第8話 アカンベー 7/13(月)

「お兄ちゃん、起きて。朝だよ」

「う、うん。おはよ、双海」


「朝ごはん用意してあるから早く顔洗ってきてね」

「おう」


 昨日朝から夕方までほぼ丸一日双海のために時間を費やしたせいなのか、朝から双海の機嫌がすこぶる良い。不機嫌なときなんて、ベッドから落とされて起こされるときもあるくらいだからな。お兄ちゃん大好きっ子なくせにやることがエグいときもあるんだよな。

 たまには目一杯妹孝行してやると良いこともあるようだ。



 顔を洗って食卓につくと、納豆に味付け海苔、だし巻き卵にいつものインスタントでない手作りの味噌汁が用意してあった。


「はい、お兄ちゃん。ご飯だよ」

「ありがと。久しぶりだな。双海のだし巻き卵と味噌汁なんて食えるのは」


「ちょっと今朝は早起きしたからね。たんと召し上がれ」

「ん、いただきます」


 いつもは時間がないって、目玉焼きにインスタントの味噌汁が定番なのに今朝は手の込んだ手作りの朝ごはんを用意してくれた。我が妹の料理の腕はかなりいい方で、俺の好物のだし巻き卵を偶に作ってくれるんだよね。好物なのを知っていて朝から用意してくれる辺り妹孝行の効果は絶大。味噌汁も最高にうまい。


「じゃあ、お兄ちゃん。先に出るね、行ってきます」

「おう、行ってらっしゃい。気をつけてな」


 両親は既に出勤済み。勤務先が遠いので朝は早いし夜は遅い。ちなみに両親とも同じ会社の部署違いで会社員をしている。


 次に双海が俺の朝飯まで用意してくれて中学に通学していく。双海は部活の朝練があるので毎朝早い。中学3年、この夏で引退なので余計に気合が入っているようだ。


 家族全員分の朝の洗い物を片付けが終わったら最後に俺が家を出る。7時少し過ぎに家を出る俺が最後ってどれだけみんな家を出るのが早いんだか。他の家の出勤通学事情を聞いたことがないのでなんとも言えないが、もう長いことこの状態だったのですっかり慣れてしまった。



 何時ものように7時20分の電車はやり過ごすのでその列には並ばず、7時27分始発の列に並ぶ。今朝は先頭から3番目。朝飯が美味すぎて珍しくおかわりをしてしまったので少し家を出るのが遅れてしまった結果だ。この町は普段はぜんぜん人気がないように見えてなんで朝の駅だけこの混み具合になるのかがいつも不思議だ。多分この町と周辺の駅のない町からも通勤通学客が来ているのだろう。そこまでちゃんと調べるほどは気にならないので調べたことはないけど。


(あの彼女は今朝もいるかな?)


 7時20分の電車が出発し、人も捌けたので目の前に下り線ホームが見えてくる。

 彼女は、いつもの場所にいつものように佇んでいる。


 但し先週と違いこちら側の上り線ホームに全く目を向けてこない。

 いや、正確には俺の方をチラチラッとは見てきているけど視線を合わせてこない。


 彼女の先週とは全く違う反応に俺は戸惑う。


 彼女は忙しないというか落ち着きがない感じで制服やかばんなどを触ったりしている。その間もやっぱり視線は合わせないけれども、チラチラと俺の方を見ていた。


 どうしたのかな? まさか痴漢にあっているってわけでもないよな。下り線ホームの彼女の周りには数人しかおらず、そもそもひとりひとり離れて立っているので接触は皆無だ。


 7時27分の列車が入ってくる旨のアナウンスがされると彼女は意を決したように俺に視線を合わせてきた。


(あ、やっと視線を合わせてくれ……た?)


 しかし、視線が合った瞬間に睨まれてぷいっと明後日を向かれてしまった。

 上下線とも列車がホームに入線してきたので、そこで一旦彼女のことが見えなくなってしまう。


(あれ? あの表情と動作ってなんか怒っているときの仕草だよな? 良く双海がご機嫌斜めのときに俺にやってくるそれと同じだ)


 え? なんで?


 どこの誰かも知らないというのになんだか俺は彼女を不機嫌にさせてしまっているようだ。


 電車が出発するまではほんの数分。


 考えろ! 考えろ――って思いつくわけないよな。だって先週来会ってもいないのにどうやって不機嫌にさせたかなんてわかりっこない。

 心当たりだってまったくない。土曜日は朝からバイト行っただけだし、日曜日は双海の付添で買い物に行っただけだしな。


 誓鈴女子校の校門前までは行ったけど、誰とも会っていないし誰とも話をすることもなかったから多分それも違う。そう言えば校門の前で視線を感じたけど、いくらなんでもその視線があの彼女だなんて流石に強引すぎる推論だよな。万が一にその視線が彼女だとしても機嫌を損ねるようなことは一切合切していない。あのときの俺はただ、双海の後ろ方で不審者に見えないように立っていただけだからな。



 わからん。


 まぁったく――わ・か・ら・ん!


 車内アナウンスが流れ、車両のドアが閉まる。プシューっという音のあとモーターの回転音が足元から振動とともに耳朶に伝わってくるが、俺は今、それどころではない。ほんの数瞬後下り電車の彼女がいるであろう車両のドア付近とすれ違う。


 彼女はどの様な表情でこちらを見てくるのか? そもそもこちらなど見てこないのか?

 もし目が合ったら俺はどういうリアクションをとるのがベスト、せめてベターなのか?


 ドア同士のズレは目算2メートル弱。7時27分きっかり、上下線ともに定刻の発車をする。

 残り1メートル。いつもは一瞬ですれ違うというのに今日はやたらとゆっくりに感じる。


 彼女のいるドアが正面に来た。


 彼女は俺の方を一瞬しか見てこなかった。


 ただ、ホームにいたときのように明後日の方を向いてやや頬を膨らましていたのは確認できた。そしてそのまま距離はマイナスとなりどんどんと離れていく。

 彼女が全く見えなくなるその瞬間――


 彼女は俺に向かいアカンベーした。







 はい????





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