第21話 独白 8/2(日)-3/3
「あのさ、スズカ。下り線のホームの彼女ってスズカなの?」
周りから音が消える。それなのに自分の心臓のバクバクという音だけは響き渡るようにうるさい。
たぶん数秒から長くても十数秒の間だったと思うが、何分、いや何十分もの
「……………うん。あれは、私」
「そっか。彼女はスズカだったんだ。ぜんぜん気づかないなんて俺はやっぱり女性の顔判別するのが苦手なんだなぁ~ ははは、は…は」
「……ごめんなさい。騙そうなんて思っていたわけじゃないの」
「いやいや騙すなんて! うん。スズカがそんな事をする娘じゃないことぐらい短い付き合いでもわかっているから」
「ありがとう。私、地味で人見知りもするから誰に対してもなかなか自分から話をすることが苦手で――」
「前にそう言っていたね」
「――バイトの時も私が困っているのを無壱くんが助けてくれて……何度も何度も。でも私はありがとうの一言もちゃんと言えなくて、その後も私からは話しかけられなくて……
だから無壱くんからも仕事のこと以外で話しかけられることなんてこの先も絶対に無いものだと諦めていたの。
それに竹島さんと週刊誌のグラビア見て楽しそうにしていましたから、無壱くんは地味で可愛くない私よりも、きれいにお化粧して飾ってキラキラしている娘の方が好きなんじゃないかなって思っていたのです」
「いや、あの週刊誌は偶々竹島さんが振ってきたから合わせただけで……」
「だっ、だから、もしかしたら無壱くんもキラキラ女子高生になら興味を持ってくれるかもしれないって思って、あの格好で駅のホームで待ち伏せしました。でも、自分から話しかけたり近づいていったりするはやっぱり無理で……
それなので私でも唯一できそうな目を合わせることで無壱くんにアピールしました。思惑通り、無壱くんはキラキラ女子の私に興味を持って近づいてきてくれましたけど、あの姿で会うのはやっぱり恥ずかしいし、見た目はキラキラ女子のくせに本当は地味な私だってバレたら幻滅されるかもしれないって怖くなって逃げました。ごめんなさい」
スズカの独白は続く。
俺はしっかりとスズカの目を見て一言も逃さないつもりでしっかりと耳を傾ける。
「その後、想定していたものとは違ったけど、その週の土曜日には無壱くんが話しかけてくれて私の願いが叶いました」
「そっか」
「嬉しかったです」
「俺もだけど結構ぎこちない感じになったよね、その時」
「だ、だって心の準備が整ってなかったですし」
暗く真っ青な顔から突如真っ赤になるスズカ。
「ちょっと私が調子に乗ったのと、バイト先で声をかけてくれた時に駅のコトが話題にもならなかったので更にキラキラ女子は続けてみました。無壱くんがぜんぜん気づかないのもちょっとおもしろかったのは否めません。
いい加減気づいていると思った次の週もぜんぜん駅の私について一言も無壱くんは触れてこないし、双海ちゃんの受験のこととか話し出すのでかなり混乱しました」
「あ、そう言えば、あの頃駅でもバイト先で弁当食う時の最初も、スズカはすごく睨んでいたよな」
「……あれは、お弁当を作ったのが彼女さんかと思って。双海ちゃんと一緒に私の学校見学をしに来た時に見かけていて双海ちゃんのこと彼女かと思ってヤキモチを……」
「え? やきもち⁉」
「無壱くんと連絡先交換ができて、実は飛び上がるほど嬉しかったのですが、まさか駅のキラキラ女子の私について誰だか知っているかと聞かれることは思ってもいませんでした。駅の私のこと聞かれたときは、やっぱりキラキラ女子のほうが好みなのかなって少し落ち込みましたけど、お話してみるとなんかそうじゃないのかもって」
「あのとき気になっていたのは何で俺のことをそんなに見てくるのかってことが主だったからな」
「お化粧は少ししていましたが、メガネをとって髪型を少し変えただけなのに私だと無壱くんは本当に気づかなかったのですか?」
