第3話 地下道の報告


 報告を終え、鼻高々に帰途につくアーノルドと取り巻き達を廊下でカートが見送っていると、後ろからヘイグが声をかけて来た。


「すまないが、お前からも報告が聞きたい」


 少し、困ったような表情である。


「あ、はい」


 騎士団長への報告は随分と大仰に伝えられたようで、しかも主にアーノルドがいかに活躍したかという点に、重点がおかれた様子だった。かなり盛って盛って盛りまくり、とにかく自分は大活躍をしてしまいました、という報告のようで。


 全くもって不審人物についての詳細ではなかったので、ヘイグは頭を抱えたのだが、アーノルド達はそんな騎士団長の頭痛に耐えるかのような様子にすら、気づかなかったという。


 こうなるともう、この最年少の新人騎士に頼るしかない。


「カートの感触ではどうだった?」

「幽霊がどういうものかはわかりませんが、手ごたえがなくて、まるで幻のような感じでした」

「実体はない?」

「足音はしないけども衣擦れの音がした辺り、完全に無実体という訳でもないように感じましたが。まだ初日なので、具体的な報告は難しいです」

「なるほど」


 豪胆かつ慎重、そして冷静なこの少年に、ヘイグは得難い人材を手に入れたと実感した。


 五年前の女王選定の儀の事件も、騎士団員が騎士らしく、それなりの戦闘力を有していれば、被害は最小限であったと思う。あの時は、女王候補達を守るべき騎士団員が真っ先に浮足立ち、我さきに逃げ出す有様だった。何のための警備だったというのか。まさに雁首だけを並べていたという感じである。


 保身と見栄だけの貴族の子弟ばかりでもないが、有事の際はとても心もとない。長く続く平穏が、この国の防衛力を随分と緩ませてしまった。


 今ここで他国と戦争などが起ころうものなら、果たして国を護れるだろうか。


 あれほどの被害が出る出来事であったのに、精霊はそれに備えろという言葉を出していなかったあたり、万能ではないのだ。本来なら当時の騎士団長……ヘイグの父が精霊の言葉なくとも、団員を引き締めておくべきであったのだ。


 その父もあの襲撃時に亡くなっているので、なんともやりきれない気持ちがヘイグにはある。


 目の前にいるこの少年は性格も良く、騎士としても優秀である。周囲が、貴族ではない彼の命令を聞くかどうかが問題ではあるが、アーノルド等をすでに上手く扱っているようでもあるので、成長するにしたがって、その辺りも心配いらなくなるのではないかと思えた。


「カートは、幽霊のたぐいは怖くないのか?」

「……人間の方が、怖いと思う事の方が多いです」


 少しうつむく様子を見せた少年の肩に、ヘイグは手を置いた。驚いたカートは、再び顔を上げて騎士団長の顔を見る。


「カートは、人の心の機微に敏感なんだな。良い事ではあるが」

「欠点でもある、という事でしょうか」

「いや、心配な要素というだけだな。傷つく機会が多くなってしまう」

「強くありたいと、思います」


 心からそう思っているようで、強い眼差し向けて来る。だが真っすぐ過ぎて、折れてしまいそうな所が危うく見えるのだ。彼を支える物があるなら、このまま真っすぐに育ってくれた方が良くはあるのだが。



 この信頼関係を築く空気感を中断させるように、不意に団長室の扉を叩く音がした。


 ヘイグはカートの肩から手を離すと、入室の許可を出す。

 少年はすっと壁際に寄って、来客の邪魔をしない。このように場の空気と、状況に沿った行動が出来る心遣いが、とにかくカートは優秀なのだ。


 入室して来たのは四十代前半。金髪を中央で左右に分けて、顎に髭を丁寧に蓄えたアイスブルーの瞳の男。地位の高い貴族らしい出で立ち。


 ヘイグも最大の礼をして迎えてみせた。


「これは宰相閣下。このような場所にご足労いただくとは」

「白い塔の件について、聞きたい事があってな」


 そう言いながら宰相は、壁際に見慣れない一人の少年騎士が控えている事に気が付いた。落ち着いた気配と雰囲気で、彼が目立つ容姿でなければに気づかなかった程に、静かに立っているのが印象的で。


