第18話 招く 8/1(土)-2/2
今日の2/2話目です。
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……バイト先に着いちゃった。向かっていたのだから当然なのだけど。
駐輪場に自転車を停めたら事務所でタイムカードを打刻して作業着に着替える。
着替えてから何時でも仕事できる状態にしてからタイムカードを打刻するところもあるようだけど、うちの会社は事務所の構造上、先に打刻して着替えたら、裏口から倉庫に直接向かう仕様になっている。行ったり来たりは面倒だし、事務所が狭いのでウロウロされると邪魔くさいから、という理由らしい。
「うーす、無壱くん。元気ないじゃん。どうしたの?」
「いえ、ぜんぜん元気っすよ。自転車で来てるんでこの暑さにちょっと参っただけです」
「そうだよな、今日も無茶苦茶暑くなりそうだから熱中症対策はしっかりとな! 気をつけてご安全に‼」
「はい、わかりました。あざーっす」
「そういえばさぁ――」
バイト先の事務のお姉さん、男勝りで年齢不詳だけど結構きれいな人、と軽い会話をしたので少しリラックスできた。
タイムカードの打刻をしたら、そのまま今日の配置当番表を見る。俺の今日の配置はやはり食品倉庫のピッキング担当になっている。
午前中は一人で仕分け作業、午後からは――新人の須藤さんのOJTか。俺もとうとう他人を指導する立場になったのか……感慨深い。
OJTとは、On-The-Job Trainingの略で『職場内訓練』の事を言う。なんだか堅苦しくて凄いことしているようだけど、要するに新人さんを現場に放り込んで仕事をそのまま直接覚えさせようってやり方だ。で、当たり前だけど、放り込んだだけでは右も左も分からないから、指導監督する教官が必要になって、今回その役割が俺に回ってきたということ。
スズカは……午前中は新人の井俣さんのOJT、スズカも教官役なのだな。俺の見る須藤くんもスズカの見る井俣さんも夏休みの短期バイトさんだよな。今年は他にも複数人短期バイトいるみたい。去年は人手があまりにも足りなくて、バイトが帰った後も社員が夜中まで作業していたって聞いたからその対策かもしれないな。
スズカと朝から一緒でないのは非常に残念だけど、少しスズカと対面する時間を空けることでちょっとくらいは俺も落ち着けたらいいから、これで良かったとしよう。
食品倉庫の管理室前で始業ミーティングが行われる。スズカは既に新人の井俣さんという30代後半くらいの女性と一緒にいたので会釈で挨拶しただけ。
ちょっと残念。いや、すごく残念。
ついさっき一緒でないのは良かったと言っておきながら
ミーティング終わりに新人さんのOJT担当は個別にそれぞれリーダーのところに呼ばれていっていた。
今朝からの新人さんはスズカのOJTする井俣さん他は大学生くらいの男性一人で、竹島さんがOJT担当らしい。午後は俺の担当する須藤くんと数人だそうだ。
俺は予定通り黙々と午前の仕事をこなす。
たまにスズカとすれ違うとニコリと微笑んでくれるのが癒やしになる。
自分自身の気持ちに気づいてしまった今は惚れたせいなのかそのニコリだけで元気100倍で、予定よりも大分早く作業が完了してしまった。
お昼休憩になった。
食品倉庫の昼はなるべく一斉に休憩に入る事になっている。絶対に時間厳守というわけではないがギリギリだと必死になってしまうのが、ここの大変なところ。
食堂に入るとスズカが近づいてきて一緒にお昼食べようと誘ってくれる。
しどろもどろなおかしな返事をしてしまったけど、もちろんOKして一緒に席につく。
「井俣さんはどうだった?」
なんとか普通に会話をしてみる。
「井俣さんはかなりしっかりしていて、ピッキング作業も初めてじゃないっていうから教えるのも楽だったよ」
井俣さんは同年代+αなオバちゃん連中とだべりながら昼飯を食っている。彼女はコミュニケーション能力も相当高いと見た。いきなりオバちゃん連中の中に溶け込むとはすごいな。
竹島さんと大学生くらいの男性は食堂には居ないようなので外に食事に行ったのかな?
みんなそれぞれのお昼の過ごし方。
俺とスズカは一緒にお弁当を頬張っている。
俺は双海と母さんの弁当。今朝大騒ぎしていたやつだけど、すごく美味しそうに彩りよく完成している。
スズカは今回初めて自分で弁当を作って見たそうだが、見た目に彩りがなく全体的に茶色くなってしまい少し落ち込んでいる。
そんなことで落ち込んでいるスズカも可愛い……
おっと、今はまだ落ち着いておけ、俺。
今の所変に意識せず一緒にいられている、よな?
「ねえ、無壱くん。双海ちゃんにお弁当作りを教わりたいな~ あ、でも双海ちゃんは受験生なのですよね」
「双海に聞いてみようか? 明日とか日曜だから予備校もないし」
「いいよ‼ 申し訳ないよ、受験勉強のじゃまになるから」
「まだ予備校も今日が初日で学力テストしかやらないから平気だと思うよ。聞いてみるよ、あいつも今昼休みのはずだから」
メッセージ送信、即既読。双海から即時返信『OK!』のスタンプ。
「大丈夫だって。明日……うちに来る?」
(あれ? 自然ないい感じで家にスズカを呼んじゃったぞ!)
「いいの?」
寧ろウェルカムだよ。
「いいよ」
「じゃ、あした……お願いします」
――無言。只管二人で自分の弁当を食べるだけになってしまった。
明日スズカがうちに来るんだって意識してしまったら急に緊張してきて話せなくなってしまったのだ。
おかずの上げ合いっことかしたかった。スズカの手作り弁当だぜ? まあ双海の弁当もかなり美味いんだけどな、そういうのとは違うのだよ、キミ。
たぶん今の俺の顔はさっきピッキングで配った激辛スープのパッケージみたいな色になっているに違いない。寧ろ激辛スープ食したぐらいに汗も流れている。
スズカもさっき分けていた苺クッキーみたいな感じなので、ちょっと意識してくれているのかな?
暫くして俺もスズカもようやく落ち着きを取り戻し、昼休み中は他愛もない話をして過ごした。
午後は須藤くんのOJT。高校1年生の素直ないい子。可もなく不可もない。といいますか、ちゃんと教えられたと思うけど、あしたスズカがうちに来るかと思うと気もそぞろで殆ど何も覚えていない。
終業後家に帰るとまたも大騒ぎだ。
「お兄ちゃんが女の子家に連れてくるんだよ! すっごく可愛いんだから!」
双海が『でかした‼ お兄ちゃん』と叫ぶ。
両親もはしゃいでいるようで、何故だか家中を大掃除している。
「無壱も自分の部屋を掃除しなさいね」
母さんはそういうが部屋にはスズカを
「入れるの!」
「お兄ちゃん、頑張れ!」
母妹に圧倒され、了承してしまった。
結局大掃除が終わったのは20時過ぎ。
腹が減ったので夕飯はどうしたと問うと掃除で忙しく作ってないとアンサー。
「目出度いから寿司だ。回るやつだけど、なっ」
父さんがそう宣言し、家族で車に乗って国道沿いの回転寿司チェーン店に向かった。
明日スズカが来るのは嬉しいが、この家族には若干の不安を感じてしまう……
はしゃぎすぎないでくれよなぁ。
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