駅で俺にモーション掛けてくる美少女がいるんだけど、どちら様ですか? まさか知り合いだったりはしないですよね?

403μぐらむ

あの娘はだれ?

第1話 邂逅 7/6(月)

 梅雨もまだ明けていない7月6日。

 その日も普段と何ら変わりのない蒸し暑い曇天の朝だった。


 汗を拭こうとポケットのハンカチを取り出したけど使うことなくすぐ戻した。ポケットの中身はハンカチではなく中学生の妹の下着のパンツだったからだ。洗濯の担当が俺なのでつい先日見た覚えがある。畳む担当の妹が間違って紛れ込ませたのかもしれない。妹のことだから悪戯いたずらの可能性も否定できないが。




 さて、俺は朝7時27分当駅始発の上り電車に乗って県立高樹たかぎ高等学校まで通学している。当駅始発だから座ろうと思えば座ることもできるのだけど、以前一度座って寝過ごして終点駅まで行ってしまい大遅刻をしたために絶対に座らないで入り口から奥に進みドア横のスペースを陣取ることに決めている。もちろん乗る車両も乗る位置もこだわる必要など微塵もないのだけれども決めている。



 いつも乗る7時27分始発の1本前の便をやり過ごし、列の先頭で始発電車が入線してくるのを待っているとなんとなく視線を感じた。

 辺りを見回してもみんなスマホや新聞、文庫本などを見ているか、電車が来る方向をただボーっと眺めているだけで俺に視線を向けているやつなどどこにも見たらない。


 ただの気のせいかと思い視線を真正面の下り線ホームに戻すと、どこかの高校の制服を着ている女子学生と視線が合った。有り体に言ってその彼女は美少女なのだが、そんな娘が俺のこと見ている? さっき感じた視線もこの娘なのだろうか?


 彼女と視線が交差していたのは刹那の間。

 直ぐに始発電車がホームにレールを鳴らし滑り込んでくる。7時27分発は下り電車も同時刻出発の始発便がある。

 ここの駅は上下線の線路を挟んでホームが設置されているので、ホーム同士は離れているが車両に乗り込むとその分反対側との距離が縮む。

 俺はいつもどおりに真っ直ぐ奥のドア横にスペースに向かい、広告が貼ってあるドアの窓から彼女が乗車したであろう下りの車両を覗き見る。


 俺のことを見ていたなんて自意識過剰の勘違い野郎も甚だしいのだけど、気になるものは気になるのでしょうが無い。


 しかし、上下線の電車の停車位置には少しのずれがあって、こちらの車両と向こうの車両のドアの位置は合っておらず、俺から見えるのは湿気で曇った窓ガラスにうっすら見える頭髪の薄い頭だけ。

 電車が動き出せば一瞬だけも向こうの車両のドアと重なると思い、発車まで向こうの車両のドアを凝視し続けた。いつもならそんなことも気にせず、スマホを取り出してウェブ漫画や小説を通学時間の時間つぶしにすぐさま見始めるところなのだけど、その時の俺はどうしても彼女が可愛かったということだけではなく、何故か気になってしまいもう一度だけでも彼女を確認したかったんだ。


 定刻どおり7時27分出発のアナウンスが車内に流れ、ホーム側のドアが閉まる。が、再度扉は開き駆け込み乗車に対する注意アナウンスがホームと車内に流れるのが聞こえる。

 僅かに注意が逸れるが、俺の目は斜め前に見えている下り電車の一つのドアの窓に釘付けのまま。いくら電車の動き始めが緩慢だとは言え、ドアの位置が交差する時間は短い。瞬きしている間にも見えない位置に移動していってしまうだろう。

 俺の乗車した上り電車が駆け込み客のせいで出発が遅れたせいで、下り電車だけが定刻どおり7時27分に動き始めた。

(運がいい。向こうを見るのにこちらが動いていないほうが少しだけよく見える)



 はたして下り電車に彼女は乗っており、しかも俺と同じドアの窓から彼女もこちらを見ていた。


 再び重なる視線。


 動き出す俺の乗った電車、速度を上げていく彼女の乗った電車。

 その重なりは瞬時に終わりを迎え、互いに視線を向ける目標を失ってしまう。


(確かに俺のことを彼女は目で追っていた。視線もお互い見えなくなるその時までちゃんと合っていたままだった。だけど、何でだろう? あの娘は知り合い……じゃないよな?)


 なんとなく彼女のほうが俺に興味があるみたいに自分に都合の良いように考えがちだけど、もしかしたら俺の格好がおかしいとか、誰か別の奴と勘違いしているだけっていう方の可能性が絶対に高いな。


「そりゃそうだよな」


 独り言を零すと一駅ごとに増えて行く乗車客に潰されないようにドア横のスペースで縮こまっては少女と視線が合ったことなどすっかり忘れてスマホの画面をなぞっていた。


 妹にメッセージを送ったら『初めに洗っただけでまだ一度もはいてないやつだから大丈夫だよ』と何がどう大丈夫なのかわからない返信があった。兄に自分の下着を持っていかれて何も感じないのはおかしいと思うが、態とではなくただの間違えだったのがせめてもの救い。




 高樹高校の最寄り駅から高校までは徒歩での移動だ。バスでの移動も可能だけど、バス待ちと乗車時間が費用対効果的にどうなのよ? と思ってから歩くようになった。


 学校に着くと下駄箱で上履きに履き替える。昇降口横の階段で校舎2階の2年4組の教室に向かう。俺の席は窓側でも廊下側でもない中央のやや後ろ側というなんとも中途半端な席である。

 2年生7クラス中の4組で出席番号は五十音順で俺の名前が各務無壱かがみむいちなので5番目というなんとも特徴のない場所が俺の位置だ。運動もそこそこの能力、成績も悪くはないけどそこそこの学力だ。名前が珍しいいちなだけであとは押し並べて平均的な男子高校生だと、自分では思っている。


 特段イベントもなく今は昼休み。


 購買で買ってきたパンとおにぎりを頬張りながら仲間たちと駄弁る。

「なあ、今月末は夏休みじゃん。どっかみんなで行かないか?」


 そういうのは俺の中学の頃からのダチで加藤雅義かとうまさよしというゆるゆるテニス部員だ。

「じゃあ、また今年もオジサンに聞いてみようか? 今年は来ないのか的な事言っていたし」

 これは雅義の彼女の久保田陽向くぼたひなただ。


「え~ あそこタダで良いんだけどお掃除がたいへ~ん」

「そうだよな。でもタダだぜ?」

 ゆるふわな話し方で文句を言っているのは佐嶋水琴さしまみことで、タダを強調しているのは俺と1年のときも一緒のクラスだった君島直克きみしまなおかつ


「どこ行くも行かないも、テスト終わってからでも良いんじゃね? お前ら赤点要員だし、おれらのお財布赤字だしな。ま、どのみち任せるよ」

 そう言って締めくくったのは吉田新よしだあらた。雅義と一緒のテニス部のゆるゆる部員だ。


 コイツラは1年の頃はクラスも違っていたけど、いつも集まっては遊んでいる仲間だ。なんとなく気が合う、結構一緒にいる機会が多い友だちだ。

 みんなの話題はまだ先の夏休みよりも直近に迫った期末テストの内容にシフトしていった。


 赤点要員の直克と水琴が補習授業になるとその時点で予定は狂ってしまうもんな。




それにしても今日は本当に蒸し暑い。

「おい、無壱。お前のソレ。ハンカチか?」


え!!

 


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 のんびりとした日常ラブコメにしていきたいです。

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