第4話 調査最終日
カートが再び目を開けたのは翌朝だった。夢を見る事もなく、深くしっかり眠る事が出来たようだ。日差しは明るく輝いていて、いつもの風景だが清々しい気持ちもある。
目の前には彼が腕枕をしている少女人形が、目を閉じて横になっていて、眠っている様子でいた。可愛らしい少女の姿だが、中身は年上の男性だと思うと、どういう気持ちでこの子を見るべきか悩んでしまう。
そんな答えが必要でもない事に悩む自分がおかしくて、少し笑った少年が僅かに身じろぎをすると、少女人形もその金色の瞳を見せるように
ぴょこんと人形は床に降り立ち、トントンと爪先を打って靴を履くとカートに向き直る。仕草がまるっきり少女のそれなので、クスリと少年は再び笑顔に。
「おはよう、少年」
「ピアさん、おはようございます」
「顔色は大分よくなってるな。起きられるか?」
「はい」
カートは体を起こし、ゆっくりとベッドから降りる。しっかり眠ったおかげか、随分と気持ちが楽になっていた。
人形はぴょこぴょこと、先に一階に降りて行く。
カートが着替えて階段を下りると、少女人形はソファーに座り、目を閉じていた。代わりにピアが立ち上がり、カートの元に歩みよると、その額に右手を当てる。
「よし、下がったな」
「心配をかけました」
いつものような軽やかな顔を見せたので、魔導士はほっとした。
「今日は城に出るか?」
「はい」
「ボクもついていく。また地下道に行くんだろ?」
「そうですね、今日が最終日なので」
「あの幽霊ってやつを、ボクも確認したいから」
ピアはそう言ったが、実際はカートが心配だったし、また虐められるような事があったら、今度は自分が守ってやるつもりでいた。凡庸な毎日の退屈しのぎのために、これ以上カートを傷つけられてたまるかという思いもある。
悪ふざけをするやんちゃな年ごろではあるから、じゃれ合うようなからかいなら理解でき、その程度なら許せるが、今回のような理不尽な暴力は到底許しがたい。
子供のケンカに大人が出るのはどうかと思われるが、ピアはそんなの知った事じゃないと思っている。
二人は朝食を終えると、城に向かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
カートは城についてすぐに、騎士団長の元に向かう。
「昨日は、急に休んですみませんでした」
「熱を出したと聞いたが、大丈夫なのか」
「はい、ご心配をおかけしました」
しかしヘイグの目には、少年の顔色が良くは見えなかった。殴られたようだった頬の傷は、治癒魔法でも受けたのであろうか、完全に癒えている。あの怪我で熱が出るとは思えず、ヘイグも発熱の原因は精神的なものだと感じた。
騎士団員になって環境が大きく変わり、緊張続きで疲れもあったのだろうと思う。
特殊な環境のカートが、心理的負担で体調を崩す可能性を考慮できなかったのは、団長として迂闊だったとも。
そのまま静かに歩みより、カートの額に手を当てた。
「ん? 下がってなくないか」
「え、そうでしょうか」
慌てて自分の手でも額に触れる。確かに少し熱い気がする。朝は平気だったのに。
ヘイグは腕を組んで考える仕草を見せた。
「そうか、今日が調査の最終日だから無理して出て来たんだな」
「家を出る時は、調子が良かったのですが」
「アーノルド達に行かせれば済む事だから」
「いえ、先輩たちの手を煩わせなくとも僕が」
真面目で頑固な様子を見せて、姿勢を正してそう言い切った。ヘイグとしてみても、アーノルド達では全く調査にならないというのはわかっていた。しかし特に実害のない幽霊のような相手だというから、急いで対応する必要もないように思える。
「わかった。では、今日は地下道の巡回を。一通りの巡回が終わったら帰って休むように。報告は明日でいい。必要があれば日数を延長しよう」
「ありがとうございます」
カートは団長の部屋を退出し、ピアが先に待つ地下道に向かう。
その途中で廊下でたむろするアーノルド達に出会ってしまった。また何か嫌味の一つでも言われるかと思ったが、軽い会釈だけをして前を通り抜けようとした。
「おい」
「はい?」
やっぱり黙って通してはくれないかと、諦めて少年は立ち止まって振り返った。
巻き毛の捻くれた顔立ちの少年は、いつもとは異なる怪訝そうな顔でカートを見ているのが意外に思えた。まじまじと、カートの顔を確認するように見る。相変わらずの不躾な視線ではあるが、
「……お前、体調が悪いんじゃないのか?」
カートを心配するような、予想もしていなかった言葉が、アーノルドの口から漏れ出した。
「えっと、ちょっとだけ熱がぶり返してるみたいで」
「昨日、休んでたのは熱でか。殴った時の打ちどころが悪かったのかと思った」
アーノルドはいつもの意地悪な表情ではなく、無表情と言ってもいい感じだが、やはり、殴るのはやりすぎたと思っていたらしい。
金髪巻き毛の少年は、自分が殴った相手が休んだと聞いて、団長に告げ口されたと思ったのだが、叱られる事も注意を受けるような事もなく、肩透かしだった。
取り巻き達にそれとなく探らせたら、カートが「何でもない」と言い切ったという話を聞いて困惑もある。自分であれば、絶対に言いつけるからだ。気が弱くて言い出せなかったとも違う何かを、アーノルドはうっすらと感じていた。
カートを思いきり殴ったアーノルドも、随分と手が痛かったはずで、案の定、その右手には包帯が巻かれている。
彼はその手の痛みと同じ、もしくはそれ以上の痛みが、カートにもあったという事を想像してしまい、罪悪感が沸いていた。おぼっちゃま育ちのアーノルドは殴られた経験がなく、大きな怪我をした事がなかったので、痛みに慣れていない。同時に、相手の痛みの想像もこれまでできなかったのだ。
取り巻き達にヨイショされて、それに応えなければ恥ずかしいという気持ちもあって、つい調子に乗ってしまった事も、彼の罪悪感を深めている。
「今日は地下道の巡回が終わったら、帰宅してもいい事になってますので、ぱっと廻ってきますね」
「……俺達がついて行かなくてもいいのか?」
いつも
「何もないと思いますので。一人で行ってきます。報告は明日でいいらしいので、また先輩にお願いしますね」
少し演技っぽくなったが、なんとか笑顔を見せる事が出来た。
カートが歩みを再開しても、彼等はそれ以上何も言わず、追いかけてもこなくて、静かに少年を見送っていた。
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