第38話 長柄の取扱 8/20(木)-①

 8時前に起床。


 他のみんなはまだ夢の中。

「瑞江ちゃ~ん! うふふふ」

 あ、新……それマジなのか? いいや、聞かなかったことにしよう。


 襖を静かに開けて薄暗い廊下に出る。そのままトイレに直行し、スッキリしたら洗面所で顔を洗う。


 昨日あんなに食ったのにもう腹が減って腹に虫がギュウギュウ鳴いている。


「さて、どうしたものか? 俺に飯を作るスキルがない上に他人家ひとんちの台所では余計何も出来ないぞ」


 バナナ、最低スイカぐらいはあるかもしれないという期待を込めて台所に向かう。

 ところが台所の引き戸を開けると、ふんわりといい匂い。

 その香りに俺の腹の虫が大合唱を始めてしまう。


「あ、おはよう! お兄ちゃん、今朝は起きるのが早いね!」

「あれ? おはよう、双海も早いな」


「昨日早くに寝ちゃったからね。もう十分寝たよ」

「おはようございます、無壱くん」

「お、おはよう。スズカも起きていたのか?」


 みんなはまだぐっすり寝ているというのに、最低限の身支度まで終わって朝ごはんを作っているとは驚いた。


「二人共何時に起きたんだ?」

「ん? 私は6時半ころで、お義姉ちゃんがその直後に起きてきたよ」

「水琴ちゃんと日向ちゃんはまだ夢の中だと思うよ」


 ま、男どもも似たようなもんだな。起きたのは俺だけで他の奴らには起きる気配さえなかったから。


「なあ双海、飯はもう食えるのか?」

「ん~ 後はお義姉ちゃんの味噌汁ができあがれば……あ、出来たみたい!」



 味噌汁にだし巻き卵、ほうれん草のおひたしとお義姉さんのところに貰ったひじきの煮物と新鮮野菜のサラダ。

 昨日BBQの残りのソーセージやホッケの開きなどもある。BBQでホッケの開きってと思ったけどお酒のアテだったようで納得。



 食事も終わり俺ら三人が身支度を終わらせても残りの面々は起きてくる様子がない。


 ただ待っている必要もないので、空き部屋で双海はリモートのビデオを見て勉強を始める。

 俺とスズカも今日は双海に付き合うつもりなので、少し離れた後ろの方で双海の勉強している姿を見守っている。


「見ているだけだと本当に何もすることがないな」

「みんなも寝ているし、他のことも出来ないよね」


 みんなが起きてきて、そのまま今日の遊び場にいってくれちゃえば、掃除したり他の部屋でスズカといちゃついたり、いちゃついたり、いちゃついたり出来るのにな。


 すごぅく大事なので三回もいいました。


 リモートの一コマが終わると双海は休憩に入ったようで俺達の方を振り返る。で、呆れた顔をする。


 俺はスズカの膝枕で耳かきをしてもらっていた。耳かきがどこから現れたのかは分からないけどスズカが持っていた。


「人が勉強しているっていうのに、後ろの方でコソコソいちゃついているってどういう了見なのでしょうか?」


「うにゃ、別にお邪魔してはだめだなぁ~ってくらいかな? 気にならなかったろ、双海」


 声を殺してこちょこちょしていただけだから大丈夫だと思ったんだけどな。


「……まあ、いいよ。休憩10分したらまた次のやつ始めるから。あ、お義姉ちゃん、わからないところあったんだ。教えて!」

 双海にスズカを盗られた……寂しい。



 別の部屋がゴソゴソしているのが聞こえてきた。やっと起きてきたみたいだ。


「おはよう、やっと起きたか?」

「ん~ 無壱か……早くない? お前は出掛けないんだろ?」


 寝ぼけ眼の雅義が聞いてくる。メガネかけていないから余計ぼんやりしているように見えるんだろうか?


 あ、また寝た。ぼんやりしてそうに見えていたのではなくて本当にぼんやりしていた模様。


 蹴って起こす。ついでに新と直克も踏みつけて起こす。


「いい加減起きろや~ 遊ぶ時間がなくなるぞ~ 朝飯はスズカと双海が台所に用意してくれたぞ!」


 遊びと飯の声にやっとのそのそ部屋を出ていく三人。日向と水琴もスズカに起こされた模様で幽鬼のような生気のない顔してのそのそ洗面に向かっていった。

 三日めともなると女の子も取り繕うのをやめるんだな。去年はそうでもなかったのに慣れって怖い。

 飯を食うと全員頭にも血が巡ってきたようで、テキパキと身支度を済ませていった。


「じゃあ、留守番頼んだぞ。レンタサイクルあるみたいだから、湧水の綺麗なところいったり去年行かなかった水族館行ったりするけどいいよな?」

「別に仲間はずれなんて思わないから安心して遊んできてくれ」


「帰りは夕方になるだろうけど、名物の太くて硬いうどんと名水豆腐を夕飯用に買ってくるから待っていてくれよ」

「それなら、具材と薬味は作っておくね。それくらいは冷蔵庫に残っているから」


「スズカちゃん頼んだ! ウチの分までよろしくおねがいしたします。明日はゼッタイウチと日向でご飯は用意するからね」

「うん。任した!」


「それじゃ、双海ちゃんも勉強頑張ってね!」

「はーい! いってらっしゃ~い」


 けたたましくも留守番で残る俺達に気遣いをしてくれるいい友達だ。


「さて、戻って勉強の続きやろっと」

「俺とスズカはまず掃除でもしてしまおうか?」

「そうだね。少しずつでもやっておけば帰る日に慌てないで済むもんね」


 掃除機は勉強の邪魔になりそうだから座敷箒で掃き掃除をしていけばいいかな?


 スズカは双海に呼ばれ、小声でゴニョゴニョ話している。なんで内緒話?

 赤い顔したスズカは女性陣の部屋の掃除にそのまま行ってしまった。双海がまた余計なことを聞いたのだろうか。


 まあ、いい。


 俺は開けられる窓という窓、扉という扉を双海のところだけ除いて全部開放して箒をサッササッサとかけていく。

 なにげに柄の長いやつは自分のも含めて俺は扱いが得意なのだ。


 下着を除いて洗濯もしてしまう。昨夜のBBQの油と煙の匂いが染み込んだ衣類はそのまま自宅に帰るまで放置はまずいと思ったからだ。


 スズカにも確認して、男のものと女のものは別にして洗う。俺がスズカに話しかける度に彼女は顔を赤らめるのだがどうしてだろう? 何かやったかな?


 毎度、洗濯物を干すのは双海の役割なので俺はちゃんと洗濯物を干したことがない。

 いや、あるにはあるのだが、双海に『もうやらなくていい』と言われて以来一度も干したことはない。


 しかし、スズカに俺の洗濯物ならいざ知らず、雅義や新、直克の洗濯物を干させるわけにはいかないのでとりあえずやってみた。


 一応全部干したのだけれど、後から物干しにやってきたスズカに盛大に溜息をつかれて、ほぼ全部直されてしまった。


「無壱くん。こんな干し方じゃ、シワだらけになって型崩れしちゃうよ? こうやって肩の部分を合わせたり、パンパン叩いたり引っ張ったりして干す時もキレイにね」


「は~い。スミマセン、お手数おかけします……」


 いつも通りスズカにも叱られた……

 解せぬ。

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