「うん。まったく。完全に別人だと思っていた。最初に気づかなかったことで、もうあの娘は知らない人、というバイアス効いたのかもしれないけど。あれ? そう言えば今もメガネしていないけど、視力は悪くないの」
「先週、偶然駅で合いましたけど普段の制服姿の私はあんな地味な感じなのです。メガネはしていますけど、ただのUVカットメガネで視力が悪いわけでも無いのです」
ご両親が畑仕事の際に太陽光で目を痛めたことが有り、目を守るためにと子供の時からUVカットメガネは外出時にはさせられているそうだ。
「本当にすみませんでした。私は無壱くんと話したかっただけなのに余計なことばかりして無壱くんを混乱させてしまいました」
目から涙をボロボロと流し、悲痛な表情で俺に謝ってくるスズカ。
「毎日チャットをするのもすごく楽しみだったし楽しかった嬉しかった……でもずっと無壱くんを騙しているようで心苦しくて。でも振り向いてもらいたくて……
わわ、わたし……ずっと前から無壱くんのこと す―」
「ああ! ちょっと待って!」
「―え?」
悲痛を通り越して絶望的な表情のスズカ。
「あ、違う。まって そんな顔しないで! 今スズカが言おうとしたことの前に俺に言わせて、お願い。俺の勝手な矜持だけど、頼む。この通り」
両手を合わせてスズカのことを拝むような姿勢で俺はお願いした。
コクンと頷いてもらい了承を得た。
「自分のこの思いに気づいたのはつい最近だし、スズカの思いにちゃんと応えられるか受け止められるか不安なところもあるけれど……スズカ。
俺はスズカのことが好きだ! 会えないのは寂しいし、声を聞けないのも悲しい。
スズカ、君に触れたい、抱きしめたい。
もう一度、言うよ。
スズカ、好きだよ。俺と付き合ってくれ!」
「!! 私も無壱くんが好きー! 大好きですっ」
つい、感極り二人で涙を流しながら抱きしめあってしまった。
暫く、どのくらいの時間が経ったのか分からないけど抱き合ったまま過ごし、やっとのことで落ち着いてきた。
さっきは誰も家に居なくってよかった。二人して『好き好き』言い合いながら泣いて抱きしめあっていたなんて誰にも見られたくないし、二人だけの秘密すべきことだ。なんだかもの凄く恥ずかしい。
ついでに昨日今日など殆どでなくなったけど、偶に出るスズカの俺に対する丁寧な話し方も止めさせた。恋人となったら対等でいたいもんな。
「そう言えば駅のホームの私の姿はどうだった? やっぱり変かな?」
「有り体に言ってむちゃ可愛かったよ」
「へへっ。でも私だと気づいていなかったんだよね」
「そ、そうだね」
「アッチの私とコッチの私、別人だと思っていたなら、もし両方から告白されたら無壱くんはどう答えていた?」
「勿論スズカと付き合うというよ」
「どっちも私なんだけど⁉ ずるい答えだなぁ~ なんだか自分で自分に嫉妬しているようで嫌な気持ちだよ」
「そういえば、駅で会っているときにメッセージ送ったら、スズカからすぐ返信あったよね。あの時、スマホいじってなかったよな」
「あれは、もしもの時用に自動返信を設定していただけだよ」
「そんな機能あるんだ。まんまと引っかかったんだな」
「ごめんね」
駅であっていたスズカでもバイトであっていたスズカでも、それはどちらも『有働凉風』だからこそ好きになったんだと思うよ
道端ですれ違うだけのスズカでも、コンビニで雨宿りしているスズカでも、俺はスズカに合っていれば必ず好きになっているに違いないんだ。
俺に会ってくれてありがとう、スズカ。
その夜、両親と双海にはスズカが彼女になったことが速攻バレた。
なぜだ?
「あれだけニヤニヤしていれば誰だってわかるよ、お兄ちゃん……」
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次話で一章の区切りです。
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