第三章 地下道の影
第1話 少女人形と
朝食を二人で食べて、カートはその後片付けを手慣れた様子で終えると、身支度をさっと整えて城に出る準備を終えた。
細身で華奢なカートでも、カチッとした型が出来ている騎士団の制服を身にまとうと、それなりにしっかりした少年らしい体型に見える。
金茶の髪に緑の制服は、色のバランスも良く、彼をより凛々しく見せる効果もあるようだ。
「そろそろ出ますね」
「ちょっと待っててくれ、少年」
ピアはソファーに座り、少女の人形を向かい合うように膝に乗せて、額と額を合わせ、呪文を唱え始める。それを少年騎士が見守っていると、
ぴょんと男の膝の上から飛び降りると、目を閉じたままのピアをそっと横たえ、両手を組ませると丁寧に毛布をかける。
横たわったピアは微動だにせず、呼吸もしていないようで胸の上下すらない。完全に固まっていて、そこだけ時間が止まって見えた。
少年は何が起こったのかわからず、茫然と立ち尽くしていると、少女人形は気にもとめず、明るい口調で声を出す。
「行こうか、少年」
「えっ!? ピアさんなんですか!?」
少女人形は少女らしい声と仕草で、少し首を傾げた。口調はピアそのものだから不思議な感じがする。
「そう、ボクだよ。今日は一緒に城に行く。こういう風に使う事もあるから、本物のように作ってあるのさ。さすがに呼吸はしていないが」
「城に行って大丈夫なんですか?」
「この姿を見て、ボクだと思う者もいないだろうし、人形だとは見破られはしないさ。おまえだって気付かなかったろう?」
「え、でも僕、どういう理由で連れていけば……」
「妹とでも言っておけ」
妹を連れて出仕って、それもどうなんだろうと思ったが、ピアがさっさと玄関に行ってしまったので、カートはなるようになるかと少女人形と共に馬に乗り、城に向かう事になった。
ピアの入った少女人形を乗せて、城に向かって馬を進めている途中。
「あっ、カート!?」
街中の何処かから自分の名を叫ぶ声がしたので、少年はきょろきょろと顔を周囲に向けた。彼の青い瞳が赤毛の同年代の少年を見つけ出すと、パッと馬を降り、馬を引いて笑顔で駆け寄った。
「ジオ! おはよう。久しぶりだねっ」
ジオと呼ばれた少年は、嬉し気にカートが駆け寄って来た事を、喜んで迎える様子ではなかったのが、ピアには気になった。どことなく、気まずそうで。
そして彼はカートの騎士団員の制服姿を、思わせぶりな視線で足元から数度繰り返して見る。
「噂には聞いていたけど……本当に、騎士になったんだな」
「あ、うん……」
「なんだよ、ずるいよ。何でおまえだけが」
「僕もわからなくて。でも叙任されたからには頑張らないと……」
「早く行けよ」
「ジオ……」
「あーあ、どんなズルをしたんだろうなっ」
嫌味ったらしく吐き捨てて、赤毛の少年は走り去って行き、カートは立ち尽くすしかなかった。表情が
「なんなんだ、あいつ」
「友達……だと思います。兵士になるための訓練所で、仲良くなって。同じ年だけど、商店をやってる実家の手伝いで、あの年でもう、仕入れなんかもやっていて」
「ふぅん?」
「でも、お兄さんが店を継ぐのが決まって、兵士になる事になって……」
赤毛の少年の心情を察して、カートの声が少しずつ、か細く消え入ってしまったが、気を取り直したように、ぱっと笑顔を少女人形に向けた。それがとても、無理をしているように見えて。
庶民なのに騎士となり、城の中でも外でも、”身分”を原因とする理由で風当りがきついとなると。本人の努力でどうにかなる類でもなく、ピアの目には少年が、なんとか気持ちを受け流そうと努力しているように思えた。心の負担が心配になる。
「行きましょうか」
あえて明るい口調の少年に、ピアはそれ以上何も言えない。
城に到着し、門番の兵も少女を乗せている事を咎めなかったので、そのまま馬を進め厩舎まで。馬を預けると、ピアはまわりをキョロキョロしはじめた。
「適当にうろついてるから、帰りの時間にここで合流しよう」
「適当にうろつくって、見つかったら警備兵に捕まっちゃいますよ」
「大丈夫、大丈夫」
そう軽く言うと、ぴょんぴょんと石積みを飛び越えて、何処かにあっという間に行ってしまった。
「大丈夫かな。随分と行動的だけども、魔導士ってあんな感じなんだっけ?」
