第39話 ふとくてかたい 8/20(木)-②

 洗濯物を干したら後はのんびりするだけだ。


 双海も集中したいから、部屋に入ってくるなと言っていたので、双海のいる部屋からは離れた居間でダラダラすることにする。


 掃除の時に開け放った窓を全部閉めて、エアコンのスイッチをオンにする。

 窓の外の蝉しぐれも数レベル小さくなり、エアコンのモーター音の方がうるさいくらい。


 労働の後の冷風は気持ちいい。まだ暑くなる前だからそれほど汗もかかなくて済んで良かった。


「む、無壱くん。ちょ……ちょっと来てもらってもいいかな?」

「ん? なに?」


 畳に敷いた座布団に座ったスズカが俺を呼ぶ。俺は暫く外を見ていたのでギラついた陽光から室内の暗さに目が慣れない。

 目が眩んで転ばないようにゆっくりと近づき、膝をついて目のまえのスズカを見る。


 ちゅっ



 …………え?



「ばか……何か言ってよ……むいちくん」

「え、あ、うん。ちょっ、びっくりしちゃって」


「じゃあ、成功だ。びっくりさせたんだもん」

「え? な、なんで?」


「だって、この前……な雰囲気になったのに、双海ちゃんがアレだったでしょ? その後だって今度は無壱くんが何もしてこなくなったじゃない……」

「ああ、その……ごめん」


 俺は一回失敗した途端ヘタれてしまった。やっぱりスズカも待っていたんだな。申し訳ないやら情けないやら……


「せっかく二人きりになれるのだから、直ぐにでもキスしちゃえって……双海ちゃんが」

「ふへ?」


 変な声出た!


「あ、あの。勉強を始める前にちょこちょこって促されて……つい」

「い、いや。ヘタれていたのは確かだし、双海にまで心配させるとはホント情けない」


 目が室内の薄暗さに慣れてきたら、これでもかってくらいに真っ赤になったスズカの表情が見えてきた。

 うれし恥ずかしな表情を見たら、俺の中のヘタレな部分が吹き飛んでいった。


 スズカがもの凄くカワイイ!


「スズカ……」

「むいちくん……」


 今度は俺の方からスズカの唇に近づきキスをする。


 一度……

 二度………

 三度…………


 徐々に唇を重ねる時間も長くなり、お互いに貪るようなキスをした。

 ずっと待ち焦がれていたものをやっと手に入れたかの様に。





 ガラッ


「ねえ、お義姉ちゃ…………」

 バンッ

 ドドドドドド、バタン。ゴン!


「……」

「……またか」


「最後……すごい音がしたね」

「家が揺れたもんな」


「ふふ」

「っははは」


 もう一度見つめ合い。軽く唇を重ねる。


「さて、宥めに行こうか?」

「双海ちゃんは悪くないものね」




 双海が勉強していた部屋に入ると双海は五体投地をしていた。


 違うな……


 さっきのすごい音は双海が転んで頭を打った音みたいだ。

 相当痛いみたいで小さな声で「ぅぅぅぅぇ~」と唸っている。




 起き上がった双海は号泣して面倒くさいやつになっていた。


 暫く俺にコアラ抱っこ(着衣)して、スズカに頭を撫でられながらぐずっていた。

 ショック状態時の双海の幼児退行具合が酷すぎるのだが……


「泣きつかれて寝ちゃうとかマジ幼児なだけど」

「そんな事言わないの。可愛い妹がびっくりして泣いちゃったのだからちゃんと面倒を見てあげなさいな。おにいちゃん」

「だから……こういうのはスズカにしてもらいたいし、したいんだよ……はっ」

「も、もう! 恥ずかしいことまた言う……こ、今度ね」



 目を覚ました双海がまた謝ろうとしたけど、それを制し「気にするな。気にしていたら、この先大変だぞ?」と脅しておいた。

 双海のいないところでスズカといちゃつくと双海が遭遇してくるのはこの先も続きそうな予感がある。


 もっと大事な場面で遭遇? 突撃? されると突入できずに折れてしまうかもしれないという危惧がないわけじゃないので、双海の前で常に俺とスズカはいちゃついていればもしかしたら回避できるのではという結論に至った。

 それが正解かどうかは知らないが、こっそりいちゃつくのはやめた。ただし、双海の前限定。当たり前か? 他の人の前とかは流石にスキル上げないと無理です。


「あれ? なんだか腹が減ると思ったらもう正午過ぎているよ」

「夜はうどんだって言っていたけど、昨日食べなかった焼きそばの小袋もあるから麺・麺と続くけれどもお昼はそれでいいよね?」


「じゃ、じゃあ、私が作るよ」

 双海がまたも罪滅ぼし的な自己犠牲精神を出してくる。


「三人で作ればいいじゃん。俺は皿を並べるくらいだけどな」

「あはは。それでもいいよ。双海ちゃん、一緒につくろう!」

「はい、お義姉ちゃん。よろしくおねがいしま~す‼」





 食後は昼寝。シエスタってやつだな。本来のシエスタはスペインの長い昼休みの事で昼寝のことを指すわけではないらしいが。

 畳の上で座布団を枕代わりにしてタオルケットだけ被って寝るスタイル。子供の頃の昼寝を思い出す。

 三人で双海の勉強部屋にしている部屋の真ん中に横たわっている内に、たぶん一番先に俺が寝てしまった。



 目が覚めると金縛り……ではなく、右側にスズカ、左側に双海が俺の腕抱きかかえ足を絡ませて寝ていた。


 右側は控えめに言って最高なのだけど、左側の双海は慣れからなのか完全にホールドされていて離せる気がしない。

 簡単に離せそうな方は離したくないし、離したい方は簡単に離してくれない。

 世の中上手く行かないものだね。


 暫くすると二人共起きたので、双海は勉強を再開し、スズカと俺は洗濯物の取り込みを行った。

 ここでも、当然ながら俺は洗濯物の取り込みだけで畳んだのは全部スズカ任せだ。

 俺もタオルぐらいは畳めると思っていたけど、スズカに直された。ちょっとだけ悲しみ……



 そうこうしている間に遊びに行っていた連中も帰ってきて、土産話に花が咲く。

 買ってきてくれたうどんがやたらとどっしりして重たいのが気になった。


 うどんと同じく買ってきてくれた豆腐は柔らかくて、舌触りも最高だった。


 うどんは、確かに美味いんだけど、なんでこんなにカタイんだ? 太いし。うどんの具材はキャベツと馬肉の煮たやつと相場が決まっていると直克が言っていたが本当かどうかは知らない。だって直克の言うことだもんな。


 でも、この歯ごたえは癖になりそう……お土産で買って帰ろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る