第4話 女王選定の儀


 光透ける水晶木すいしょうぼくの前に女王候補は集められ、その周囲を騎士団員と兵士達が取り囲むように警護している。


 十八歳になる貴族の子女が集められ、この年は二十人いた。



 女王選定の儀。



 先々代女王は六十歳で静かに崩御されたように、だいたい四十年に一度ぐらいの頻度であったのに、先代女王アリグレイドは、事故で三十三歳という若さで亡くなってしまったため、たった十五年での代替わりとなり、急遽の選定となってしまった。


 女王といっても、その職務は精霊の言葉を民衆に伝える巫女のような役目で、血縁の世襲制ではないところが、近隣諸国と違う部分であった。

 婚姻しても、その伴侶は王となるわけでもなく、特定の地位になるわけでもない。

 大抵はそばにいる事が多い神官か宰相との婚姻が、常であったろうか。


 先代女王は未婚であったが。


 この儀式にはとにかく、年齢が今年十八歳という貴族出身の女性が強制的に集められて、中には女王になりたくないという者も当然いる。


 淡い金髪、薄い緑の瞳の、ふんわりとした春の妖精のような美しい娘も、女王になりたくない一人。名をグリエルマ・ウォートリーと言い、伯爵家の一人娘。


 他の候補達も見目麗しく、見た目だけであればだれが女王になってもおかしくはないのだが、精霊がどういう基準で女王を選んでいるのかは不明であった。

 年齢と、古くからの貴族の血脈であることだけが条件で、すでに婚姻していても構わないという。


 グリエルマは精霊への信仰心は強かったが、勉強が出来るわけでもなく、特別な力を持っているわけでもない。気弱でいつも自信なさげ。この日も、護衛として壁際に立つ、兄のように慕う騎士団員のヘイグ・メイヤーにチラチラと視線を送っていた。


 ヘイグは彼女の緊張をほぐすために、目が合うたびに微笑みで返すのだが、彼女はおどおどビクビクし続けている有様だ。


 いよいよ女王候補が横一列に並び、水晶木すいしょうぼくの根元に立って、選定を受ける時間がやってきた。精霊は次代の女王の元に銀色の葉を落として知らせる。それが、精霊の声を聞く事が出来るという証明であった。


 選ばれる瞬間を、全員が固唾を飲んで待つのであるが、その静寂の時間は、魔物の咆哮と彼女達の悲鳴で破られた。


 上空から次々と、二十を超えるワイバーンの群れが襲い掛かり、地上の人々を襲い始めたのだ。

 ワイバーンは両腕に被膜のような翼をもつ竜の一種。大きさは馬四頭分といったところであろうか。主な武器は鍵爪で、長い尻尾で殴られれば、大人の男でもひとたまりもない。

 このような群れは滅多にある事ではなく、またその目的が明らかに娘達であって、次々とその鍵爪が向けられる。


「キャーーーーー」

「助けてぇ!!」


 騎士たちが身を挺してでも彼女達を守るべきであったのだが、現在の騎士団員は貴族の、我儘で傲慢なだけの腑抜けの子弟たち。剣は抜いたもののへっぴり腰で、戦うふりをして逃げだす者、自分の身を護るのが精いっぱいという者ばかりになってしまった。


 その中で次期騎士団長と噂されたヘイグだけは、娘達の元に走り寄る。


「宮廷魔導士は何をやっているんだ! 防御の魔法はどうした」


 叫ぶ。


 城の周辺、特にこの神殿付近は、強固な防御の魔法陣が敷かれているべき場所で、このような魔物の侵入を許すはずがないのに、現状はどう見ても、防御の魔法陣が機能しているとは思えない。


 この混乱の様子はすぐに城に伝わり、警備兵も次々に駆けつける。庶民出身の一般兵の方がよっぽど戦力になっているというのが、騎士団員としてなんとも情けない。


「ヘイグ!」


 聞き覚えのある魔導士の声に、青年騎士はその褐色の瞳を向けた。同じ年齢の、幼馴染の黒髪の魔導士が駆け寄って来る。彼は高位の貴族魔導士らしい、それなりの服装ではあったが、気崩しているため、あまり実力があるようには見えないが、長い付き合いの騎士にとっては、彼が来てくれたことが安堵に繋がった。


「ピア、防御の魔法陣はどうなってるんだ」

「それがわからないんだ、父上も兄上も姿が見えなくて」

「娘達を守る手伝いを頼む」

「わかってる」


 ワイバーンによって、娘達はどんどん地面に伏していたが、混乱の場の中、二人の目に震えるグリエルマが見えた。彼女は怯えて壁際にうずくまっていたため、最初の攻撃を免れていたのだ。

 二人の青年は、幼馴染の少女を守るために駆け寄った。


「ヘイグ、彼女を頼む」

「わかった」


 ヘイグは娘の手を取り、建物の中に避難させるべく走りだしたが、ワイバーンは足に掴み上げた巨石を、水晶木すいしょうぼくの前の広場に次々と落とし始めた。


「こんな知能があるなんて、おかしい! 操られてるぞこれは」


 ピアが叫ぶ。


 それと同時にヘイグとグリエルマの前を塞ぐように、一頭のワイバーンが降りて、咆哮を上げた。ヘイグはグリエルマから手を離し、剣を構えてワイバーンに挑みかかりながら、ドレス姿の幼馴染に叫んだ。


「グリエルマ!早く城内に逃げるんだ」

「お兄ちゃん……!」

「早く!」


 ひたすら怯えて、足がすくんだ彼女は、逃げる事も、進む事も出来ず、その場に立ち尽くしてしまうだけ。

 そこに上空から巨石が落とされた。彼女に背を向けていたヘイグは気づけず、それに気づいたのはピアだった。彼は必死に走り、彼女を突き飛ばす事に成功したが、自身がその巨石の下敷きになってしまった。


「ぐぁっ!」


 両足を巨石に潰され、苦悶の声を上げる彼を見て、ヘイグとグリエルマは蒼白になった。グリエルマが慌てて駆け寄ろうとしたが。


「おまえが、ちんたらしてるからだ! 早く逃げろ! 俺達まで死なせるつもりか」


 苦痛に顔をゆがませながら、厳しい怒号を飛ばす。


「ヘイグ、そっちのワイバーンも引き受ける、そいつを連れて逃げろ! というかそこにいられると、二人共邪魔だ!」


 親友の言葉にヘイグはピアとグリエルマの両方を見て頷くと、彼女の手を取って走った。


 二人が扉の奥に消えて行くのを確認し、黒髪の魔導士は渾身の爆炎の魔法を使う。巨大な魔方陣が地面に展開すると同時に、足の上の巨石も、ヘイグ達を追いかけようとしたワイバーンも、同時に吹き飛ばす。その威力に怯んだのか、他のワイバーンも、次々に翼を広げ、続けて地上から離れて行った。


 徐々に静けさを取り戻す広場だったが、そこにはたくさんの死が横たわっており、まともに立っている者はおらず、ピアもその直後に力尽きたように意識を失った。


 候補者の中で生き残ったのはグリエルマただ一人。


 彼女は精霊に選ばれたわけではなく、生き残った唯一の十八歳の貴族の娘という事で、新たな女王となったのだった。




――混乱から始まった新しい女王の時代は、

 とりあえず平穏なまま、五年の月日が流れる――


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