番外編 後日談
【番外編】 人形の事
大きな箱を抱えたカートは、宮廷魔導士の部屋の扉を叩いた。
「入れ~」
軽い適当な返事が室内から聞こえ、少年は扉を開ける。
「あっ、団長もいらっしゃってたんですか」
部屋の中央のソファーに、ピアとヘイグは向かい合うように座り、紅茶を飲んでいる所であった。
「なんだ少年、その大きな箱は」
「えっ? 自分がお使いを頼んでおいて、何を言ってるんですか」
ピアは天井を見る仕草をし、思い出したように返答する。
「ああ、あれか」
「何が、あれなんだ」
気安くヘイグが親友に質問をする。ピアは答える前にソファーから立ち上がり、その箱を受け取った。
「人形の服だ。城内にも置くなら、多少は着替えさせないと」
箱を開けると魔導士は、中身の服を一枚一枚確認していく。
「ピアさん、あの、前々から伺いたかったんですが……何故、女の子なんですか? ピアさんの意識が入るなら、男の子の方が良かったのではと」
「愛でる趣味はないとか言いながら、実は裏で愛でているのでは」
ヘイグがあまりにも呆れたような口調で言うので、ピアは少し気分を害したような表情をする。
「ボクは人形を愛でる趣味はない。少女にした理由は簡単だ。筋肉の表現の都合でしかない。男の子だとどうしても、力を入れた時に筋肉の動きが皮膚表面に出ないとおかしいが、それがなかなか難しいのだ。この年齢の女の子なら、その表現がなくても本物っぽく見えるから」
本当にそれだけなのだろうかと、二人が
「表情を変えられないのも、同じく筋肉表現の都合だし。頼むからそんな目で見るのは辞めてくれ」
「この子はどの程度、本物らしく作ってあるんですか?」
カートが素朴な疑問を口にしたとき、ピアとヘイグは一瞬、顔を見合わせて、改めて驚いたような表情をして少年を見たので、カートは、きょとんとした感じの顔をしてしまう。変な事を言っただろうかと。
「そうか……、カートも男の子だな……」
「興味がある年頃かもしれないな」
「え?え?」
「そうだな、着替えはお前がやってみるか?」
ピアにそう言われて、自分の言った本物らしくの意味に気付く。
「ぼ、僕はっ、そんな意味では言ってませんっ!」
耳まで真っ赤にして、両手で顔を覆い隠して恥ずかしがる。
それを見て、ピアが獲物を見つけた猫の顔をした。
「脱がされても簡単にはバレない程度には、本物っぽいぞ?」
「やっ、やめてください~」
カートは顔を覆い隠したまま数歩、後ずさる。
「おいおいピア、うちの団員をあんまり虐めないでくれ」
カートは真っ赤になったまま、指の隙間から見上げるようにピアを見る。上目遣いの、少し潤んだ青い瞳が、ピアの虐めっ子心を刺激した。
「人形を愛でるより、カートを愛でた方が面白いよな」
少年を壁まで追い詰めると、両手を壁に付き、少年の逃げ場を塞ぐ。
「ボクが人形に入って、色々教えてやろうか?」
そう言いながら、顔を寄せたピアの影が少年の上に落ちる。
「きゃあっ」
ボゴッ。
女の子のような悲鳴と同時に、少年はグーでピアの顔を思いっきり殴った。
「いってぇ!!」
「謝りませんからねっ!」
そのまま少年は扉の外に飛び出して行った。
「冗談の通じないやつだな」
「今のは全部、自業自得だと思うぞ?」
ヘイグは呆れたように、カップに残った紅茶を飲み干す。
「あれ? もう行くのか」
「お前の悪ふざけは、後始末がいるからな」
騎士団長はカップを置いて立ち上がると、親友の額を指で弾く。
「いってッ」
「不器用だな、おまえは本当に」
カートに殴られた左頬を手で押さえた魔導士を部屋に残し、ヘイグはカートの後を追う。
照れ屋の少年は、謁見の間に向かう渡り廊下の途中にあるバルコニーに逃げ込んでいた。
「カート」
「団長~」
うるっとした瞳で見上げるものだから、ヘイグは右手で眉間を抑える。これではいつまでも、ピアに虐められっぱなしになりそうであった。
「ピアを許してやってくれ。あれはあれなりに、お前の父親役をやろうとしてはいるんだ。ああいう方面を息子に教えるのは、男親の役目だし」
「あんな事を言う父親、いないでしょう!? 何ですあれ!」
先程の事を思い出したようで、真っ赤になってしまっている少年の隣に立つと、バルコニーの手すりに体を預けて、ヘイグは微笑む。
「不器用なんだよ、色々と」
「そんな一言で片付きますか?」
少年の頭をポンポンと叩く。
「これからも長く付き合うなら、慣れた方がいいな。あいつは、ああいう奴だし」
「僕より子供っぽいじゃないですかっ」
「全く成長してないんだ……」
その後は城内で顔を合わせなかったが、帰宅する時間になってしまった。カートはあえて残業をして、いつもより少し遅めの時間に帰る。
そっと家の扉を開けて中を伺うと、リビングのソファーでピアが人形の髪を編み直していたのだが、慌ててカートはピアに駆け寄った。
「どうして治してないんですか!?」
ピアの左の頬は、少年に殴られた痕跡を残したままであった。
チラっと金色の視線をカートに送ると、もっと傍に来いと言いたげに、手招きをしたので、少年は彼の間近まで歩み寄った。
魔導士は、ぱっと少年の右手を取ると、ピアを殴って赤くなったその手の甲に治癒魔法を無言でかける。
それからやっと、自分の左頬を治癒する。
憮然と、口を開かぬまま。
それを見て、少年は笑った。
「本当、不器用ですね」
魔導士は上目遣いで、ちょっと気恥しそうな顔をした。
「まだ、怒っているか?」
「怒ってませんよ」
「ならよかった」
――もうピアさんは、このまま一生変わらないな。
再び、魔力を籠める三つ編みの続きをしはじめるピアを見ながらカートは、自分が慣れるしかないと、決意を新たにしたのであった。
マリオネットインテグレーター MACK @cyocorune
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