第6話 白い塔
瓦礫の合間から煙が濃く上がる箇所も多くあり、火が放たれた事は明らかであった。貴重な魔法書の保管庫があったらしき場所も、黒い塊が散見する悲しい有様だ。
「どうしてこんな事に」
「オグルの群れが襲い掛かってきたんだ」
「え? 群れるんですか!?」
「そんな話は聞いた事がなかったから、ボクも随分驚いたさ。せいぜい三体ぐらいが連れ立って村や町を襲う事はあったろうが、十はいたぞあれは。しかも火をかけてくるなんて、通常ならあり得ない」
数人の焼け焦げた遺体が見えて、カートが顔色を失うと、その目線の先にピアも顔を向けて、残念そうにつぶやく。
「使用人達だな」
「他には、どなたかいらっしゃらなかったんですか」
「住処にしていたのはボクだけだな。通いの魔導士はそれなりにいたが」
「ピアさん、よくご無事で」
黒髪の魔導士は、軽く頭を掻く仕草をした。
「本当にたまたまなんだ。滅多に出歩く事はないのだが。人形で魔法が使えないかを試そうと思い立ち、森の方に行っていてね」
カートは沈痛な面持ちで、魔導士の顔を見ていたが、彼が馬から降りたそうであったので、当然のように手を貸した。あまりにも気が利くので、ピアは再び感心しつつ、言葉を続けた。
「様子を伺っていたら、そのうちの一体に見つかってあの状況というわけさ。ボクは攻撃系の魔法はあまり得意ではないから。密着すれば吹き飛ばす事は可能だが、オグル相手にその方法では、先に捻り潰されるのがオチだから試す気にもなれなかった」
カートの知識でも、魔法は万能という印象はない。
魔法は精霊に語り掛ける呪文の詠唱という手順を基本的には要し、複雑なものほど時間がかかる。精霊に何をどうして欲しいかを事細かに伝えるため、動く対象には特に難易度が高く、魔法で何でもできるという訳ではなかった。そのため、戦争で使われるという事もほぼない。せいぜい術者自身の身を護る程度であろうか。
ピアは少年の手を借りて馬から降りると、人形も下ろす。
「また、居場所を失ってしまったな」
溜息をつきながら少女人形の背中を軽く押すと、彼女はぴょんぴょんと軽やかに瓦礫を飛び越えて何処かに行ってしまった。
「誰かが、塔を襲わせたのでしょうか。こんな事をするように、自然に群れるものではないですよね」
「魔導士の中には、魔物を操る事が出来る者がいるが。人型の魔物は知能が高いから、操るのはなかなか難しい。相当な実力者だな、在野の者ではあるまい」
彼の目線が強く、怒りを
杖先で、その辺の黒い塊をほじくる。
「塔の中には過去の出来事を記した文献も、禁呪の書物も多くあったから。おそらくその辺りも、目的だったのかもしれない。だが、ここまで焼かれてしまっては、何が奪われたのか皆目、見当がつかないな。奪う事ではなく、消し去る事が目的だった可能性もあるし」
ピアはお手上げだというように、軽く肩をすくめる仕草をして見せる。
「廃墟になった場所には、また別の魔物が来ると言いますし、ここに留まるのはよくなさそうですね」
「そうだな……」
彼は苦渋の表情を浮かべたが、大きく息を吐くと、唯一の選択肢を選ぶ覚悟をしたようだった。
「ここから少し北に行くと小さいが村がある。そこで馬車を借りて、王都に行くよ。一応王都には、持ち家があるから。あまり帰りたくはないが」
「ピアさんは王都出身なんですね」
「まあね」
よろよろと頼りなげに歩くピアは、瓦礫に
「僕も、こうなってしまうと王都に戻るしかないので、ご一緒させてください」
「ありがとう、少年」
そんな二人の前に、ぴょこぴょこと跳ねながら少女人形は戻って来た。焼け残ったらしい数冊の本と、小箱をその腕に抱えている。
それらを受け取ろうとしたピアの横から、カートは手を伸ばした。
「僕が持ちますよ」
「本当に気が利くな、少年」
「なんて事ないですよ」
本当に全く問題ないという顔で少年騎士は微笑むと、荷物を馬の背に付けた鞄に押し込んだ。
二人は村に向かい、馬車の手配をして村で一泊する事になった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
村にある唯一の宿屋に二人は部屋を取り、夕食を共にする。カートは制服を脱ぎ、普段着に着替えている。
ピアと村人は顔見知りで、塔の惨状の話題と共に、死者の弔いを頼んでいた。
やっとテーブルに向かい、二人は静かに食事をはじめ、半分程食べ進んだ所で、カートはもう一つの目的を思い出す。
「あ、そうだ。団長のご友人ってピアさんですよね、きっと」
「団長? ヘイグか」
「はい、お手紙を預かって来ています」
預かっていた手紙を手渡すと、ピアはそれをすぐには開かず、数度ピラピラと振って、何かを確認しているようだった。
「何をされているんですか?」
「変な魔法がかかっていないか、確認している」
「変な魔法?」
友人からの手紙にすら警戒心を見せるピアは、カートの疑問には返答せず、ようやく封を切って手紙を取り出し読み始めた。その表情は、どんどん苛立っているようにも見える。読み終えると、グシャっと潰すようにポケットに突っ込み食事を再開した。
「もしや、悪い知らせですか?」
「いや、変化がなさ過ぎて呆れただけだ。本当にあの女は……」
呆れたように吐き出すと、カートの方は見ないように食事をつつく。
「少年」
「はい」
「おまえ、初恋はいつだ?」
突拍子もない質問に、少年はびっくりして真っ赤になってしまった。
「すみません、まだです……」
「ボクは十歳の時だ」
自嘲気味に口元に笑みをたたえる魔導士は、目の前の
「ちょっといいな、って思った娘はいないのか?」
「あの……」
淡い金髪、薄い若草のような緑の瞳。愛らしい妖精のような女性の姿を思い出してしまって、更に真っ赤になってしまい、湯気すら出てしまいそうに。
少年の反応を、ピアは面白そうに眺める。
「……女王陛下が、素敵な方でした……」
それを聞いてピアは目を見開くと、先ほどのまでの愉快そうだった表情を改め、行儀悪くフォークをカートに突き付ける。
「アレは辞めとけ、マジで」
「陛下と、どうこうってそんな事は思ってないですよ! 綺麗な人だなあって思っただけでっ」
真っ赤になったまま、両手を振って慌てふためく少年を見てると、ピアは自分の感情はどうでもよくなったようで、また元の楽し気な表情に戻りカートを観察する。
青い瞳も金茶の髪も、この国には比較的多くて、珍しくはない。だが彼の青い瞳は空のように澄み切っていてこれが美しく、なかなか人を魅了してくる。幼さが残っているせいか、やや女顔。小柄で細身だから、照れてもじもじしていると、まるっきり女の子のようでもあった。
これは、虐められるタイプだな、と魔導士は思った。
現に今、ピアは彼をからかって虐めてしまったし。
食事を終えて部屋に戻る時、ピアは少年の頭をポンポンと叩いた。
「まぁ、頑張れ少年。きっとこれから色々あるぞ」
「あ、はい?」
王都に戻る事は、今も魔導士の心に若干の躊躇を産んではいるが、この少年の成長を間近で見るのも面白いかもしれないと思い始めていた。
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