第28話 全裸で駆ける 8/9(日)-1/3

 日曜日。


 昨夜10時を少し回ったあたりで上空をゲリラ豪雨の雷雲が通り過ぎたようで、バケツを引っくり返したような雨とはまさにこれなのか? と思った土砂降りの雨に凄まじい稲光の閃光に轟音と空振が我が家の近隣を襲って来ていた。


「うわぁ~ こりゃすごいなぁ! 雨と雷の音しか聞こえなくなるくらいだな」


 この時、これに恐怖心が上限突破したのであろう双海は、素肌にタオルを巻いただけのあられもない姿で風呂から飛び出し俺の部屋に駆け込んできた。


「なっ⁉ 双海、ど、どうしうぎゅ!」

「お兄ちゃん! お兄ちゃん! お兄ちゃん!」


 しかも双海はそのまま俺に抱きついてきてガタガタと震え、わんわん泣きだし、ギリギリ巻いていたタオルは雷の轟音とともに暴れたせいではだけて丸見えになってしまうという惨状をさらけ出していた。いくら宥めても収まらない双海の恐慌状態に俺も泡食ってしまう。


 そしてその様子は二人ビデオ会議中だったスズカにもしっかりと見られていた。


 ノーパソ画面越しのスズカはずっとジト目で非難するような視線を向けてきている。そして、その原因の双海は俺に抱きついたままガタガタ震えたまま離れようとしない。というか双海は両腕と両足で俺を完全にホールドしたコアラ抱っこ状態なので、俺としても双海を離してしまいたいがどうにもこうにも離すことが出来ない。素っ裸の妹に抱きつかれている姿をノーパソのカメラ越しに恋人のスズカに見られているというなかなか混沌としたシーンだった。


 せめて落雷で停電でもしてくれれば、無線ルーターの切断でスズカの視線ぐらいは途切れたのにな……

 最近は落雷があっても簡単には停電しなくなったよな。電力会社さん素晴らしいです。でも、昨夜くらいは……な?





 双海は雷の音が近づいてきたので慌てて風呂から直ぐに上がったが身体を拭いていたところ運悪く直ぐ近くで落雷。その閃光轟音ガタガタと家中が震えるような空振にいっぺんに襲われた双海はパニックに陥ってしまい服を着ることなんか頭から消え去ってしまい、裸のまま俺の部屋に駆け込んできたみたいだ。バスタオルが最後の矜持だったようだけどあっさりと手放してしまっていた。


 双海は小さい頃から雷が大嫌いな子だった。まだ治ってなかったのだな。


 双海は雷雲が通り去って辺りが静かになったところでやっと落ち着いて俺から離れた。そして自分が今何をやったのか気づき、また振り向きざまにノーパソの画面の向こうでじっと俺と双海を見ている非常に冷めた瞳を向けているスズカの姿を見つけコレまた素っ裸で風呂場にドタバタと逆戻りしていった。


「ぎょぅえ゛ららら!!!!」

女の子が出す声じゃないやつが我が家に木霊してた。




 暫くして再度俺の部屋に今度はちゃんとしたパジャマ姿で戻ってきた双海は俺と画面の向こうのスズカにそれはそれは見事な土下座で平謝りしていた。雷によりパニックになってしまっただけなのでお咎めは必要ない。


 そうは言っても気持ちが収まらない双海は、今日の日曜日、スズカと俺を手料理でおもてなししてくれることで詫びを入れたいそうだ。

 彼女自身の贖罪と俺たちの交際のお祝いを兼ねるそうなので、期待してほしいとのことだったので、そのまま俺とスズカはそれを受け入れた。



 そして本日。


「もてなされる側が食材の買い出しに付き合わされるとは思わなかったな」

「もう、無壱くんもそんな事言わないの! 仕方ないじゃないの、ね。双海ちゃん」

「うう、お兄ちゃんお義姉ちゃんごめんね」


 居ると思っていた両親が朝から出掛けてしまい、食材の買い出しが出来なくなってしまったので、結局俺たちが買い物を手伝うことにしたのだ。

 材料費だけは既に昨夜貰っていたようなので大丈夫だと言っているが、親も何故昨日のうちに不在を伝えなかったのやら。


 今日もスズカのうちの朝どれ野菜のお土産がたくさん。


 うちに来る度に持ってきてもらうのは申し訳ないって言うのだけれど「毎日売るほど採れるので大丈夫だよ。実際売っているしね。これはカタチが悪かったり傷があったりして売れないやつ。それだってたくさんありすぎて捨てているぐらいだから食べてもらえるほうが嬉しい。ってお母さんが言っていたよ」とのことで有り難くいただくことにする。


「買い出し手伝ってくれてありがとう。ここからは私が一人でできるからお二人さんはお兄ちゃんの部屋でイチャイチャしながら待っていてね」


『ふたりとも私が部屋に入っても大丈夫な状態のままでいてね』と余計なことまで言って双海はキッチンに入っていった。

 そんな事を妹に言われてどう答えればいいのか俺は知らない。俺の横で真っ赤になって俯いているスズカも知らないだろう。



「やれやれ。暑いのに馬鹿なこと言う妹でゴメンな」

「ううん、大丈夫だよ。双海ちゃん。可愛いね」

 まあ、可愛い妹には違いはないけどな。ちょっと抜けているところがあるんだよなぁ~


 俺の部屋に行って、二人で明日からの計画でもちゃんと立てよう。昨日あんな事があって結局計画さえ立てられなかったからな。


「……あ、あの……昨日、双海ちゃんに裸で抱きつかれて無壱くんはどう思った?」

「え? 『また雷にビビって大騒ぎかよ。スズカと折角話しているのに何でこいつは裸で抱きついて来ているんだ?』かな?」


「裸の女の子に抱きつかれているのに?」

「? スズカ……あれは双海。妹だよ? 可愛いとは思うけれど、それだって妹にしか見えないし、女としては一つも見てないけど」


 あいつが俺にベタベタに甘えてくるときも俺を男としては一切見ていないで兄としての信頼の上で甘えてきているもんな。


「あ、ああ。そ、そうよね。私も何聞いているんだろ」

「そうだね、あれが双海じゃなくてスズカだったら――」


 ――ちょっと想像してみる。

 裸のスズカが「無壱くん雷がコワイ」って抱きついてきたら……雷のことなんか忘れるくらいにあんなことやこんなことをしてしまうかもしれないな。いやいや、まだキスさえしていないのにそんなことはいけない。順番は守らないとな……でもやっぱり――


「――もう冷静さの一つも俺は持つこと出来なくなってアレコレするのは確信できるけどね」



 あ、余計なこと言った。想像してしまったが故、口が滑った。


 言った瞬間スズカは茹でダコ状態、俺も全身真っ赤で冷や汗ダラダラが止まらない。


「あ、その。飲み物とってくるな」

「う、うん」


 取り敢えず逃げた。

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