て、少女は夢の世界に迷い込んだかのように口を開けて呆けた顔をする。

 彼女は貧しい男爵家の一人娘で、小さな家と狭い庭だけが遊び場だったから、ぱっと開けた広い平地に薄い緑の屋根を持つこの場所は、別世界にしか見えなかった。


 苔むした石積みには、美しい彫刻が砕けて転がっていたり、過去には建物があったような痕跡が多く残るが、彼等にはそれが何かはわからない。険しい岩場に囲まれ、上部を覆い隠すように木の枝が張り出し、誰にも知られず存在するひっそりとした場所。


 緑に包まれた古い遺跡の事を今は誰も覚えていないようで、大人達の口からも、森の中にこのような場所があるなど話題になった事もなく。

 岩場は反り返り、あの穴を抜けないと壁をよじ登って外に出るという事は難しい。また噂通り、岩場の上は毒蛇の巣でもあった。



「こんな場所を見つけるなんて、ピアのサボり癖も役に立つ事もある」

「サボりって言うなよ。あんな紙の上の勉強で何がわかるっていうんだ」


 ピアは現在の宮廷魔導士を務める家の次男であったのだが、座学の勉強が好きではなく、事あるごとに抜け出して森に隠れていたのだ。家庭教師から逃げまわってるときに偶然この場所を見つけた。


 グリエルマは隠された緑の遺跡の美しさが心底気に入ったようで、上を見て下を見て左右を見てを繰り返し、キョロキョロし続ける。


「落着きがないな、あの女。ネズミかよ」

「言い方っ」


 口の悪い親友を笑いながらたしなめるが、黒髪の少年はお構いなしだ。ヘイグは少し、呆れたような口調になる。


「ピアもさ、将来は魔導士として城仕えなんだろ? その口の悪さはどうにかした方がいいぞ」


 むむぅと、ピアはわずかに口をとがらせる。


「ボクはそんなものに興味ないし、宮廷魔導士は兄貴が継ぐからさ。ヘイグは騎士になるんだっけ?」

「うん、騎士団に入るよ」

「向いてるとは思うけど」


 ちらっと猫のような金色の瞳を、木洩れ日に夢中な少女に向ける。


「あのお姫様を、今、守らなくてもいいのか?」

「え?」


 ヘイグが少女に目を向けた瞬間、彼女は彫刻につまづいて豪快に転倒し、頭から地面に突っ込んだ。ピアはそれを予測していたようでやれやれといった表情をしたが、ヘイグは全く思いもよらなかったようで慌てて彼女に駆け寄った。


「グリエルマ!」

「ふえ……」


 長い睫毛に縁どられた目に一気に涙が溜まる。ああこれは泣くな、という感じだったが、ピアが面倒くさそうに近づいてきて真っ赤になった少女の額に手を当てた。


「本当に、女は面倒くさいな」


 呪文を唱える代わりに、そんな台詞を吐き捨てた。彼が手を離した時には、真っ赤になっていたおでこは元の肌の色に戻っている。


 少女は痛みが無くなった事におどろいて、両手で自分の額を何度も撫でまわした。


「ヘイグお兄ちゃん、今の何?」

「治癒の魔法だね、すごい適当だったけど」


 ヘイグは苦笑して、親友の顔を見る。


 その時にはすでに別の物に興味が移ったようで、彼は少女も親友も見てはいなかった。ピアは気まぐれで、まさに猫のような少年。

 ヘイグはグリエルマの両脇に手を入れて立たせ、スカートの汚れを払いながら残念そうに言う。


「俺、もうここには来れないかもだ」

「ん? 何で」


 ピアがヘイグに顔を向けた。


「急に背が伸びて、あの穴をくぐるのがきつくなってる」

「ああ、そうか。おまえすごく体格がいいもんな。剣の鍛錬も始まるだろうし」

「ピアだってもう、勉強から逃げまわってはいられないだろ? ヴィットリオ宰相閣下が直々に、おまえに勉強を教えたいって言ってるって話じゃないか。さすがにそれはサボれないだろ」

「まぁね」


 三人は今日が最後だと思うと名残惜しくなり、周囲をゆっくりと散策し、探索をした。


 昼食の時間が近づいて、流石にそろそろ帰らないと家の者が探しに来てしまいそうだったので帰途につくことにする。

 帰りもピアが先頭で、グリエルマが続き、ヘイグが最後。


 去り際にヘイグが、この美しい場所に不釣り合いに見える艶々した黒い石を見つけた。


「ん? なんだろ、黒曜石にしては……?」


 思わず拾って、見てみる。透けるようで透けない、不思議な質感。


「お兄ちゃん~」


 穴の奥から、泣き出しそうなグリエルマの声が聞こえ、慌ててヘイグは黒い石をポケットに突っ込むと、急いで少女の後を追った。


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