第43話 期待ばかりが膨らむ二人 8/24(月)

 昨夜、うちの母と光枝さんがニヤニヤ笑って俺の方を見ていたのが気になったが気にしたら負けなのだろうな。

 なので、さっさと自分の部屋に行って明日からの着替えなどを昨日出して中身が空っぽになったばかりのキャリーケースに詰め込んだ。


 勿論さっき光枝さんに渡された紙袋もケースの底の方に隠して仕舞った。紙袋の中はやっぱり思った通りの薄いあれだった。


「母親が彼氏に渡しちゃっていいものなのかな? でももしものときは、先に渡したほうが安心なのか? う~ん……」


「どうしたの、お兄ちゃん。難しい顔して」


「わっ、うるさい。今忙しいんだからあっち行ってろっ」


「酷い~ お母さん! お兄ちゃんがいじめるよ!」


 そんなこんなで眠れぬ夜が過ぎまして、結局……寝坊した。


 家には誰もおらず、テーブルの上に父親からのメモが一つ。


『しっかりモノにしてこい。俺が出来なかったことをお前に託す』


 よく見るとその横に母親のメモが加えられていて、それは父向けに書かれたようだった。


『義海さんへ 帰ったら分かっているわね?』


 怖い。俺は不在で良かったかも。


 両親は今日から一週間は残業なしの早帰り予定。双海が両親を独占するのも珍しい。

 双海の作ってくれた朝飯を食べながら、スズカにちょっと遅れる旨のメッセージを送っておく。


『私も眠れなくって、寝坊したよ。起きたら誰もいなかった……』

『なにも身支度できていないからゆっくり来てくれたほうが有り難いんだけど……』


 11時ぐらいには行くつもりってメッセージを送って、俺も身支度をすることにした。


 自転車にキャリーケースを縛り付けてスズカの家に着いたのは11時ちょっと過ぎ。キャリーケースをしっかり自転車の荷台に止めるのは結構難しかった。


 スズカは涼し気なブルーのワンピースで俺を迎えてくれた。

「いらっしゃい。残暑が酷いよね、今日もこの後33度超えだってさっきテレビで言っていたよ」

「うへぇ~ それは堪んないな。北海道は20度台半ばぐらいかな?」


 実は天気の話など本当は興味ない。困ったときの天気の話とはよく言ったもので、一応会話になっている。


 はっきり言いまして、二人共ものすごく緊張しています。


 少なくとも俺はむちゃくちゃ緊張している。暑いなんて言っているけど緊張しすぎて暑かどうかさえ分からない。


 今朝スズカも寝れなかったと言っていたし、今も若干目が泳ぎまくっていて挙動不審だ。

 なぜかって分かっているけど、今日から金曜日まで誰もこの家に帰ってこないからに決まっている。


 今から金曜日まで本当に朝から晩までスズカと俺のふたりきり。二人きりで一緒に出掛けたりはしているし、泊りがけだって他にも誰かいたとはいえしたことはある。


 それが今回はずっと二人きり。何をしても咎められることもないし、見られることもない。


 ヤバい……

 これ、緊張しないわけ無いでしょ?



「あ、上がって」

「う、うん。荷物って何処に置けばいいかな?」


 キャリーケースを自転車から降ろし、スズカの後について家の中に入る。


「い、一応……お兄ちゃんの部屋を使って大丈夫みたいだから……そっちに置いてもらえるかな?」

「ああ。スズカの部屋の隣だっけ?」

「うん、そう。わたし、お昼の用意をしているから……荷物置いたら下に来て……」


 俺はキャリーケースを担いてスズカの部屋の隣にある兄上の部屋の扉を開ける。


 基本ガランとしているけどベッドと机、タンスが置いてある。

 ベッドはベッドメイクされており、シーツも掛け布団も用意してあった。


「俺の寝る部屋、かな?」

 スズカと同じ部屋にベッドがないのは残念だけど、そもそもスズカの部屋に俺の寝床を用意するほうが親の行動としておかしいだろうからこれでいいんだと思う。


 実際にこのベッドをどう使うかは俺達次第なのだから。光枝さんだって許してくれているようだし……期待してもいいのかな?


 要らないことを妄想していたせいで下に降りる時間が遅くなった。階下でスズカが呼んでいる。


「遅かったけど、部屋が分からなかった?」

「ううん。そんなことはないよ。初めて入ったからキョロキョロしてしまっただけだよ」


「……そうなんだ。えっと、もうすぐ昼ごはんできるよ。餃子とニラ玉スープなんだ……ちょっと臭うかもだけど二人なら構わないよね」


「ああ、楽しみだな」

「えへへ。待っていてね」


 いきなり直球で来るな。にんにくとニラたっぷりでパワーもたっぷり元気になるね! これはスズカも期待しているのか?!



「「いただきます」」

 餃子を一つ口にする。じゅわっと肉汁が溢れ出し旨味とにんにく、ニラの香りが口中に広がる。


「美味い! ええ? なんで? すごく美味しいんだけど!」

「えへへ。そう言ってくれると嬉しいな。にんにくもニラもうちで採れたやつだよ。小麦粉もうちで育てているけど流石に餃子の皮は買ってきたやつだけどね」


 キャベツも時期が違うので買ってきたやつだっていうが、時期が合えば自家製キャベツも食べられるそうだ。


「スズカんちって畑は大規模にやっているのか?」


「昔はたくさんいろいろな種類を作っていたみたいだけど、苦労の割にはお金にならないっていって、今は道の駅に卸す程度しか作っていないよ」


 それでも自分ち用に米麦大豆などの穀物と野菜を作っている。鶏も家の裏手で囲いをして飼っている。


「それでも広い畑を耕して作物を作るのは凄いよな。尊敬するよ」

「無壱くんもやってみる? 私と一緒に……」


「え?」

「あっ、えっ、その……いまのは、あの、プロポーズみたいだけど、えっと……その……」


 真っ赤になってあわあわしているスズカが可愛いし、実は俺も同じこと考えていた。


「将来のことは未だ分からないけど、そうなったらいいなって俺も考えているよ……」


 スズカを抱きしめて耳元でそう呟く。俺の本心。今時点での、というのが情けないけど。


「無壱くん……好き。大好き。ずっと一緒がいい」

「うん。スズカ。俺も大好き、ずっと一緒にいるつもりだからよろしくね」




 スズカんちの田んぼと畑合わせて大体2ヘクタールあるらしいんだけどヘクタールって単位が馴染みなさすぎて分からなかった。


「調べてみよう……1ヘクタールは1万平方メートルだって! 2ヘクタールだったらその倍だから凄い広さだな」


「でもお兄ちゃんが結婚する先の酪農家さんのところは牧場と畑合わせて大体200ヘクタールって言っていた気がするよ?」

「調べる気も失せる数字だよね。それって地図で調べる広さじゃね?」




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新話を書きましたので、よろしかったらご高覧いただきたく。

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