第31話 動揺 8/10(月)

「お義姉ちゃんがお兄ちゃんの友だちと旅行に行く話はちょっと待ってもらっていい?」と双海が昨日言っていたので取り敢えず保留にしている。


 最悪当日何も言わずに連れて行っても何の問題もないどころかサプライズになっていいと思えるくらいだ。いや、さすがに今回は予約とかもあるのでやりはしないけど。


 聞いてみるとどうも双海は俺が旅行に行っている1週間は家に一人きりになってしまうのでそれが嫌だという。よく考えると昼間は夏期講習があっても、両親はいつもどおりの仕事なので朝晩は不在でちょっと不安で寂しいという。去年は俺が今回と同じ様に旅行中には両親が休暇中だったので問題にならなかった。

 そこで遠方者用のリモート授業に1週間分を変えることが出来ないか予備校に聞いてみるから待ってくれということらしい。動画配信みたいなもので日付も時間もずらして授業が受けられるというものと最初の受講申込時に説明されたのを思い出す。


 両親は『無壱が面倒を見るなら問題ない』とあっさりとした答えで許可を出してくれた。

 俺もスズカも双海の同行に否はないし、雅義だって小さい頃からの知り合いだから問題は無いと思う。念の為聞いてみたけど『いちいち聞いてくるな。無問題』と返信された。




 今日はスズカの家に行く。毎日会えるっていいな。


 俺の家は住宅街の端っこでそこから駅まで自転車で通っている。今日は、その駅を越えてスズカの家まで自転車で向かう。

 午後から行くつもりだったけど、お昼ごはんをスズカが作ってくれると言うので昼前に着くように家を出た。

 流石に昼日中のお日様のパワーはとんでもない。帽子を被らない俺も押入れの中から唯一見つかった麦わら帽子を被り、スポーツタイプのサングラスを掛けて外に出た。





 今度せめてちゃんとした帽子ぐらいは買っておこうと心に決めた。


 だってスズカの家に着いた途端、外で作業をしていたスズカのご両親の凉太郎さんと光枝さんに見つかり大笑いされたんだもの……


「お父さんお母さんどうした……ぷっ」

 スズカにまで笑われた。


「そ、そんなにおかしいかな?」

「だって、おしゃれな麦わら帽子だったらかっこいいと思うけど、その麦わら帽子って野良作業用のやつだよね。ほら、ウチのお父さんがかぶっているやつと一緒! しかも若干小さい! それにかっこいいサングラス合わせちゃ駄目じゃない?」


 言われてみればこの麦わら帽子は中学生の時、野外学習で行った田植えの際に配られたやつだったような気がする。


「うん……そうだね。俺、帽子なんて買ったこと無いのに俺の部屋に麦わら帽子があったのがそもそもおかしいんだよ」


 まあ、いいか。機能的に何ら問題ないのだし、サングラスの方は良いみたいだから。


「帰りに使ってない帽子をやるから持って帰りな」

 凉太郎さんが帽子をくださるそうだ。ありがたい。


「駄目だよ。凉チャンの言っている帽子ってKub○taとかIS○KIだったり、除草剤のH○1○1だったりのことでしょ?」


 よく分からないけど光枝さん曰く『若者の被る帽子じゃない』そうなので、今度スズカと一緒に買いに行こう。


「凉太郎さん、光枝さん。お気遣いありがとうございます。スズカと出かけた時帽子も買ってくることにします」


 それで、今日は大事な話があってお伺いしたのであった。

「あのスズカから聞いていると思いますけど、来週1週間俺の友だちと旅行に行ってこようと思うのでその説明をしに来ました」






 凉太郎さんは昼食を食べたところで組合の寄り合いが急遽入ってしまったので出かけてしまった。

 旅行自体は反対しているわけでもないので、光枝さんが聞いておけば問題ないだろうってことのようだ。


 凉太郎さんは出掛けに『これならいいだろ?』ってJAとロゴの入った麦色のキャップを俺に渡して颯爽と出掛けていった。

 見たことあるけど何のマークだったっけ?


 スズカの家に招き入れられ、リビングでのんびりと涼ませてもらっている。

 ゲリラ的豪雨は毎日のようにどこかで起こっているようだけど、日中は相変わらずギラギラした日差しが地面を焼いている。


「どうぞ、無壱くん。麦茶だよ」

「ありがとう。助かる」

 スズカに麦茶をもらい一気に飲み干した。


 光枝さんは朝の作業を終えたので、シャワーを浴びて着替えてくるそうだ。

 お盆に入ったら、お仏壇がある家なのでお客さんが来るのであまり畑などに手をかけられないから朝夕のあまり暑くない時間帯に野良作業をしてしまうそうだ。

 バイトの倉庫も暑いところは大変だけど、農家の屋外作業なんてもっと大変なのだろう。

 凉太郎さんなんて真っ黒に日焼けしていて、夜見ると突然現れたようで驚かれるなんて話をしていたくらいだ。


「おまたせ~ あああ涼しい~」

 エアコンに向かって手を広げ風を受ける光枝さん。


「お母さん! 恥ずかしいから止めてよ!」

「いいじゃない。ねぇ~ 無壱くん」


「はい、俺は構わないですよ」

「ほら、無壱くんがいいって言っているのだから凉風はごちゃごちゃ言わないの」


「む~」

 頬を膨らまして拗ねるスズカも可愛い。


「まあ、無壱くんは凉風の拗ねている顔も好きなのね」

「あ、いや……はい」

 親にいじられるのってとっても恥ずかしいことなのだとここ最近非常によく知り分かったことだ。

 今回も俺とスズカの二人はもじもじ赤くなるしかない。


「そ、それで旅行なのですけれど――」

 一通りの説明を終えて、再度許可のお願いをする。


「うん。構わないわよ、気をつけていってらっしゃい」

 そう光枝さんに言われてほっと胸をなでおろす。駄目とは言われなくても注文をつけられる可能性もあったからね。


「それにしてもグループ旅行とは可愛いものね」

「え? グループ旅行って可愛いのですか?」


「だって、私の高校2年の頃なんて親に黙って彼氏と一緒に二人で旅行に行っちゃったもの。その旅先で彼に私のハジメテを捧げちゃったのよねぇ~」


「あ、あの……」

 思い出に耽っているところ申し訳ないのですが、光枝さんが高校2年の頃に付き合っていた彼氏というのは……


「ん? あ゛!」

「え? その彼氏って……」

 光枝さんが見るからに動揺し始めて、額から滝のような汗をかいている。


「コホン……うん。えっと……その、無壱くんのパパです。この前キスだけって言ったけど嘘です。わたくし全部よっちゃんに捧げていますのです」


 よっちゃん。つまり俺の父、義海のこと。

 光枝さん、ちょっとぶっちゃけ過ぎて俺の頭がショートしそうだよ‼


「お母さん、ちょっと……」

「え? なに? 怖いんだけど、凉風? 痛い痛い! 耳を引っ張らないで!」


 声がどんどん遠くに離れていく。屋外に行ったのかな? ドアがバンッと閉まる音がした。


 俺は失礼を承知で冷蔵庫を開けさせてもらい、麦茶を更にもう2杯ほどいただいて気を確かに持つことだけに全集中した。

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