第7話 帰途

 馬車の中で黒髪の魔導士は、目を閉じた人形の少女を膝上で横抱きにしている。


 今日の彼女は戦闘装束ではなく、普通の村娘のような質素だが可愛らしい女の子の装いだった。


 少女人形が回収して来た小箱の中には凝った意匠の指輪があり、彼は右手の薬指にめるとそれをしばし眺めていたが、フッと鼻で笑って包帯を巻いて隠した。


 それから馬車のかたわらに馬を添わせて進む少年に、窓越しに声をかける。


「少年の家は何処なんだ?」

「僕は今、住む所がなくて。お恥ずかしい事ですが、城の宿直室で寝泊まりをさせてもらっています」

「え!? おまえはまだ十五歳だろう、親はどうしたんだ」


 驚くピアに、少年騎士は青い瞳を伏せがちになる。


「父は生まれた時からいませんでしたし、母は僕が十四歳の時に亡くなりました。母の働いていた酒場の二階に住まわせてもらっていたのですが、十五歳で騎士に叙任されたのを機に、部屋を出ました。もう酒場の手伝いも出来なくなるのに、いつまでも住まわせてもらう訳にはいかなくて」


「そうなのか……大変だったな」


 ピアは目線を人形に戻す。少女人形は眠っている女の子、といった風情だ。


 それを見ながらしばし考えている様子だったが、意を決したように少年に向き直った。少し窓から身を乗り出す。


「カート、うちに住め」

「え!?」

「いつまでも宿直室では外聞も悪いし、どうせボクも一人きりだしな。部屋も余ってるし丁度いいだろう。それに……」


「それに?」


 急に彼が口ごもったので、カートはつい催促をするように反芻してしまった。


「ボクの父と兄は国への反逆者として、精霊に直接、処刑されていてね。今はあまり評判のいい家系じゃないんだ。これから行く家は、ボク個人が実験をするために所有していた家だけど、できればボクが王都に戻っている事を誰にも知られたくない」

「反逆者? 精霊が処刑って……」


「聞いた事はないかな? 女王の選定の日に大量の魔物……ワイバーンを放って、候補の娘達を皆殺しにしようとした宮廷魔導士の話を」


 カートは当時十歳。酒場で話題になっていたので、もちろん聞き及んではいたが、市井に降りて来る話は断片的なものであって、詳しくはわからない。


 儀式の際に事故があって大量の死者が出た、という程度である。神官や騎士団長などの国の高位位置にいた人物も亡くなってはいたが、精霊さえいればいくらその下の人間が入れ替わっても国の運営には支障がないため、人々は重要な事だとは思っておらず、ろくに噂話にすらなっていない。

 たくさんのワイバーンの姿を見たという話も同時期に聞いたが、まさかそれらの話が同じ出来事であったとは。


 宮廷魔導士の処刑も見せしめの公開処刑にでもならない限り、一般庶民は知る事はないので初耳である。という事は現在、宮廷魔導士が城にいないという事になる。新たな魔導士が選任されたという話も聞いた事がないから。


 この国は精霊の言葉が全てで、精霊が国民に伝えよと命じない限りそれをわざわざ知らせない。誰もこれは広く告知すべきなのでは?等とは考えず、行動をする者もいない。それでも全く問題がなくずっと平和で平穏だったから。


 知らなくて良い事は知らされない。


 知らなくて良いのなら、それをあえて知ろうと思う者もいないという感じであろうか。


 そもそも、知らない事を知ろうと思いつく事もなかなか難しい行為である。知らない出来事があるという事をまず想像する事からはじめなければならないから。


「正直、父や兄があんなことをやらかす理由が、ボクにもわからなかったけどね。だいたい、どんな調査の結果で、宮廷魔導士が犯人という事になったのかっていうと、誰かが調べたわけではなく、精霊様がそうおっしゃったの一言で全部確定さ」


 遠い目をしつつ、呆れたように言う。


「親友の妹分が、女王候補の一人で。知らない仲でもなかったから、その襲撃時に助けに行ったんだ。足はその時に潰した」


 ピアは乗り出していた体を馬車の中に戻すと、膝の上の少女の人形の三つ編みを解いて編み直す。


 口ごもってしまったカートの返事も待たずに、彼は言葉を続ける。


「まあなんとか彼女は救えたし、その捨て身の行動が評価されて、ボクは襲撃には無関係という事で連座せずに済んだのだけど……、今度はその妹分を女王にするために画策したんじゃないのか? って言うやつも出て来てさ。事あるごとに理由をつけて、処刑されそうで。こっちは怪我でろくに動けもしないし、無実の証明も難しいしで、本当にやっかいだった」


「それで王都を出たんですね」

「そういう事。だから王都にいる連中とは、正直会いたくないな」


 魔導士は苦々しい過去を思い出したのか、呆れたような表情と口調になっている。


 宮廷魔導士が犯人であるという精霊の言葉を伝えて来たのは、新たに女王となった、その幼馴染の彼女である。ピアの父と兄が犯人であるという言葉に何の疑念も躊躇も抱かず、ただ漫然と右から左という感じで。


「それで、僕がピアさんの家に住むのとは、どういう関係が?」


「誰も住んでない家に生活感が出たらおかしいだろう? わざわざ出自を言わなきゃ、庶民だなんて騎士である限りは思われないから、どこかの金持ち貴族が没落魔導士の家を買い取って、騎士になった息子の家にしたって思うだろうし」


「なるほど」


「カートは住む所が出来る、ボクも家で生活感を消しながら、こそこそ暮さなくてもいい。どうだ?」


 カートは前を向いて考えているが、お互いに利害は一致しているように思えた。少年から見て、ピアが怪しい人間には思えなかったし、足の不自由な彼が、王都で目立たずに生活したいというなら、その手伝いをしてあげたいとも思う。


「わかりました、お世話になります」


 少し申し訳なさそうな顔をして微笑む少年に、今まで苦労してきたのだろうという片鱗が見てとれ、ピアは一石二鳥の妙案を思いつた自分自身を褒めた。


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