第7話 歴史には


「団長、失礼します」


 団長室に入室し、いつものように扉の前で一旦待機するカートを、ヘイグは酒に酔っているかのような虚ろな瞳で見つめた。


「あ、ああ。カートか……どうした」


 団長の様子がおかしく見えたので、返事を待たずに少年騎士は机の前に歩み寄り、尊敬するヘイグの顔を見つめた。


「団長、お加減が悪いんですか?」

「い、いや……?」


 額に手をあて首を振る仕草をしているし、やはり様子がおかしい。


「後にした方がよろしいでしょうか」

「何でもない、気にするな。なんだ?」

「えっと、地下道の調査なんですが。……ファンタムがこれを落として行って」


 先ほど拾い集めた紙を、ヘイグに差し出すと、団長は静かにそれを受け取り、目を通して行った。


「……」

「団長?」

「カート、地下道の調査はこれで終了だ」

「え?」

「もう必要ない」


 そう言葉を紡ぐヘイグの瞳は、どことなく生気がなく、褐色の瞳はまるでガラス玉のように空虚であった。カートは違和感を大きく膨らませたが、今のヘイグにどのような声をかけても無意味に感じた。


 そしてなんとなく、あの黒い水晶木すいしょうぼくを見た時の、少し寒気のするような、漠然とした恐怖。ここにいてはいけないと、心の何かが叫んでいる。


「わかりました、地下道調査はこれで終了という事で」


 少年は敬礼をすると、いつものように団長室を出たが不安が胸を支配する。


「なんだろう、団長の様子がおかしい」

 

 先ほどのヘイグは、不審者の正体を結論付けて終了と言ったわけではないように思えた。団長の意思を感じないというか。長年酒場の手伝いを続けて培った人間観察の目からは、「言わされている」と感じて。


 地下道に行く調査は終了したが、まだ図書室で調べるという手もある。カートは返却した本を自分でもちゃんと読み直してみようと思ったのだ。


「あれ? あの絵本がない」


 一番薄いあの本からと思ったのだが、戻した場所は隙間が空いている。


 他の本を確かめてみたが、無くなっているのはあの絵本だけ。そういえば、最後の頁に作者の名前があったような……。目を閉じ、そのページを映像で必死に思い出す。蘇った記憶の映像の中に、書かれていた文字が見えたので読む。


 エリザベート・ヘリオルム。


 カートは青い瞳を見開くと、人名年鑑を抜き出し、その名前を探し出した。


「二代目の女王陛下……」


 続けて、その二代目女王の手記の類を探し出す。滅多に手に取る人がいないであろうそれは本棚の一番上、随分取りにくい場所にあり、カートは梯子を使って登るとその上で読み始めた。


「昔は、黒い水晶木すいしょうぼくも信仰の対象だったんだ」


 建国直後は、水晶木すいしょうぼくは二本守られていて、白い水晶木すいしょうぼくは城に、黒い水晶木すいしょうぼくは双子の丘の神殿に。


「あの丘の森に、神殿なんてあったっけ……」


 カートも子供の頃はよく遊びに行った森であるが、人工物の類は見た事がない。

 そのまま読み進める。


「ふむふむ、ほんと色の違いだけなんだなぁ……」


 人間に平和と平穏のための知恵を授ける点は同じだ。ただ、黒い方は人間と意思疎通が直接はできないというだけである。白い方も、特定の人間相手ではないと意思疎通が出来ないようでもあるから、大きな違いとは言えないかもしれない。


「精霊の性格も、当時はひどい言われようだなあ。白は意志薄弱、黒は保守的って」


 今の精霊は神の如くの扱いであるが、建国直後は協力関係であり、対等であったことが見て取れる。なのに……?


「えっ二代目の時に、黒い水晶木すいしょうぼくを切り倒したの!?」


 慌ててその理由を書いてる場所を探す。


「……人を取り込む……ファンタム……?」


 ある意味、生贄のようなものであった。しかも十年でファンタムは朽ちてしまうため、その都度の更新がいる。十年に一人、犠牲者が出るのだ。


 言葉を聞くだけなら白だけでいい、内容は同じなのだから。誰かしらを必ず犠牲にしなければならない黒は、不要としたのか。随分と、人間の身勝手さを感じるが誰かが犠牲になるというのも確かに看過できない。


「うう、こんな話なんて知らなかったよ」


 精霊の言葉にさえ従っていれば平穏で、このような過去の出来事の事を学ぶ事はない。あえて調べようとしなければ、知らない事は永遠に知らないままなのだ。カートも一応は街の学校で、十二歳までは学んだが、文字や基礎的な算数、地理等の生活に必要な事柄だけである。このカリキュラムも、精霊の指示で出来ていた。国民は十二歳までに、これらを勉学させよ、と。


 もっと高度な勉学をさせ、優秀な人材を育てようと思い立つ者はなく、他国のように高等教育機関は作ろうとはしていないのだ。改めて考えると、停滞しか感じない。現状を維持するだけで、より良い方向には進まないというか。悪くもならないかも知れないが……。


 黒は人を取り込んで強引に操り、白はそうではないとも取れるが、どちらも精霊の言いなりという点では全く同じである。


 無理やり操られるか自ら操られる事を選ぶかの違いしかないように、カートには思えた。そして今、この国民は精霊の言葉にだけ従って生きていて、それを手放す事は最早できないようにも思われる。自ら糸に絡まりに行き操作を受ける人々の姿を想像してしまい、寒気を覚えた。


――もし枯れたりしたら、みんなはどうするのかな……。


 二代目女王も、それを懸念事項として書き残していた。彼女は、精霊の言葉だけに頼りきりにならないよう国民に正しい歴史を伝えようとしていた様子だ。おそらくあの絵本もそのひとつだったのかもしれない。


 カートもあれを見ていなければこの手記にたどり着く事はできなかった。そのきっかけの絵本が図書室から消えている点が、とても気になって来る。


 そしてふと、思う。今のファンタムは誰なんだろうと。切り倒されたなら、この二代目の時代の人が最後のはずである。何百年も前という事になるが、地下道の不審者の目撃情報は最近だ。


「もしかして、あの苗で、誰かがファンタムにされたの……?」


――……誰が?


 魔法を使う様子であったし、まさか処刑されたという宮廷魔導士……?噂は案外、当たっているのだろうかとカートは考えた。でも、そうだとしたら、ピアはどう思うだろう。まったく肉親への愛情がないとも思えない。


 それに気になる事はもう一つ。


 紙に書かれた精霊の言葉はとても短かった。長い文章が書けないのかもしれないが、国民に布告される精霊の言葉はもっと詳細で長文なのだ。


 もし精霊の言葉が、実際はあの短文だけだととしたら。


――長くなった部分は一体誰の言葉なんだろ?


 そんな疑問が次々に沸いて、カートは梯子はしごの上で時間を忘れて本を読みふけってしまっていた。


「あっ、いけない帰らなきゃ」


 慌てて本を戻すと梯子はしごを下り、片付ける。

 とにかく帰宅して、すべてはピアと相談する。彼ならきっと、良い答えを見つけ出してくれるはず。


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