第2話 不審者


 四人は、城の地下道に向かって歩みを進める。地下牢にもつながるその通路は、幽霊が出るという噂もあって、アーノルドは城の中では先陣を切って歩いていたのに、地下道の入り口に至った途端、カートを先頭に立てる。


 そして最後尾も怖いらしく、嫌がる素振りを見せる取り巻きにしんがりを任せ、中央に陣取った。


「お前は露払いの役目だ、心せよ!」等と、カートに偉そうに言いながら。


 これには青い瞳の少年騎士も、苦笑を隠せない。


「とりあえず今日は初日ですから、ぐるっとまわるルートで構いませんか、先輩」

「うむ、そうしよう、っていうか俺が隊長だからな! 仕切るなよ?」

「わかりました、指揮をお願いします」


 こうは答えたものの、アーノルドの指揮に従っていては余計な怪我すらしてしまいそうだったので、無視する前提の口だけのセリフであった。


 わずかな付き合いであるが、カートはもうアーノルドの性格を把握している。


 暗い通路だったので、カートは入口の壁に設置されていた松明の火を持っていたランプに移し掲げた。これでやっと五歩ぐらい先が見える。


 幅は三人が並んで歩ける程度であろうか。


 元々は洞窟だった場所を利用しており、城を建てる際に土台の補強を兼ねて地下道に加工したとかで、順路がなかなか複雑になっている。


 小部屋が多くあり、主な用途は倉庫。一部は牢として囚人の収容にも使われているが、用事もないのに立ち入る者は基本的にいない。

 地下という事で湿度も温度も一定に保たれており、外に比べると若干ひんやりとした空気が満ちていた。


「ランプ一つというのは、心もとなくないか?」


 恐る恐るアーノルドは言う。先ほどまでの勢いは何処へやら、虚勢を張る事すらできずに気弱な声になっている。

 そう思うなら、自分達もランプを持ってくればいいのに、三人は当然のように手ぶらであった。


「この松明を借りていきましょう」


 後方の二人がそれを聞いて、壁に掲げられた松明を外してそれぞれが持った。より明るくなって、アーノルドは心底ほっとした顔をする。ここまでわかりやすいと、いっそ清々しい。


「不審人物の話はいつ頃からなんでしょう」

「そうか、おまえはまだ入団前になるんだな」


 アーノルドは先輩風を吹かせるチャンスとばかりに語り出したが、実はそれほど知らなくて、早々に後ろの取り巻き達に助けを求めた。


「ええと、最初は地下牢の看守がこの通路の、曲がり角に消えて行く紺色のマントの端を見かけた、というのがはじまりだったかと」


 細身の少年が、思い出しながら言う。


「最初は見間違いでは? っていう話だったけど、地下の倉庫に行こうとした下働きも、マント姿の後ろ姿を見たと。まるで魔導士のようだったから……五年前に処刑された宮廷魔導士が、幽霊になって出て来てるんじゃないかって……」


 と、太目の少年が少し怖い話の方向に触れてしまい、アーノルドは前を行くカートの、ほぼ真後ろを歩き、彼を露骨に盾にしはじめた。


 その状態で、前を行く少年が急に足を止めたので、金髪巻き毛の臆病な少年は、カートにぶつかってしまう。身長はアーノルドの方が指三本分程は高かったが、びくびくと前屈みだったので、顔を背中にぶつける感じで。


「おいこら、急に止まるな!」

「今、衣擦れの音がしませんでしたか?」

「え?」


 四人は立ち止まり、耳を澄ます。


 ピチャン、ピチャンと、どこかで水滴が落ちる音がする。


 その音に混じり、スッスッという軽い音。床についたマントを引きずっているような音ではあるが、カートは気づいた。


「足音がしませんね」

「まさか、本当に幽霊……?」


 取り巻きの太っちょの少年が真っ蒼な顔をして呟やき、アーノルドからはヒュッと息を呑む音がした。

 カートは少し考えてから振り返ると、持っていたランプをアーノルドに無言で預け、再度前に向き直り、剣の柄に手をかけた。


「お、おい。行くのか?」

「え? だって不審人物の調査でしょう? 今、そこにいるかもしれないのに、放置というわけにはいかないです。せめて正体を」


「いやいやいや、おまえそんな、本当に幽霊だったりしたら剣なんてきかないし」


「襲われた人はいない、という話ですから」


 そう言うと、カートはまっすぐ暗闇に目を向け、音のする方に向かって歩みを進めはじめた。


 その後ろを、三人が恐る恐るついていく。明らかに幽霊を怖がっていないカートを一人、自分達の見えない所に行かせるのも怖い、自分達が直接行くのも怖いという板挟みのまま。


 カートの目に、紺色のマントの後ろ姿が見えた、と同時に、彼は駆けだして剣を抜く。長めの剣だが、カートは器用に鞘を引いて、すんなり抜いて見せた。


「おっおい!!」


 慌ててアーノルドが叫ぶ。

 カートの一閃はマントをとらえたが、斬り裂かれたはずのマントは散り散りになって、闇に溶けるように消えた。手ごたえは一切ない。


「いきなり切りつけて、ひ、人だったらどうするんだよ!」

「アーノルド様! 不審人物であれば、間違いなく犯罪者ですよ、無許可で城の地下を徘徊しているのだから、いきなり切り捨てられても文句は言えません」


 こそこそと、細身の少年が耳打ちする。


「人じゃなかったみたいです」


 カートは剣を鞘に納めながら引き返して来た。


「えっ、じゃあ幽霊……」


 青い瞳の少年騎士を除く三人が、真っ蒼な顔になった。ガクガクぶるぶる震えて、どう見てもこれより先に進む事は出来なさそうで。アーノルドに預けていたランプをその震える手から、預けた時と同様に無言で回収すると、それを掲げ、再度周囲を確認してみる。


 静かで、何も見当たらない。


「一旦引き返して、報告しましょう。先輩、代表者としてお願いできますか?」


 リーダー扱いされて、アーノルドが元気を幾分取り戻す。


「そ、そうだな! 一部始終を見ていたこの俺様が、完璧な報告をしてやろうじゃないか!」


 大股で、元来た道を引き返していく。


 カートは立ち止まり、もう一度後ろを振り返る。

 そして再び目を凝らすが、そこには冷たい暗闇が横たわるのみ。


 カートが後ろについて来ていない事に気付き、アーノルドがちょっと慌てた声で叫ぶ。


「こらしんがり! ちゃんと後ろをついて歩け」


 苦笑して、アーノルドの後ろを守るようにカートも引き返した。


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