第3話 相棒

 宿直室に泊まり、翌日カートは家にあった剣の使用状態を確認してもらうため団長室の扉を叩いた。


 騎士団長のヘイグは何か書類を書いていたが、手を止めてカートの要件を聞いてくれる。


「なるほど……確かに少し、身長に対して長いな」

「鞘を後ろに引けば、一応抜けるので」

「もう少し背が伸びれば、丁度良くなるだろう。しかし変わった剣だな」


 カートの剣は刀身こそ普通であったが、柄や鞘が少し違う。何か別の物を剣に加工したというか。


「重さも良くて、使い勝手は良さそうなんです」

「剣については特に規定もないし、良いだろう。手に合うならこれを使っていくといい」

「ありがとうございます」


 剣を腰に戻す仕草も様になっており、優雅な感じさえある少年騎士の姿に感心するヘイグであったが、庶民出身でしかも宿直室の寝泊まりとあっては、彼がいつまでも周囲に認められず居心地の悪い思いをするのではないかと心配である。


 昨日叙任されたばかりではあるがなるべく早く経験を積ませ、実績を得させるのが良いのではないかと思われた。


「カートは、馬には乗れるであろうか?」

「騎乗訓練は一通り、受けました」


「騎士は一人一頭の馬を所有する事になっている。厩舎に行き、空いている馬を一頭、用意してもらってくれ。さっそくで悪いが、カートに少し仕事をしてもらいたいのだ」

「もちろんやらせていただきます。どのような仕事でしょうか?」


「”妖精の小瓶” という、陛下の気に入りの菓子があって、普段は宅配で送ってもらっているのだが、頼んでから随分経つのにまだ届いてなくてな。魔導士が研究を行っている白い塔という所で作られているので、そこに直接受け取りに行ってもらいたい」

「はい、喜んで承ります」


 明るく、爽やかな笑顔を見せた少年に、騎士団長は安堵した。このような地味な使いの仕事は、貴族の子弟達は真っ先に不満顔を見せる。派手だが安全、目立つがスキルのいらない仕事が彼等のお気に入りである。


「友人がそこにいるので、手紙もついでに届けてもらいたい」

「わかりました」


 少年騎士はハキハキと力強く返事をしたのでヘイグは詳細を伝え、最後に馬の使用に関する厩舎の担当者への書類を少年騎士に手渡す。


「それでは準備が出来次第、向かってくれ。危険はないとは思うが、気を付けて行ってきて欲しい」

「はい!」


 カートは、自分が騎士になる事自体はあまり乗り気ではなかったが、初めて仕事を割り振られた事は純粋に嬉しかったし、団長が尊敬できる人であると感じていたので、信頼に応えたい気持ちも芽生えていて。


 また、アーノルドのような貴族騎士達に会わずに済む城外の仕事は有難かった。ヘイグはそれも考慮の上だったのではないかとも感じる。


 そんな事を考えながら厩舎に向かうカートを、くだんのアーノルド達が見咎みとがめると、彼等は顔を見合わせ、ニヤニヤと笑いながら、小走りで青い瞳の少年騎士の後を追いかけ始めた。



 一定の距離を取ってついて来る彼らの存在に気付かないまま、少年は厩舎の担当者を見つけると、さっそく声をかけてヘイグから預かっていた書類を渡したが、担当の老人は顔をしかめるという不機嫌な様子を見せて来た。


「空き馬は、数頭いる。新人騎士か……」


 チラっというより、ギロっという目線であったので、カートは少し落ち着きを失ってしまう。初対面の人間に軽蔑を含んだ目線を投げかけられるのは初めてではないが、居心地は悪い。


 馬を愛して厩舎の担当となった彼は今年六十歳。長年勤めて来た中で、貴族の子弟の馬の扱いのひどさには辟易しており、正直に言うと、可愛い馬達を粗雑に扱われる事に耐えかねていた。


 今日来た新人は性格が良さそうで、無意味に馬を虐めるような人間ではなさそうではあるが……。


 そんな二人の後ろから、陽気な軽々しい声がした。


「やぁやぁ新人君、馬選びかい?」

「あ、先輩」


 アーノルドは細い目を更に細めて笑いながら腕を組む。後ろの取り巻き達も、クスクスといやらしい感じだったので、厩舎の老人の機嫌は更に目に見えて悪くなっていく。


「庶民の君に、馬を見る目があるのかなぁ?」


 つかつかと足音高く腕を組んだまま歩みより、カートの前を横切る。

 そして並ぶ馬の中でひときわ真っ黒な一頭の前に立ち、指し示した。


「カート、君の馬はこれがいい」


 その指に馬が突然、鼻息荒く噛みつこうと首を伸ばしたので、アーノルドは「ひっ」と小さい悲鳴を上げて数歩飛び下がった。馬はかなり怒りを持っているのか、何度も荒々しく蹄を鳴らす。


「とにかく! これだからな! いいな」


 厩舎担当を睨みつけて、逆らう事は許さないという目線を向けた。厩舎の担当者は不服そうであったがうなずいて見せたので、アーノルドは再び、ふふんという感じで笑い、取り巻きを引き連れて立ち去って行く。厩舎の匂いが染み付いてはたまらないと吐き捨てながら。


「ほんと、あのお坊ちゃまは」


 厩舎担当は格別に苦々し気に吐き捨てた。その時カートは、先程アーノルドに嚙みつこうとした黒馬の前に立っていた。


「おいおい、あんな奴の言う事なんて聞かなくてもいいぞ。別の馬にした方がいい」

「僕、この子がいいです。綺麗ですね」


 うっとりと、まっすぐに青い瞳を黒馬に向けている。まるで濡れているような艶と逞しい体躯で、確かに見た目は優雅なほど美しい馬であった。


「いやぁ、そいつはとんだ荒馬で、まともに乗りこなせたヤツはいないんだ。さっきの気性の粗さを見ただろう?」


 しかし難なくカートは、黒馬の首を撫でていた。馬も、そうされる事がまんざらでもなさそうで。


「相性は……悪くないのか? そいつの名前はカルディアだ」

「いい名前ですね。カルディア、僕と友達になってくれる?」


 構わない、と言いたげに鼻を鳴らす。


 少年は本当に、この馬を気に入ったようで、鼻先を撫でると馬も彼が気に入った様子を見せ、すりすりと顔を寄せている。


「たまに動物に好かれるヤツがいるが、君もそのタイプなのかな」


 厩舎担当者の脳裏に、遠い過去の記憶が蘇る。


 昔の務め先のお屋敷のお嬢様が、随分と動物と仲良しで、まるで会話ができていると思える程であった。そういう人種は確かに存在するのだ。


 先程までの不機嫌な表情は老人の顔から完全に消え去っており、彼はこの少年騎士はとても馬を大事に扱いそうだという実感を得て、おもむろに鞍の準備を始める。


「儂の名前はバッカス。馬の事で困ったら儂に相談しろ」

「はい。これからお世話になります」


 馬に顔を寄せて、カートは嬉しそうにしている。馬の体温と、その肌触りが気持ちよかったのだ。

 そして新しい友達が出来たような、不思議な感覚も。


 母を失い生まれ育った酒場を去って、色々あってバタバタしていたけどやはり寂しくなかったわけではない。この新たに触れ合える存在は、少年騎士の心のよすがになっていた。


 そんな少年を微笑ましく見つめながら、鞍を置きつつ老人は馬での旅についての注意点と詳細を、カートに丁寧に教えてくれた。


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