第8話 魔導士の家


 もう随分と人の手の入っていない家はすっかり荒れているだろうと覚悟していたが、庭はきちんと整備され家の外壁に蔦もなく、きちんとしたものだった。


「廃屋にするわけにもいかないから、外回りだけはきちんと定期的に人を入れておいたんだけども、家の中は五年間放置していたから、埃がすごいかもしれないな。覚悟しておいてくれ」


 ピアはそう言いながら、馬車からゆっくりと降りて来る。その手をカートが取り降りる手助けをするのだが、その動きがあまりにも自然で丁寧だったから、こんな気遣いを何処で学んだのか魔導士はとても気になった。


「何でおまえはこんなに、礼儀作法がしっかりしているんだ」

「母に叩き込まれたんですよ。母はもともと城仕えで」


 微笑みと共に少年騎士は言う。


「彼女は僕が下ろしますね」


 カートは馬車の中に入ると、中で座っていた少女人形を抱き上げて降りて来る。


 未だにカートは人形を人形として扱えず、まるで生きた人間のように言ってしまっているのだが、それに関してもピアは少年を好意的に思う。


 その他の荷物も、カートが全て下ろし、馬車には帰ってもらった。


 ピアが玄関の鍵を開け中に入って行ったので、カートは少女人形をまず抱えてその後に続く。家に入ってすぐの玄関脇の椅子に座らせて、外に置いた残りの荷物も玄関に運び込んだ。


「家具には布をかけておいたから、それほどは汚れていなかったか」


 大きな屋敷というわけでもないが、ハーブの植えられた庭もある二階建てで、上階には四部屋あり一階は台所とリビング、洗面所と風呂場という感じの家であった。リビングの脇には小部屋があって、そこは書庫になっている。どこも必要最小限の家具しかないが、それがむしろ生活がしやすそうに思えた。


 どうやらピアは綺麗好きな様子。ただ、几帳面ではないようで、本棚の書籍の高さや種類は揃えられてはいない。

 でもそんなところにカートは親しみが沸く。


「一階にベッドを下ろしましょうか?」


 足の不自由なピアに階段の上り下りは辛いだろうと、カートは提案してみる。


「リビングのソファーがベッドになるから、このままでいいよ。お前は二階の好きな部屋を使ってくれ」

「はい。じゃあ一番手前の部屋をお借りしますね」


 カートはテキパキとリネン類を確認し、まずは自分ではなくピアの寝床を整える所から始めた。寝床の準備が整うと、彼はキッチンの方も簡単に掃除をする。


「長旅で疲れてるのに、そんなに働かなくても」

「お茶ぐらいは淹れられるようにしておかないと」


 軽やかな笑顔を見せて彼は手慣れた様子で湯をわかし、荷物から出した茶葉でお茶を淹れ、ソファーに座る魔導士の前に置いた。


「家にはいてもらうが、使用人としてこき使うつもりではないのだが」

「好きでやってるので、気にしないでください」


 そう言いながら玄関脇に座らせていた少女の人形を抱え、ピアの対面のソファーに座らせる。


「この子に名前はないんですか?」

「流石に、名前を付けて愛でる趣味はないかなぁ」


 ピアは金色の目を細めて笑ってみせた。


 人形は目を閉じているが本当に生きているようで、今はただ眠っているだけにしか見えない。


 名前がついていてもおかしくないように思えるのだが。


 長い睫毛に白い肌。当然だが、まさに美少女である。ちょっぴり釣り目の気が強そうな感じも、幼い顔立ちにはよく似合っている気がして。

 

「僕、これから城の方に行って、塔の事を報告してきます」

「もう明日でいいのでは?」

「急いだほうがいいと思いますし」


 若いせいか少年はあまり疲れた表情をしてはいないが、旅慣れていない彼が野宿をしたり今しがたまで家を整える作業もしていたのだ。疲れていないはずはない。


 しかし責任感の塊のような頑固さも見てとれて、少々引き留めた所で、言う事を聞くとも思えなかった。


「わかった、行って来てくれ」

「なるべく早く戻りますが、ピアさんも長時間の移動でしたし、僕の帰りを待たずに先に休んでてくださいね」


 優し気な気遣いを見せて少年は外に出ると、玄関前につないだ馬の首を撫でる。


「カルディアも休ませてあげたいのだけど、城までがんばってくれるかな?」

 

 黒馬は全く問題ない、という感じで鼻を鳴らした。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 カートは城につくと、直接騎士団長の部屋に向かった。

 ノックをし、許可を得て入り、入口でいったん立ち止まる。


「カート・サージアント戻りました。報告がございます」

「こちらへ」

「はい」


 騎士団長ヘイグの許可を得て、そのそばに寄る。こういう所も古い騎士の作法だった。


「白い塔が魔物の襲撃に合い、申し付けられていた妖精の小瓶の入手が叶いませんでした、申し訳ございません」

「魔物の襲撃だと?」

「はい、大量のオルグが群れで、塔を襲ったとのことです。塔は崩壊し、火が放たれたようで、書物の類はすべて焼失していました」


 思わぬ報告に顔色を変えたヘイグは、カートにその内容の更に詳しい話を促す。カートは見聞きした情報のすべてを、事細かに騎士団長に伝え終えた。それほどわかっている事は多くはないが。


「なるほど……カートがその襲撃に居合わせなくて本当に良かった」

「自分が到着した時には、すべてが終わった後で」

「生き残りは、いたであろうか?」


 カートはピアが自身の生存を公にしたくなさそうだったことを思い出してしまい、ヘイグに対して正確な報告は躊躇してしまった。


「自分はその惨状を見て動転してしまい、申し訳ありません。急ぎ戻って報告をしなければと思ってしまい、生存者の捜索は行いませんでした……」

「そうか」


 若い新人騎士である彼にそこまでの行動を期待するのは流石に無理があると思ったらしく、ヘイグはその説明で納得した。調査はまた改めてやるべきであろう。


「とにかくカートが無事でよかった、今日はもう休んでくれ。とは言うものの、また宿直室であろうか? あそこではゆっくり休めないだろう?」

「王都の外れに家を持つ友人が、部屋を貸してくれることになりまして。今夜からそちらにお世話になります」

「ああ、それは良かった」


 ヘイグはずっと、カートの境遇について気を揉んでいたから、住処を得たというのは朗報であった。

 場合によっては、特別扱いになってはしまうが、最終手段として自分の家にとまで思っていたのだ。


 カートは宿直室に置いていた私物を引き上げ、厩舎に向かう。


 厩舎管理の老人が帰宅前の清掃をしていたので、無事に戻った事を報告した。


「教えていただいた事が、とても役立ちました。ありがとうございます」

「遠出だったのに、無事でよかった」


 少年は出発前より、少し逞しくなって見える。


 この年代の男の子は日々成長していくから、この厩舎の老人も彼の成長が楽しみになっている様子で目を細めていると黒馬が自分も褒めろと言わんばかりに蹄を鳴らして催促した。


「カルディアもお疲れ」


 馬は久々の遠出でストレスを解消できたのか、かつてはバッカスに向けても荒々しい様子を見せていたのだが、この日は大人しく、誇らしげに首を撫でさせた。


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