魔導士は今まで身近にいなかったのでよくは知らないが、学問を修めるために本を抱えて部屋に籠ってるイメージがあった。
実際のところ、それが一般的だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
騎士団長を前に、十人の二十歳以下の騎士が集められ整列しており、彼らを前にヘイグは重々しく、呼び出した理由を説明しはじめた。
「先月より、地下道にて不審人物の目撃情報が相次いでおり、騎士団の方で調査を行う事となった。誰かが襲われたという類の案件ではないから、危険度は低いと思うが、誰ぞ立候補する者はいるか」
すっと手を挙げ、堂々と、アーノルドが胸を張って前に進み出た。
「このデルトモント公爵家のアーノルドが、その重要な任務を無事にやり遂げてみせましょう」
明らかに、”危険度は低い”という言葉に反応しての立候補でありそうだと、カートは思ったが、口にも出さず、表情にも出さない。
「私も参ります!」
「アーノルド様とぜひ自分も」
いつもアーノルドの後ろについてまわっている細身の少年と、太目の少年が前に進み出た。
ヘイグは
「他には!?」
「僭越ながら、新人にも経験を積ませるべきではないかと思います」
ニヤニヤといやらしい笑いをしながら、アーノルドはカートに目線を向ける。自分の実力を見せ付けたいのか、組んでイジメのきっかけを作りたいのか、彼を推挙した理由に
「僕も参加します」
「ではこの四人に命ずる。地下道に赴き、不審人物の調査を本日より五日間かけて行う事」
全員が礼をし、下がった。
「では残りの者で、白い塔の魔物襲撃の調査隊を編成する。こちらは一般兵がつくので、指揮者としての手腕も見せてもらいたい!」
「えっ」
アーノルドは明らかにそちらの方が目立ってカッコイイと思ったらしく、あからさまに「しまった!」と言う顔をすると、慌てて団長に変更を申し出ようという様子を見せたが、ヘイグはそれを無視し、任命作業を続けた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ピアはぴょこぴょこと身軽に、警備兵の巡回を掻い潜り、城の中を進んでいた。
――警備もゆるゆるだな。侵入し放題じゃないか。
警備が強化されるのは、精霊様が「警備を強化しなさい」と言葉を発した時であろうと思うと、失笑が漏れる。
難なくかつて宮廷魔導士の部屋だった場所にたどり着くと、すっと扉を開いて滑り込んで行く。
宮廷魔導士が処刑されて五年。その後この部屋を利用する者はおらず、あのころのまま埃が積もっている有様だったが、ピアは僅かな違和感を感じた。
――書棚が荒らされてるな。何かを探したのか。
引き出しから国内の魔導士の名簿を取り出すと、この部屋に来る前に拝借して来た最近の事件簿と照らし合わしていく。
――魔導士が随分、いなくなっているな……。
魔物に襲われて行方不明、というものだけでもかなりの件数である。
魔導士と言っても実力に差があり得意分野もそれぞれなので、一般の人々と自己防衛力でいえばあまり変わらない。
学者タイプだと、運動神経がイマイチな者もいるだろうが、それでも魔物による被害が多く、ここまで続くであろうかと。
ピアも危うく、その一人になりかけていたし。
魔物に連れ去られては生存は絶望的で、おそらく死亡したであろうという記録が付けられている。
少女人形は、中に入っている男と同様の癖で目を細め、顎に手をもっていく考える仕草をしながらそれを眺める。
極めつけはその魔物を操ったとして、魔導士が処刑されているのだ。魔法を悪用しての事件はかねてより罪が重い。特殊な能力であるだけに、悪用を許さないという抑止力を狙っての理由でもある。
それだけに、ライバルを魔法で操った魔物を使って襲わせた、というのはおかしい。そんな面倒な事をわざわざする魔導士がいるとは、ピアには思えない。
――ライバルを蹴落とすなら、もっと他に、方法はあるからな。魔法を使わずとも。
物騒な事を考えつつ、名簿を閉じると引き出しに戻す。
腕を組み、部屋の中で立ち尽くしたまま、考えに沈んだ。
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