第20話 ピアス 8/2(日)-2/3

「いやホント美味かった。スズカは料理上手なんだな」

「確かにに上手だったけど主に作ったの私なんだけど! お兄ちゃん!」


 双海が自分を褒めろとうるさい。


「そんなのわかっているよ。双海も料理の腕を相当上げたな」

「えへへ」


 双海の頭を撫でながら褒めるとご満悦の様子だ。


「はい、ごちそうさまでした」

「「おそまつさまでした」」


 食事が終わるといつもの様に俺は片付けを始める。当然、洗い物も俺がやることになる。

 リビングの方で食べていた両親も食器の後片付けをしに台所にやってきた。


「ごちそうさまでした。スズカちゃんは良妻になるわね。お料理美味しかったわ。ああ、勿論双海も良妻になることは確定よ。私が教えたのだからゼッタイなのよ」

 母さんにもスズカはお墨付き貰ったようだ。なんだか俺のことではないのに嬉しい。


「ああ、ほんと美味しかった。ありがとう、ごちそうさまでした。改めまして無壱の父親の義海よしみです。無壱、洗い物は父さんがやるから、お前はスズカさんと部屋でゆっくりしてなさい」


 片付けは父さんが代わってくれた。父さんはスズカを見ては首を傾げるような仕草を何度化しているが、何か気になることでもあるのだろうか? スズカが気に入らないとかいうネガティブな感情ではないようなのだけどさっきから何度もするので気になる。


「私は午後に友達と図書館へ行くから、出かけるからね。帰りは夕方かな?」


「そうそう。洗い物が終わったら母さんたちも今週分の食材買い出しに行かないとだから出かけるわよ。無壱、誰もいないからってスズカちゃんに変なことしちゃ駄目よ」


 母さんにそう言われた瞬間に真っ赤になる俺とスズカ。


「やや、やめろバカ!」

「親に向かってバカとは何よ! 今夜のおかずあんただけ梅干しよ。決定事項だから翻らないからね?」


 食器を流しに置くと父さんは洗い物を始め、双海はバッグを自室から持ってきてそそくさと出かけてしまい、母さんはリビングに戻り買い物リスト作りに入ってしまう。


「じゃ、俺の部屋、でいいかな?」

「うん……大丈夫? 梅干し……」

「梅干しは気にしなくっていいよ……」


 階段を登って俺の部屋に行く。女の子を自分の部屋に入れるなんて初めてのことだ。

 奇妙な緊張感があるけど、顔に出しちゃスズカまで緊張してしまうので気をつける。


「お邪魔しまーす。男の子の部屋に入るのは兄の部屋以外で初めてです。ちょっと緊張しますね」

「ど、どうぞ、座って」


 ……と言っても座る場所が床、一応絨毯は敷いてあるけど、じかではお尻が痛いよな。

 これでいいかと渡したのは長座布団のようなもの。

 実は俺が小さいときに使っていた子供用布団にカバーを誂えてかぶせて座布団風にしたもの。


「へ~ 無壱くんがこれで寝ていたんですね。可愛いお布団」

 物珍しいのかキョロキョロ見回すスズカ。


 好奇の眼差しがちょっと恥ずかしい。何か面白いものでもあればいいけど、つまらないって評判の俺だからどうしよう。


 スズカが本棚の前で止まる。


「無壱くんも本を読むのですね」

「も? スズカも読むのか?」


「私は結構読みますよ。ジャンル問わず何でも」

「俺は両親や双海が読み終えたのが回ってきてそれを読んでいるだけだよ。そこの棚の本はみんなの読み終わった本の最終保管場みたいなものなんだ。俺が自分で買うのは漫画ぐらいだな」

 スズカは体を左右に揺らして興味深そうに本棚を見ている。


「だからこんなに沢山あるのですね」

「読んで読み終えたら俺の部屋の棚に収納するって流れだから本棚だけは大きいんだよ」


 本置き場としても使われている分、俺の部屋自体も双海の部屋より広い。しかも、最初から両親はここを本部屋にするつもりだったようで、床板も梁も丈夫に作ってあるそうだ。


「ご両親とか双海ちゃんはどういうのを読むの?」

「双海は女子中学生だけあってか恋愛小説とラノベだね。母さんは推理小説と文芸が多いかな。父さんは……いいや」


「え、なに気になるじゃない?」

「あ~、いや。か、官能小説とSFものだな」


「官能小説? どう言う内容なの?」

「スズカは知らない? いや、知らないほうがいいとは思うけど」


「え~ 気になるよ、どの本なの?」

「マジで見るの」


「うん」

「知らないよ。はいこれ」


「昼下がりの人妻の憂鬱……?」

 ペラペラと数ページめくっては、顔を真っ赤にしてその本をそっと本棚に戻すスズカ。


 俺の方を振り返り、ジトッとした目でお前も読んだのかと問うてくる。


「……だから知らないよって言ったのに」

 俺は小声でぼやく。


「無壱くん、読んだの?」

「……はい。官能を堪能しました」


「もう‼ やっぱり無壱くんも男の子なんだね。えっち、嫌い!」

「ええ……しょぼん」


「嘘うそ。ごめん、気にしないで!」

(なにが嘘? 嫌いってコト? ということは??)


 どういうことなんだろうと聞いてみたいけど、やっぱり怖いと思ってしまう。


「あ、これ。無壱くんの学校の宿題なの? 凄い、殆ど終わっているじゃない。8月に入ったばかりなのに関心だ。私なんてまだ半分強くらいしか終わってないよ」


「今回は偶々、みんなでやる機会があったからで何時もは半分も終わってないのが俺の普通の夏休みだよ」


 あからさまな話題の逸し方だけど、俺にとっても悪くない方向性なのでそのまま知らぬ顔で話を続けることにする。


「へ~ ここで無壱くんは勉強しているんだ」

「小学生の時の学習机のままなんだよ。高さ変えられるから新しいのなんていらないしね。椅子だけは新調したけどさ」


 スズカは学習机の正面の棚になっているところに置いてある細々したものまで手にとったりして見ている。余計なものなど置いていたとは思わないけど、そんなに見なくてもいいのに……恥ずかしいじゃん。




「あれ、これ。私がいつの間にか無くしていたピアスだ! え⁉ どうして無壱くんがこれを持っているの?」



 そのピアスは駅で目の合う彼女がしていて、あのときに落としていったもの。






 ああ。


 どこかで見たと思っていたけど、初めてバイトの休憩時間にちゃんとスズカと話したときに彼女がつけていたのがこの星ピアスだ、思い出した。


 スズカのピアスを駅の彼女がしている。



 偶然、同じものという可能性もあるが、紛失していたことまで同じなんて偶然では片付けられない。






 同一人物で間違いないだろう。


「バイト先で落としたのかな? でも一度しか着けていった事は無いはずだし……あれ? ねえねえ、無壱くんはどこでこのピアス見つけてくれたのかな?」




 言うべきか言わざるべきか。言ってしまうとスズカが何故駅の彼女の扮装をして毎朝俺と目を合わすのか理由もわかる。


 でも、彼女のことは知らないと言ったスズカには隠したいナニカもあるのだと思う。


「ん? どうしたの、無壱くん」

 嘘はつけない……な。


「駅で――駅の改札を抜けたところで拾った。以前スズカにも聞いたことのある駅のホームで目の合う彼女が走り去る際に偶然落としていったものを俺が拾ったんだ」


「……えっ⁉」





「あのさ、スズカ。下り線のホームの女の子ってスズカなの?」

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