第7話 中途半端な兄と優秀な妹 7/12(日)

 昨日は米だったし、ピッキングも米と水だったので思いの外身体が疲れている。


 でも、今日は約束があるから朝からちゃんと目覚めている。


「お兄ちゃん、起きてくるのが早いね」

「お前が遅い。お前から付いてきてくれと言ってきたくせに寝坊とは許さん」


「うう……ごめんなさい。直ぐ用意するから許して」

「あいよ」


 今日は妹の双海と隣町の大型書店に参考書を買いに行く約束をしていた。

 中学3年生なので受験勉強を本格的に始めて、俺のような中途半端な高校に入らないように頑張るそうだ。


 余計なお世話である。中途半端で悪うございましたね。


 俺の住む町には駅はあるけど駅前はシャター商店街で殆どの店は営業していない。

 はっきり言うと寂れている。隣の街に大型ショッピングモールができたせいなどと言われているが、そもそも都市開発が進まず若い世代の人口が減ってきていると中学の社会科の授業で習った。俺の自宅も駅から2Kmほど離れた田園地帯との際にあるが、その先には開発など行われていない里山の風景が未だ残っている。駅と俺ん家の間には雅義の家がある住宅地に繋がる大通りもあるので人口自体はそんなに少ないわけではない。但し駅の向こう側、線路を挟んで我が家とは反対側はそれこそ駅周辺以外は殆ど市街化調整区域で開発自体があまり行われている様子がない。




 駅前の住宅街も平日の通勤通学時間帯以外は人気がなく閑散という言葉がよく似合う。若い世帯は便利な近隣都市に流れ、残されたものは老人と移転する気力体力の無いものだけ

 なんて自らを卑下する住民も中にはいるが俺は概ねこの町を好んでいる。まあ、ずっとここに住み続けるかと問われると微妙な気がするけど。


 そんなこんなで参考書の充実度を考えると地元の町の小さな書店では用足らずで、こうして電車に乗って隣町まで買い物に行くことになる。

 ネット書店というものもあるけど、参考書は中身をよく吟味して自分に合ったものがいいからな。


 双海が身支度している間に俺も着替える。

 今日は雨も降っていないどころか快晴の予報なのでとうとう来るか梅雨明け宣言って感じの青空が広がっている。


 リビングでテレビを見ながら待っているとやっと双海が用意できたようだ。




「さあ、行くかって。おまえ、本屋に行くだけだろう? 何をむちゃくちゃお洒落さんしてんだよ」

「むー いいじゃん! お兄ちゃんとお出かけなんだからさ。オシャレしたい年頃だし」


「何を言っているかわかんないけど、まあ、可愛らしいからかまわんか」

「え? なに? お兄ちゃん……今なんて言った?」


「かまわん、か?」

「その前!」


「覚えてない、な」

「あーもう!」


 双海が自転車は嫌だと駄々をこねるので駅まで20分ほど歩く。

 歩くほうが余程面倒なんじゃないかと思うが、機嫌良さそうに俺と手を繋いでいるので余計なことは言わないことにする。





 今日の目的地は下り線で2駅先。


 駅のホームで視線の合う彼女がいつもいる場所に立ってみる。

 明日も居るかな、などと考えてしまう。


「お兄ちゃん、大丈夫?」

「平気だぞ。なにもない」

「ならいいけど」

 ちょっとボーッとしていたようだ。


 電車が入線してきたので、そのまま乗車し、がら空きの座席に座る。

 がら空きなのだからもう少し余裕を持って座ればいいのにべったりくっついて座る双海を押しやって少し離れさせる。


「おまえ、暑いんだからもう少し離れて座れよ」

「可愛い妹がお兄ちゃんに甘えるのは正義なんだから良いの!」


「何だそれ! そんなもん知らねえよっ」

 取り敢えず少し離れさせる。


「それでお前どこの高校狙い?」

誓鈴女子せいりんじょし高等学校をば、狙っております、よ」


「まじ?」

「マジ」


 大きく出たね。近隣じゃ一番の進学校だぞ。


「平気なのか?」

「平気じゃないから今から頑張るの」


「そうか、OK! ガンバレよ」

「ありがと……お兄ちゃんと一緒が良かったけどお兄ちゃんの高校は中途半端で…」


「悪かったな」

「あはは」

 子供だと思っていた妹の成長に兄ちゃん涙が出そうだぞ。



 隣町の駅前を双海と腕を組んで歩いているだけなのだが、明らかに不満そうな男子の視線が刺さる。双海は可愛いからな仕方ないがこいつはタダの妹だぞ。


 小さい頃から両親が共働きだったので大のお兄ちゃん子に育ったようで思春期真っ只中、15歳の今でもベタベタにくっついて俺に甘えてくる。

 常日頃からずっとこんなだから俺はまったく気にならないのだが、世間的に見ておかしいのだろうか?



 書店で参考書を買ったあとは、近くのこぢんまりした洒落たレストランで昼飯を食う。あたりまえだけど昼飯は俺のおごりだ。


「ねえお兄ちゃん。このあと誓鈴女子校に行ってみたいんだけどいい?」

「近いのか?」


 双海はスマホで検索している。


「ちょっと待ち、うん、近い。歩いて5分ちょい」

「なら、外から見るだけ、な。俺が入ったらただの不審者だからな」


「私だって勝手には入れないよ」

「そりゃそうか」


 レストランから出て駅ビルの電光掲示板を見上げると梅雨明けの文字が見えた。

 こころなしか日差しも強く夏が始まるって感じ。


 程なく誓鈴女子校に到着する。

(アレが生徒か? なんか見覚えのある制服だな)


 部活なのか生徒が敷地内に何人か居る。制服の生徒も見かける。

(ああ、駅で目の合うあの娘の制服だ)


 ずっと腕を組んで離れなかった双海も学校を見ると俺から離れ、校門から中を覗いている。

 後ろの方で見守る俺。不審者じゃないよアピールは忘れない。

 すると何故かいつものような視線をまた感じる。


(どこかな? まさかあの娘が今日も登校していたりして?)

 さすがにそれは都合が良すぎるので単なる気のせいだと思う。


 ざっくりと学校の周囲と校舎などを見回すが、どこを見てもこちらを見る人はだれもいない。やっぱり勘違いだったようだ。


 そう言えば確かスズカちゃんもここの高校だって昨日言っていたよな。

 今度、双海のためにも学校のことを聞いてみよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る