第2話 新人と先輩


 案内されたのは城壁の上。


 見晴らしがよく、王都も城の様子も一望する事が出来る。城の水晶木すいしょうぼくも光を受けて、とても美しい光景だ。


 だが彼等は、この美しさを見せるためにカートをここに案内してきたわけではなかった。ここは他に人目がないのだ。


「さて、騎士たるもの、剣の扱いに長けていなければならない。庶民出身という君は、どうなのかな?」


「アーノルド様はあの誉れ高き剣術の雄、セジウィック様を師事し、大変な腕前なのだぞ」

「今の騎士団で、アーノルド様の上を行く者はございません」

「流石、次代の騎士団長!」


 次々にヨイショが始まり、アーノルドのそばかすの散った鼻は益々高くなる。カートはセジウィックの名も知らなかったし、困惑した笑顔で、「そうなんですか」と答えるのが精いっぱいだった。


「カートは、どなたに師事したのかな?」


 嫌らしく意地悪なクスクスという嘲笑と共に、聞かれる。


「特定の師はおりません」

「おお、聞いたかみんな。騎士たるものが、きちんと剣術を学んでいないとは」


 演技じみた大仰な仕草で、後ろに立つ取り巻き達に言い放つ。


「騎士たる者の最低限の剣術を、教えて差し上げるのですね」

「お優しいです、アーノルド様!」


 これは私闘ではなく剣術指南であるという体裁を、取り巻き達が作り上げるのを見てカートは自分がなぜここに連れてこられたかを知る。



「さあ、剣を抜くといいカート。俺が直々に相手をしてやろう」


 アーノルドは武器としてどうなのかと思うほど煌びやかな剣を抜き、カートに切っ先を突き付ける。粗雑で騎士の仕草ではなく、まるで盗賊が「有り金と荷物を全部置いていけ」というのと同じように見えた。


 カートも静かに拝領したばかりの剣を抜き、両手で柄を持ち眼前に礼儀正しく掲げる礼をする。これから御前試合に挑むかのような儀礼的な所作だった。


「ふん、庶民風情が見様見真似で。生意気な」


 アーノルドは剣を振り上げ、駆け寄って来た。大振りで乱雑なその動きは、兵士としての訓練を積んで来たカートには危険のないものであったが、最初の攻撃は礼儀として剣で受けた。


 キンッという硬い音と、鉄の焼けた匂いがする。


 金髪巻き毛の少年はこの一振りで庶民の少年が怯むと思っていたので、随分と驚いた。

 続けざまの二閃目はすっと後ろに下がったカートに簡単に避けられる。


 三度、四度の攻撃も、すっすっすという感じで軽やかに避けられ、剣で受ける事もない。大振りで大雑把なその動きはとてもじゃないが、きちんと訓練を受けているようには思えなかった。


 それもそのはず。


 アーノルドの剣術師匠は、彼が剣を握っただけで褒めたたえるような人だった。有事も昨今はないし、おぼっちゃまのご機嫌を損ねないように剣術らしき真似事をしているだけであったという。


 カートはこの茶番にどれくらい付き合うべきなのか判断がつかない。なんとなくではあるが、負けてみせるのが正しい選択肢のようにも思える。だが一般兵となる町の友人達を考えると、このような騎士が上官になるというのは……。そう思うと、この軟弱さに腹が立って来る。


 そんなアーノルドの不利を見て取った取り巻きたちも、次々と剣を抜いた。



「そこまでだ!」


 その声はカートに聞き覚えがあるもの。


 儀式の前に聞いた団長の声だと判断しカートは剣を引いたのだが、アーノルドはそれを彼の隙とになえた。


「もらった!」


 カキンっという硬い音と同時に、カートの剣は高く打ち上げられる。少年は一瞬でもアーノルドから目を離した事を後悔したがもう遅く、カートの拝領したばかりの剣はそのままぐるぐると回転し、城壁の下、堀に向けて落ちて行った。


 城壁は高さがあったので、それなりの時間経過の後パシャンという水の弾ける音が続く。


「はぁはぁ、馬鹿め、戦闘中に目を離すとは、ぜぇぜぇ」


 肩で息をしながらアーノルドは言うと、優雅にかっこよく煌びやかな剣を鞘に納める。納刀の仕草だけは随分と練習をしたのか、なかなか様になっていた。


 呼吸が一切乱れていないカートは、声の主に向かってひざまずく。


「騎士団員同士で私闘とは、何たる事か!」


 長身の、がっしりとしていながら引き締まった体躯。濃く長い茶色の髪を後ろにまとめた騎士が少年騎士達をいさめる。褐色の瞳に厳しさが宿っている彼は、騎士団長のヘイグ・メイヤーであった。


 慌てて、アーノルドと取り巻き達もひざまずく。



「団長、これは私闘ではございません。アーノルド様による新人への剣術指南でした」


 取り巻きの一人が高らかに宣言したのを聞いて、ヘイグはその目線をカートに向けた。それを受けて、青い瞳は多少の揺らぎを見せたが、少し伏せ気味にしてその様子を隠し、返答した。


「はい。庶民出身の私の剣術に不安を覚えられたようで、直々に」

「そうか」


 酒場で色んな人間を観察してきたカートには、ヘイグがそれで納得したようには思えなかったが、浅はかなアーノルドと取り巻き達はあからさまにほっとした顔をした。



 ヘイグはアーノルド達を先にこの場から下がらせると、カートを立ち上がらせる。

 少年騎士は申し訳なさそうにヘイグを見た。


「申し訳ございません、一日目にして剣を紛失しました」

「あれはもう、やむを得ないだろう。代わりの一振りを手配しよう」


「個人で所有しておりますので、そちらを使ってもよろしいでしょうか」

「ん?君は剣を持っているのか」


「何故か、家にありまして。おそらく母の持ち物かと思うのですが、聞いても笑うだけで詳細を教えてもらえず。少し長めですが、扱えると思います」


 ヘイグはカートに父親がいない事も聞いていたので、おそらくその剣は父の形見というようなものだろうと感じた。


「お前を案内していた兵に呼ばれて来てみれば、このような事が起こっていたとは」


 親切な案内の兵士は、あの後すぐに団長を呼びに行ってくれていたのだ。感謝しかない。


「申し訳ございません。あと、あの、それと……」


 カートは気恥ずかしそうに言い淀みつつ、今は住む家がない事を告白し、宿直室での寝泊まりを許可してもらいたいという旨を伝えた。

 それを聞いたヘイグは頭を抱える。庶民である事もそうであったし、家すらないとは。何故なにゆえ女王は、この子供を騎士に推挙したのであろうかと。


 女王の行動はすべて精霊からの指示であるから、精霊がなぜ?と言った方が正しいかもしれない。


 だが彼の礼儀作法は完璧であり、城仕えの騎士として全く遜色がない。先ほどの戦いでの動きも見事なものでありカートは良い片腕として育ってくれそうでもあり期待できる。


 家の問題は近々、対策をしなければならないが、当座の問題として宿直室での寝泊まりを騎士団長は許可した。


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