第5話 水晶木
カートが地下道の入り口でランプに火を移していると、先に来ていたピア入りの少女人形がぴょこっと暗闇から出て来た。
ピアの目にも、暗がりでもわかるぐらい、カートの顔色が悪く見える。
「また何かあったのか?」
「え? 何もありませんよ。ただ、また熱が出てきたみたいで」
人形では体温の確認をする事ができないため、少女人形は首を傾げただけだ。
「本当に大丈夫か?」
「巡回が終わったら、そのまま帰っていいそうなので。具合は悪くありませんから大丈夫です」
「じゃあ、パッと行って終わらせよう」
少女人形はぴょこぴょこと軽い足取りで先に進む。暗くても見えているのか、ランプの灯りが届くか届かないかの位置を先行して歩く。
「最初に見た場所はここでしたが」
カートが立ち止まって、一応周辺を確認する。
「この上は城のどの辺なんでしょう」
「女王の私室の下になるんじゃないのかな、図面を確認したわけじゃないからボクもよくわからないけども」
歩みを再開し、割れたランプの痕跡のある場所にやってきた。
「次はここ……」
そう言いかけたカートの目の端に、紺色のマントが見えた。と同時に少女人形もそれを目線の先に捕らえたようで、パッと背面の短剣二本を抜き、駆けだした。カートは熱のせいか、少し出遅れてしまい。
不審者に近づいた少女人形。
ぱっとマントが振り返り、欠片のような袖を前に突き出した。
「!?」
直接触れた訳でもないのに、少女人形はまるで糸が切れたように、何もできずにクタリとゆっくり、膝から地面に崩れ落ちる。
そのまま紺色のマントは、闇に溶けて消えて行った。
「ピアさん!」
カートは剣も抜かずに、少女人形に駆け寄って、ランプを石畳の上に置くと慌てて抱き上げる。
「ピアさん! ピアさんってば」
目を閉じぐったりとしていて、ただの人形の状態である。揺すると頭と腕が力なく動く。
「どうしよう、一旦連れて帰れば大丈夫なのかな?」
短剣を拾い上げて鞘に戻し、そのまま人形を抱きかかえて立ち上がろうとしたカート。
その背後から、包み込むようにマントが覆いかぶさって来た。
『……カーティス』
声が聞こえたような気もして、「あっ」と思った瞬間には、カートは意識を失い、人形と共に地下道からその姿を消した。
静まり返る地下道では、石畳の上に置かれたランプだけが、ちろちろと燃えていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
少年が目覚めた時、床は石畳ではなく土と小石の地面。暗く、一瞬夜かと思ったが、そこは地下だった。体をゆっくりと起こし周囲を確認すると、ぼんやりと明るい場所が見える。薄闇の中、少女人形も彼の
「
しかしそれは地上にあるのとは違って不透明。
色も黒。
まだ小さくて、カートでも抱えられる太さしかなく、地上にある大木と比べると、さながら苗木のようだった。
発熱の際にしたのとは違う悪寒がし、何故だかここにいてはいけない気がした。魂に向かって、ざわざわと茨の蔦が忍び寄るような、ぞわぞわゾクゾクする恐怖。
――なんだろう、すごく、怖い。
幽霊のようなマントにさえ怖さを感じていなかった少年が、目の前の木に恐ろしさを感じ、この場を早く離れなければと思った。
他者の感情に敏感なカートは、この木からは憎しみや殺意のような害意が吹き付けてくるように感じたのだ。
辺りを見回すと壁面に張り付くような登りの階段を見つけたので、彼は急いでそこを駆け上がる。息が上がるが、とにかくあの木から早く離れたかった。
三階分ぐらいの距離を登った所に扉があり、それを肩で押し開くと、外に出る事が出来た。
眩しさに、周囲の状況が見えない。
ぜぇぜぇと息も切れていて、出てしばらくは呼吸が落ち着くまで、立ち尽くしてしまう。
目がやっと慣れて周囲を見回すと、そこは神殿から離れた小さな祠。
「何をしている!」
厳しい声に、ビクリと体を震わせて、その方向に向き直る。
金髪の流れるような髪を肩で切りそろえ、顎に髭を蓄えたアイスブルーの瞳の男が立っていた。その男性に、少女人形を抱いたままだったが、慌てて
「宰相閣下」
「……カートか!? なぜここに。騎士団員が神殿に何用か」
「地下道の不審者調査の巡回中に、見知らぬ場所に迷い込んでしまい、なんとか出口を見つけたところ、ここに出まして」
「地下道から?」
「はい」
「その娘は?」
カートが抱いたままの少女人形に、男は目線を向ける。
少年は慌てて、隠し気味に抱き寄せる。
「あ、すみません。妹なんです……どうしても一人で留守番は嫌だと言って、こっそりついてきてしまって」
「妹?」
「はい、そうなんです。ドジな子で、石畳で滑って転んで気を失ってしまい。恥ずかしながら、それで僕も慌ててしまい、暗がりの中で道を誤ったみたいです」
「なる程……途中、気になる物はなかっただろうか」
「登る階段を見つけ、急ぎ上がって来てしまったので、……誰とも出会わず、変わった物も見かけなかったように思います、とにかく出口を探すのに必死で」
カートはあの黒い
「この辺りは聖域になる。神官以外は立ち入らぬ場所、以後気を付けるように」
「はい、お騒がせをしてしまい、失礼いたしました」
人形を抱きながらであっても深々と礼をして、カートは急いでその場を立ち去ろうとしたのだが。
「待て」
「は、はい!?」
ヴィットリオは、ビクっと立ち止まってしまったカート
「似ている」
「え?」
少年の頬に、以前のように再び宰相は触れる。
「あの……? もしかして父をご存知だったりしますか?」
「父?」
「僕、父親似らしくて。でも誰が父なのか、わからないのです」
ヴィットリオは触れていた手を離した。
「残念ながら」
「そうですか……あの、失礼します!」
パタパタと走り去る少年の後ろ姿をアイスブルーの瞳は静かに見送ったが、最後に眉を寄せる。
少年の顔を見て宰相の脳裏をよぎっていたのは、女性の姿であった。
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