第45話 ある日。

 スズカも俺も午前中はどんよりした気分だったけど午後には復活。


 午前中はスズカも呪詛のように『何故寝た……』とぶつぶつ繰り返して言っていたけど、仕方ないよね。仕切り直し。


 そうこうしているうちに昨日の食事が今日に効いてきた感じ。何をやるにも力強く動ける。たぶんよく寝たから。睡眠大事。


 鶏の世話を終えて、一日二日収穫して採れなくなったり美味しくなかったりしたら片付けちゃっていいと言われたナスやきゅうりをバンバン片付ける。

 今日は薄曇りで昨日よりもだいぶ涼しい。仕事が捗るが無理はしないで、昼飯を食べた後は一五時前には全部の作業をやめる。


「お父さんたちは無事に着いたようよ。昨日は空港の最寄りにある街のホテルで一泊して、今朝から列車に乗って移動したみたい。なにもない無人駅が目的のお宅の最寄りだって」


「間違って下車したら大変なことになりそうだな。やっぱり列車の本数も少ないんだろうし……」


「間違ってものんびり見つめ合っている暇はなさそうね」

「そういう場所で見つめられたら即声をかけるけどな」


「そうね。ロマンも何も無いわね」

 なにかの折には行ってみたいけど、住んでみたくは無いな……


「っさ。シャワー浴びたら着替えて、お買い物に行こうよ。いい?」

「もちろんOK。近くにスーパーあるのかい?」



 自転車で五分ぐらいのところにスーパーマーケットがあって、そこでお買い物。


 二人揃って買い物カートを押して買い物するのって、洋服とかの買い物デートと違って日常感が強くてグッと来るものがある。


 デート感というより生活感が同棲とかそういうのを思い浮かばせてなんとも言えない幸せな気持ちが湧いてくるっていえばいいのかな。

 スズカの口元もニマニマ嬉しそうだから同じようなこと考えているんだろうなって思う。可愛い。


 スーパーマーケットで日常の食料品のお買い物。牛乳やハム、パンなど普通の買い物。

 スズカがやたらとうなぎとか買いたがっていたけど、なくても大丈夫だよ。今夜は寝ない。

 こんやきめる。

 すごく恥ずかしけど、スズカの様子を見てもそういうことの期待が大きいのは流石にわかる。

 ただのエリンギを手にしているだけで顔がやや赤い。

 ものすごく吟味しているし……。





 夕飯はさばの味噌煮に御御御付け、昼間採ったきゅうりの浅漬にナスの炒めもの。

 あまり手間を欠けずにぱぱっと作れるものにした。


 だって時間がもったいないし、ね。失敗を重ねるわけにはいかないのだよ。


 スズカもこれと言って何かをいうわけではないけど、もう食事よりもその後のことに気持ちが向かっているのがわかる。


 二人して口数少なくなってきたし、まだ日が落ちたばかりだというのに食事は早々に終わらせたし、お風呂の湯張りのスイッチはONだ。

 夜はこれから始まるっていう黄昏時だというのに、テレビもつけていないし、なんならスマホの電源もこっそり落としていたりする。


「無壱くん……。お風呂先に入って?」

「うん、わかった」


 スズカに言われ、さっさと脱衣所に向かい服を脱ぐ。


「さっきなんでスズカは疑問形で風呂に入れと言ったんだ? やっぱ緊張しているのかな?」


 俺も物凄く緊張している。昨日の失敗のせいで余計かもしれないけど。

 昨夜は悪いこととはわかっていても緊張をほぐせるかと飲酒してしまったので結局のところバチが当たったようなもの。


 今夜は落ち着き、なんとか緊張をしないようにしないとな。

 温湯だと副交感神経が優勢になって緊張を解すとかなんとか聞いたことがあるような気もしなくもない……。気分の問題かもしれんが。


 身体をきれいにしてぬるい湯船に浸かる。

「ふぁ~ 気持ちいい」


 ガタリ。


 脱衣所の扉の開く音がしたのでそちらに顔を向けると、風呂場の明かりが消えた。


「え? どした?」


 カチャ……。


 浴室のドアが開き、給湯器コントローラーの僅かな光に照らされて豊かなシルエットが現れる。


「い、一緒に入っていい?」


 タオルで前を隠しているけど、バスタオルではなくフェイスタオルなんで殆ど見えているような状態なんだと思う……もっと光源がほしい。


「う、ううううん。いいよ……」


 いいもだめもなくすでに入ってきているけど。


「あんまり見ないで……。恥ずかしい」

「あ、は、そうだね。ご、ごめん」


 俺はスズカのことを凝視していたらしく、そんなことを言われてしまう。でもしかないじゃん? つっか俺も恥ずかしい。


 スズカに背を向けて、浴槽の中でドキドキしていたらスズカは身体を洗い終わったようだった。だたのシャワーの水音なのになんであんなに艶めかしいんだろう……。


 俺の肩にスズカの手が添えられ、チャプンとスズカの足が湯船に入ってくる。

 湯船は少し大きめなので俺らが二人で入ったところで余裕がある。スズカは俺の背中側にスルリするりと身を沈め、とうとう俺の背に密着するほどに……というか密着している。


 スズカの柔らかい膨らみだけでなく、その全てが俺の背中に押し付けられている。


「す、スズカ?」

「……ん」


「ど、どうしたの?」

「嫌?」


「嫌なわけないよ。すごく嬉しい。柔らかくって気持ちいいよ」

 スズカは俺の腰に手を回し、ギュッと抱きしめてくる。


「無壱くん……。好き……。大好き……」

 俺は上半身をよじってスズカの唇を奪う。


「んちゅ……ちゅ」

 面と向かってしまうとこのまま止まれなくなりそうだったので、背を向けたまましばらく湯船でいちゃついた。



「もう出ないか?」

「……うん。このまま部屋に」



 お互いさっと身体を拭いて、ほぼ真っ暗な中階段を登りスズカの部屋に、ベッドに向かう。



 

 お互い初めてなのでぎこちなさはあったけどそのまま求めあい重なる。







 朝日がカーテンの隙間から漏れている。

 この先いろいろな柵や面倒事も嫌ってくらいに降りかかることもあると思う。

 それでも俺はスズカとずっと一緒に進んでいきたいと思うし、そうしたい。

「わたしも……。無壱くんとずっと一緒に行きたい」

「起きたんだね。父さんたちは別れてそれぞれまたいい出会いがあったけど、俺達はこのままずっとふたりでいような」

「うん」

 唇を重ねほほえみ合う。


「無壱くん。もう一回する?」

「え?」

「コチコチだよ?」

 スズカの手は俺の下半身に……。

「いや、昨日の今日でスズカのほうはう辛くないの?」

「大丈夫。物足りないぐらいだよ、なんてね」








 あの日からもう五年が経った。

 スズカのお兄さんは北海道で結婚して今は子供もいる。スズカの家の畑やらなんやらの処遇はいまだに決まっていない。だけどそんなことはどうでもいいように、俺達の日常は幸せに過ぎていっているんだ。


 先のことなんかわからないけど、多分俺とスズカ、双方の家族もずっと一緒なんだと思う。

 そうでありたい。


 そうするつもり。


 だから。


「凉風。俺と結婚してくれないか?」

「はい」






※※※※※※

放りっぱなしでごめんなさい。

これにて終話。

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駅で俺にモーション掛けてくる美少女がいるんだけど、どちら様ですか? まさか知り合いだったりはしないですよね? 403μぐらむ @155

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