第29話 一線が…… 8/9(日)-2/3
キッチンに向かう前に脱衣所で汗びっしょりのTシャツは脱ぎすて汗を拭う。
スズカと恋人同士になって1週間。
それはもう仕方ないと思います。
だって、スズカはすごくいい匂いがするし、抱きつかれると何処も彼処も柔らかいし、双丘に至ってはかなりいいもの持っていらっしゃるのでいろいろと……ね? 男子はいろいろ妄想する生き物なのだよ。
だけれど、それを匂わすようなことをスズカに対し言ってしまうのは厳禁。
さっきの言い方では、何かあったらスズカのことを襲いますって言っているようにも捉えられてしまう。俺はもう要反省以外ないです。
替えのTシャツが脱衣所に置いてあったので、着替えることにした。さすがにこのままの汗でびっしょりTシャツは着ていられない。汗でビシャビシャになった元々着ていたもの
も着替えたものも無地の白Tシャツなのでスズカにも着替えたことを悟られることはないだろう。別に着替えたことを気づかれたところでどうってことはないけれど、ちょっと恥ずかしいじゃない? あと汗臭いとか思われたら嫌だしね。
キッチンで麦茶をコップに入れて部屋に戻る。双海は一生懸命何かを切っていたので軽く声をかけるだけで俺はその場を離れた。
部屋に戻るとスズカは、本棚にあった小説を何事もなかったかのように手にとって読んでいた。
「ただの麦茶だけど、ここに置いておくな」
「うん。ありがとう」
一見スズカは全然冷静になっていた様に見えたけれど、全く冷静さは取り戻していなかった模様。だって小説の上下が逆さまだったもの。
上下逆さま何には気づかないふりしてさっきの話はなんとか有耶無耶にしてしまおう。
問題の飽き送り? とんでもない。やるべきこととやらざるべきことを取捨選択しただけだよ? そうしないとこの後も自然にイチャイチャもできなくなりそうじゃない? 折角だしイチャイチャはしたい。だって交際を始めたばかりの健康的な男女はやはりイチャイチャはしないといけないものだと思うんだよね、俺的には。そう思わないかい?
……さっきの要反省の決意虚しく、この様な思考に向かう自分が情けない。
そこから思考を離して、大事なことを話そう。
「ねえ、スズカ。ちょっとこっち来てくれない?」
ちゃぶ台のような小さいテーブルの上にノートパソコンを開いてスズカを呼ぶ。
「ん? なあに?」
「あ、あのさ。来週なのだけど、この前もちょっと言った高校の友だちと旅行に行くんだ。一人小学校からの友達がいてさ、そいつの彼女の親戚の別荘なのだけど――」
「うん」
「――スズカも一緒に行かないか? ここなんだけど」
ノートパソコンには、その別荘の位置を示した地図を表示してある。
「? え? いいの? だって高校の友達と行くのでしょ? 私、全くの他人なのに」
「聞いてみたら『無壱の彼女なら俺達の友達も同類。無問題』と返ってきた」
雅義からの返信が表示されているメッセンジャーの画面をスズカに見せた。
「ああ、このアイコンの人。もしかして駅にいた人?」
「よく覚えているね。そう、雅義ってやつ。こいつの彼女の親戚の家なんだ。空き家なのでまず着いて早々は掃除するようなのだけど」
スズカはちょっと考えている様子。
「あの、彼とその彼女さんと無壱くんの3人で行くの?」
「あ、ごめん。その二人と他に男二人と女の子がもう一人の予定だよ。だから男4に女2だね」
「女、の子? その娘は残りの二人の男子のどちらかの彼女さんなの?」
「いいや。誰とも付き合っていないよ。えっとね、体育祭のときの写真が確かあったはず……」
ノートパソコンを操作して、クラウドの写真ホルダーを開く。
「ああ、コレかな?」
ひったくるようにパソコンの画面をスズカは自分の方に向ける。
「ねえ、無壱くん。このちょっと茶髪でぽやっとした感じの可愛い子?」
「どれ? ああ、それがもうひとりの女の子で水琴だよ」
「……なんで名前呼び?」
「え? み、みんなそう呼んでいるから?」
む~って聞こえてきそうなくらいにスズカのほっぺが膨れて不機嫌ですオーラが吹き出しているかのよう。
え? なに? どうしたの? 何処かに不機嫌になるスイッチあったっけ?
スズカは剥れたまま俺の腕に抱きついてきて、む~って睨む。
睨んでいるのだけど可愛い。ちっちゃい子が怒っているみたいですごく可愛い。
思わず頭をナデナデしてしまった。
「も、もう。そんなことでは許さないんだからね!」
「ん、ああ。なんかゴメンな」
よく分からないけど謝っておいた。許さないって何のことだろう?
「もう、もう、もう。無壱くんは私のなんだからね! 他の女の子のこと見ちゃ嫌だからね」
あとの方に連れ声は小さくなり最後には囁くような声で『双海ちゃんが裸で抱きついたのだって不安なんだから……』って言っているのもちゃんと聞こえました。
なるほど……
要するにスズカは雅義の彼女の陽向が一緒なのは仕方ないが、フリーの水琴が一緒に旅行に行くことに対してヤキモチを焼いたということか。しかも、妹の双海にもちょっとヤキモチを焼いていたりしたということなのか。
俺の腹の底というか足の先というか頭の天辺というか、何処からともなく湧き上がる『スズカがむっちゃくっちゃ可愛すぎる!!』という熱い思いが溢れてきた。
スズカも汗をかいていたのか、いつもより体臭、いやこれは芳香だ、が強い。腕に抱きつかれているので余計に香りを強く感じ、とうとう俺の気持ちの高ぶりは我慢の限界を超える。
「ああ、スズカ、スズカ! 俺はスズカが大好きだ。俺はゼッタイにスズカ以外の女の子なんて見ないよ。スズカっ大好きだよ」
気持ちが溢れ昂りすぎて思わず腕に抱きついていたスズカの全身を抱きしめ愛を語ってしまった。
急に抱きしめたのでスズカはビクってして驚いていたようだけれど、抱きしめている俺の腕の中からトロンとした眼差しで俺のことを見つめ……そして、目を瞑った。
え? いいの? 一線を越えちゃうよ?
この昂ぶる気持ちに愛をこめて、スズカの唇に……
「お義姉ちゃんお兄ちゃん、おまたせ~ お昼ごは……ん、でき……あ、スミマセン。続きをどうぞ。下で待っています。ごごごご、ごゆっくり‼」
「「……………」」
ちょっとの間をおき、階下のダイニングに行くと昨夜同様それはそれは見事な土下座をしている双海が居りました、とさ。
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