第4話 出会い
黒馬のカルディアは、長らく長距離の移動をしていなかったという事なので、最初からあまり無理をさせないように、カートは馬の足の様子を見ながら丁寧に旅程を進めているところ。
森の中の街道を使い、地図を見ながらゆっくりと目的地を目指していた少年騎士の耳に、聞き慣れない音が飛び込んで来て、彼はぱっと地図から目線を上げた。
馬を止め、耳を澄ませる。
さわさわという葉擦れの音に混じり、人ではない生き物の咆哮に思える声。それほど遠くには感じられない。
――え? 誰か戦っているのだろうか。
誰かがもし魔物にでも襲われているとしたら大変だと、彼は正義感に突き動かされる。
「カルディア。僕、少し様子を見て来るから、おまえはここで待ってて」
黒馬はまるで人の言葉がわかるように、鼻を鳴らして返事をしたので、カートは軽く馬の首を撫でてから離れる。森の中で馬から離れる場合、何かあった時に馬が単独で逃げられるよう繋ぐことはしない。これはバッカスに教わった。
カートは音を頼りに、数分の距離を小走り気味の徒歩で進んだ。
耳に入るのは草を踏む軽い足音と重い足音。明らかに戦闘の様子を感じ、少年は駆けだした。
音に近い茂みをかき分けた彼の目に入ったのは、大人の身長の二倍はあろうという巨体、隆々と膨らむ筋肉の塊、二本の小さな角を禿げあがった頭部に持つ、大型の人型魔物オグル。
肌の色は人間と違って緑色に近く、森の中では保護色になっていて、気配を感じられないような一般人がよく襲われる。人肉が大好きという事で、討伐対象になる事は多いが怪力で、その巨体に似つかわしくない素早さがあり、魔物の中ではかなりの強敵だ。町の自警団程度では太刀打ちできず、暴れるオグルが一体であっても、王都から訓練を受けた兵を出すのが一般的。
もちろんカートはオグルと戦った経験などない。知識として知っているだけで、実物も初めて見た。
そんな危険な魔物と戦っているのは、まだ十二歳程度の幼い少女。
ストロベリーブロンドの長い髪を、邪魔にならないように後ろで三つ編みでまとめていて、少女の動きに合わせて優雅に揺れる様は、まるで猫の尻尾のよう。
戦闘に向いた動きやすそうな装束を身に着けていて、二本の短剣を左右のそれぞれ手に持ち操るその姿は、手練れた様子ではあるが、どうにも非力らしく、攻撃が当たってもまったくダメージは与えられていない。
地面を蹴り、くるっと回転しては攻撃を避け、返す刀で反撃をするが、オグルを怯ませる事もできず、倒すつもりはないが逃げられないから戦闘を続けているといった様子である。
一般兵の、しかも対人の訓練しか受けた事のないカートの剣技では、あの魔物を倒すのは難しいとは思われたが、二対一になるだけでも彼女は救われるのではないかと思い立ち、行動に移す。
無謀な行動ではあったが、芽生え始めた騎士としての意識と、生まれ持った正義感が初めての戦いの場所に彼を誘ったのだ。
ただ剣を抜いたものの、そのまま闇雲にオグルに切りかかるという向こう見ずな無茶はしなかった。
周囲の状況を瞬時に把握すると、近くの岩場を軽快に駆け上がり、頂に生えていた木の大人の腕の太さの枝を叩き切る。
細かく枝分かれした木はたくさんの葉もつけていて、空気をかき分けながら大きな音を立てながらオグルの真上に落ちて行った。
突然の枝と葉の塊の落下に魔物は一瞬怯み、まとわりつく枝葉を振り払おうともがきまわる。
枝と葉に気を取られているオグルに向かって、岩場を蹴り、飛び降りながらカートが長剣を振り下ろすと、小柄で非力な彼であっても全体重が乗って、刃は魔物の肩に食い込んだ。
巨体を揺らし咆哮を上げて、太い両腕を滅茶苦茶に振り回しながら、新たな敵に向けての殺意が沸き上がる様子。鋭い眼光はカートに向けられ、乱雑に振り回される丸太のような腕を彼はぎりぎりで避けて地面を転がった。
少年が参戦したことにより余裕の生まれた少女は、跳ねるようにオグルの体を背面から駆け上がり、首を狙って短剣を突き刺す事が出来た。だが深くは刺さらず、筋肉に阻まれて致命傷にはならない。
魔物は再び雄叫びを上げると、肩にいた少女の体を掴み上げ、そのまま地面に叩きつけるように投げ落とした。
「あっ! 君!」
カートは体勢を整えると、今まさに少女を踏みつぶさんとするオグルの重心側の足の
腱を切られたオグルは姿勢を維持できず、後ろに倒れる。あわやカートは巨体の下敷きになりかけたがなんとか避け、再び体勢を整えると、上を向いて倒れたオグルに向かって走り、胸の脇側から力いっぱい剣を突き通した。
筋肉の薄い脇腹を狙った事が功を奏した。
少年の筋力でも、剣は深く刺さる。
オグルの両腕が、雷鳴のような太い叫び声と共に天に向かって突き上げられたが、叫ぶ以上の事は出来ず、やがてドサリと重い音を立てて、太い両腕は地面に落ちる。
土煙が舞いやがて風で流れ散った。
――え、倒せたの? 僕がオグルを倒したの?
無我夢中で、自分がこんな動きが出来るとは思っていなかっただけに、自分で自分が信じられない。
茫然としばらくの間、オグルが再び立ち上がってこないか確認するようにしばし見つめ続けてしまっていたが、呼吸が落ち着いてくると地面でピクリとも動かない少女に目を向ける余裕が生まれた。
「あ……」
そろそろと少女に歩み寄って、抱き起してみる。
呼吸をしているようには見えず、カートは彼女の救助が出来なかったのだと知る。
「ごめんね、間に合わなくて」
だが、少女の
「えっ」
猫のような金色の瞳が、カートの青い瞳を見つめる。
「あの、君、大丈夫?」
「大丈夫だ。助かった、ありがとう少年」
恐る恐るかけた声の返事は、カートの背後からした。
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