「ん? 彼は」

「先日叙任された、新たな騎士団員です」


 宰相はカートを見て、わずかに目を細める。カートは視線を受けた事に気付き、完璧な敬礼をする。優雅で見事な立ち振る舞い。


 精霊の言付けを女王から常に受けているはずの宰相が、精霊の指示で騎士に叙任されたカートを知らなかった事に、ヘイグは疑問を持った。


 訝し気に見るヘイグに構わず宰相が少年の前まで歩み寄ったので、カートは姿勢を改めて正す。

 

「先日、騎士の叙任を受けましたカート・サージアントと申します」

「私は宰相のヴィットリオ・バイレッティだ」


 宰相は無言で、少年の頬に手を添える。


 金茶の髪に、澄んだ青い瞳。そしてまだ若干の幼さの残る顔立ちで、華奢で小柄な体格。眉だけはしっかりと凛々し気な所が、唯一の男の子らしいところであった。


 カートは整った顔立ちの少年であるので、もしや宰相にはそちらの興味があるのかとヘイグが思ってしまった程、その触れ方が優しく、愛おし気で、……意味深である。


「……良い目をしている。素晴らしい騎士になりそうだ」


 宰相は手を離すと、騎士団長に向き直った。ヘイグの勘だが、少年を宰相のそばにいさせない方が良いように思え、彼を退出させることにした。宰相の趣味嗜好はわからないが、目を付けられたのではないかという気がして。


「そうだ、忘れていた。カート、武器庫の目録を揃えて来てもらえるか」

「はい!」


 ぱっと敬礼をし、宰相にも会釈をして少年騎士は団長室を後にした。

 それを二人は見送ったが、その見送る宰相の目を見て、ヘイグは退出させたことが正解だったと知る。愛おしいものを見る眼差し。


 カートは人の心の機微に敏感だ。そしてやたらと空気を読んで、場の雰囲気の維持に努めるようなところがある。意に沿わぬ命令をされても、従ってしまうかもしれないのだ。


 なるべく会わせないようにしようと、騎士団長は心に硬く誓う。


「宰相閣下、塔の件でしたね」

「あ、ああ。そうだ」


 逡巡する心のままに扉を見つめていたヴィットリオは、我に返ったように用件を話はじめた。


「塔の蔵書はどうなったのだろうかと」

「現在、正式な調査隊が向かっている所ではありますが、一番最初の報告では全焼と聞いております。残念な事ですが」

「そうか。……あそこにいた魔導士は?」


 その言葉を聞いたヘイグの顔に、沈痛な思いが宿る。塔にいた魔導士は、幼い頃からの親友ピアである。


「そちらも現在のところ、生存者なしという報告を受けています。あらためて、調査隊の捜索結果の報告を待つしかありません」

「なるほど、とりあえずは調査報告待ちか」


 そう言いながら、ヴィットリオは表情を完全に消していた。


 ヘイグはその反応を、どう捉えればいいか考える。宰相という仕事は、この国においては精霊の声を聞いた女王から、その言葉を受け取り、国民に知らせるという役目である。しかしこのヴィットリオは、先代女王の時からそれ以外の行動が多いように思える。


 私利私欲に走り、悪い事をしているという訳ではなく、すべて国のためになっている事ではある。だから問題だとは思っていなかったが、精霊の言葉が徐々に歪みを帯びて伝えられてきているような気もして。


 これまで平穏とその維持を目的としていた精霊の指示が、徐々に国力増強の方に向かっているような。


 用件を聞き終え立ち去る宰相の後ろ姿に、ヘイグは警戒心を持った。


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